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空-ku_u-【前編 (第1部~第4部)】  作者: 葵れい
<第3部> 第19話
46/101

 『園原(Can you change your mind?)』-3-

  ◇ ◇ ◇


 ―――そもそも、『園原』空軍基地の航空祭は3日間に渡って行われる。

 主に会場となるのは基地、隣接する『園原』の街、そしてその東に広がる湖。

 祭りの3日間その3つの会場は露店がひしめき、人で大変にぎわう。

 そして目玉の1つが飛空艇のアクロバットショー。

 3日間、日に3回。基地から街の上空そして湖にかけて、人々の頭上を駆け抜ける飛空ショーは有名である。

 そして3日目に行われる2万発の打ち上げ花火。こちらも見所の1つだが。

 何よりも来客の目を惹くのは。

 例年、2日目に執り行われる模擬空戦。『園原』の選りすぐりの2チームによるドッグファイトだ。

 選抜の基準となるのは基地内での事前試合、そして日々の業務成績はもちろんの事。最終的な判断は、総監、雨峰 かんろの推薦―――。

 事実上『園原』空軍基地1番、2番を争う2つの隊によるドッグファイトという事になる。

 国内でも随一の航空ショー、観客は国内外、動員数は3日間でのべ50万はくだらないと言われる。

 そのメインイベントである模擬空戦。それに選ばれるという事がどういう事か。

 斉藤 流が率いる『飛天』は、4年連続でそれに選抜されているのである。

 それこそまさに、『園原』随一の隊、しいては国内随一の隊と言われる所以ゆえんである。



「……まったく、やれやれですね」

 小暮が、隣に座るジンのジョッキに自分のジョッキをカンと当てながら呟いた。

 それに答えるようにジンがヴァージニアスリムに火をつけた。

「うまっ!! これうまっ!! めったくそうまいって飛!!」

「どれっスか、新さん!」

「それそれ、その肉!! こっちもうまっ!! こいつ、ただのサラダじゃないぞ!! めったくそうまい何かがぶっ掛けてある!!」

 新と飛は運ばれてきた料理をがっついて掻き込み始め。

 瑛己と秀一はそれを苦笑して(瑛己の場合は冷笑と言ってもいいかもしれない)眺め。

 隊長・磐木はそれには目もくれず麦酒を一気飲みした。

 ―――『園原』の街の一角にある食堂である。

 雨峰との面会を終えると、一同は車でホテルへと案内された。

 ホテルの方で食事の用意をするとも言われたが、見学を兼ねて今日は街へと繰り出したのだった。

 中心街からは一歩奥へ入ったものの、それでも、食堂はあふれんばかりに混雑しており。張り上げなければ互いの声も聞こえないような始末。

 4日前にも関わらず、もうまるで祭りが始まっているような喧騒であった。

 それは何もこの食堂に限らず、車中から眺めた街並……そして今歩いただけでも。もう街は祭り一色。装飾、露店など、いつ始まっても構わないかのように見えた。

 それでも「本番はもっと凄いですよ」と言ったのはホテルまでの車中。

 用意された小型のバスを運転したのは、「人手が足りないんでボクが」と、例の小柄な男・『園原』第114飛空隊所属、星井 湖太郎だった。

「本番になったら人であふれて車なんて出せませんから。空では人をひく事はないけども、おかではそうはいかない。そう思えば今なんかまだまだマシです」

 小柄な彼がバスを器用に扱うその様に、瑛己は少し感嘆を覚えたものだった。

「瑛己ー、なーに物思いにふけっとるんや。料理なくなるぞ」

「あ、ああ」

 言われて、ふと我に返る。確かにテーブルにあれだけあったはずの料理は、見る見るうちに半分ほど減っていた。

 すかさず追加の注文をしているのは秀一。空いたグラス分の飲み物まで、個人の好みを的確にオーダーしていた。

「斉藤 流……『園原』のエースパイロット、国内で5本の指に入るトップクラスの実力者……そいつが率いる『飛天』、か」

 ジンが、2本目のタバコを消しながらようやく初めて麦酒に口をつけた。「面倒臭いな」

「休暇のつもりって言っても、結局こうなる」ハハハと新は笑いながら、巨大なソーセージにかぶりついた。肉汁が垂れた。

「大体『飛天』って、ネーミングセンス雑すぎじゃないっすか? ひねりなし。王道すぎっしょ」

「じゃあ新、お前だったら隊名に何てつけるんだ?」

「俺? 俺は……『ラブリーボンバー』とか?」

「……何だそれ」

「『湊』空軍基地第327飛空隊・通称『ラブリーボンバー』。うわっ、何かすごカッコよくないっすか?」

「……お前だけだ、新……」

「じゃあ小暮だったら何? あん、きっと……『一発逆転』とか『起死回生』とか『半死半生』とかそういう四字熟語使いそうじゃね?」

「……何でどれもこれも、首の皮一枚な状況なんだ……」

「飛だったら『空戦マニア』とかだろ。ジンさんだったら……『一匹狼』とか『我狼』とか『群狼』とか。『狼』入ってそうやないっすか?」

「……悪かったな」

「じゃあ僕は? 僕は??」

「秀一は……あれだな、『ぷにぷに』とか『むにむに』とか」

「えーっ!? イヤですよ僕、そんな隊名!!」

「じゃあ何てつけるよ? お前だったら」

「……うーん……『天空の鳥』とか?」

「くさっ!! 勘弁してくれって。何だそりゃ!!」

「えー!? 『ラブリーキャンキャン』よりはいいですよ!!」

「……いや、『ラブリーボンバー』な。犬じゃないんだから」

 手前にあったそば飯を小皿に取り分けながら瑛己は、初めて、隊長が磐木でよかったと思った。

「瑛己はあれやろ。あれ。隊名『ローレライ』」

「……何でだ」

「そら、運命の女神様に好かれとるお前だもん、空の女神の名前に決まっとるやないか」

「……」

 ローレライ……それは確か……艇を沈没させる妖の女神じゃなかったか?


 ◇ ◇ ◇


「で」

 食事もほとんど片付き。

 おのおのが人心地ついた頃。

 口を切ったのはジンだった。

 何本目かのヴァージニアスリムに火をつけ、1つ吹かして。

「どの程度でるんですか」

 店内の喧騒はまだまだあるが、先ほどよりは互いの声が聞き取りやすい。

 テーブルは一番奥。一つ隣にいた団体客も帰って行った。

 話す内容が周りに聞こえるほど声の通りはよくなく、また、聞こえる範囲内に人はいない。

「祭りの余興……模擬空戦……一応、受けるんでしょう?」

 ジンは見るともなく磐木を見た。

 模擬空戦参加の打診。即答は避けた。

 でも磐木の性格である。

 ―――断って白河総監の顔を潰すような事があってはならない。招かれた恩はこちらにある。

「……うむ……」

 深く、磐木は声を発した。

「最初からそのためにうちらを呼んだ……とか」

「あっただろうな。呼ぶ以上は念頭に。何の打算もなしとは考えにくい」

「打算ね……あの人にそこまで深慮があったかどうか」

「何にせよ」

 ふぅ……とため息をつきながら。

 磐木はこわばっていた眉を崩した。「断れまい」

「じゃあどの程度でるかって話だ」

「祭りの余興ですもんね」

「もちろんペイント弾っすか」

「当たり前だ」

「……」

「勝っても負けても、何もないが」

「大観衆の中で飛ぶなんて、早々ないですもん。皆に楽しんでもらえる飛行にしたいですね」

「……生きるか死ぬかではなく、遊びとしての空戦か」

 最終的に、磐木に視線が集まった。

 磐木は目を閉じ腕を組みながら。

「俺は勝敗にこだわらんが」不意にその唇の端が少し上がった。「お前らは、こだわるんだろう」

 薄く。磐木は笑った。

「『飛天』……怖いのは斉藤だけじゃない。国内屈指と言われる隊だ。他の面々もかなりの実力者だろう」

 ゆっくりとその相貌を開けながら。

「どういう飛行をするのか、学ぶ事も多いと思う。今後の作戦のいいヒントにもなるかもしれん」

「……まぁ、あくまで遊びだ。熱を入れすぎんように。胸を借りるつもりで」

 ういっすと、新が小さく呟いて左の掌を右の拳で打った。

「ほいじゃどうします? とりあえず秀一は……パスっすか?」

 新の提案に、秀一があっと顔を上げた。

「そうだな……問題は搭乗機か」

 飛と秀一は2人乗りの『葛雲つづらぐも』できている。

「秀一は今回は辞めておけ。復隊したとは言え、まだ病み上がりという点もある。遊びで無理する必要はない」

「……はい」

「となると飛だが……」

 その名前が出て。

 初めて、瑛己は隣にいた彼を見た。

「……飛?」

「……ん? あ?」

 全員の視線を受けて。

 飛はたった今気づいたかのように、ビクっと体を揺らした。そして「ああ? ああ、えっと、何でしたっけ??」ヘラっと笑って見せた。

「お前、搭乗機どうするよって」

「あ? ああ……模擬戦っすか。いいっすよ、『葛雲』で」

 その言葉に一同、唖然とした。

「は??? 『葛雲』ってあれだぞ? お前が乗ってきた2人乗りのやつ。わかってるか?」

「はぁ」

 『翼竜』より少し大きい『葛雲』は、大きい分スピードと小回りが前者に劣る。

 その両者を重んじ、まして空戦に対して人並み以上の思い入れがあるはずの飛からすれば、戦闘においてその2点が欠ける『葛雲』は論外のはずなのである。

 なのに彼は平然と、「……いいっすよ、俺は。どうせ遊びだし」

 その発言に瑛己は特に唖然とした。

 瑛己が赴任してきたその時。最初のドッグファイト。

 〝腕試し〟と称して対戦した時も……あれは言わば〝遊び〟だった。

 しかし飛は撃墜記録スコアを狙わんがばかりの勢いだったし、その飛行も本気そのものだった。

 そう言えば彼はあの時、ペイント弾だと言う磐木の発言に「ぬるっ!!」と拒絶を見せた。

 だが先ほどは何も言わなかった。

 それだけじゃない。そう言えばさっきから……『飛天』戦の会話に何一つ言葉を挟んでいない。

「お前、どうしたのん?? どっか調子悪いのん??」

 いつもは茶化す新が珍しくその相貌に心底心配した色を浮かべて、飛の顔を覗き込んだ。

「いや、別に」

「飛? どうかしたの? さっきから何か……元気ないよ」

「何でもないって言うてるやろ」

 そっと手を出した秀一を振り払い、飛はそっぽを向いた。

「……せやかて。俺が回してきたのは『葛雲』ですやん。ええです。それで」

「『園原』で借りるか?」

 小暮の提案に、飛は首を振った。「ええですって」

「……なら飛、お前、俺のに乗れ」

 そう言ったのは、隊長の磐木だった。「多少操縦桿にクセがあるかもしれんが。お前なら何とかするだろう」

「隊長はどうするんスか? まさか辞退するとか?」

「バカ言うな。お前らみたいな無法者をこんな宴席で野放しにできるか。俺が『葛雲』に乗る」

「は? 隊長が!? 乗るんすか? 『葛』に??」

「……なら聞くが、この中で『葛雲』での戦闘経験があるものは? ……俺しかいまい」

「隊長は『葛雲』で……?」

 恐る恐る聞く小暮に、ムッとした様子で磐木が答えた。「俺を誰だと思ってる」

「数え切れん」

 『葛雲』は主に偵察用に使われる。戦闘用として用いられる事はまずない。

「とにかく。俺が『葛雲』に乗る。飛は俺のを使え。いいな」

「……へい」

 飛は気乗りしなさそうに、小さくそう呟いた。


  ◇ ◇ ◇


 夜空に、夏の星座が眩しいほどに輝いている。

「暑っつー……今日も蒸し暑いなぁー」

 食堂を出た一同は、ダラダラとした足取りでホテルに向かって歩いていた。

「小暮ちゃん、もう一軒行く?」

「いや、今日は眠りたい」

「ハハハ、俺もどーかん。さっすがに2日間のフライトはきつかったねー」

「新、お前、かなり酔ってるだろ」

「んな事ないよー」

 ご機嫌な新たちの後ろから。

 飛と秀一、そして最後尾を瑛己が、ポツポツと歩いていた。

「……」

 飛は食堂から出て以来一言も声を発さない。

 それを秀一がオロオロとした様子で見つめている。

「……飛、本当に……大丈夫?」

「……何が?」

「……」

 助けを求めるように瑛己を振り返ったが、彼もまた肩をすくめるだけ。

 瑛己は飛の背中を見た。

「……」

「なぁー、部屋割り!! 結局どうすんだっけ??」

 先を歩く新が不意にこちらを見た。

「2、2、3だったよな?? 部屋。どうすんの?」

「荷物、受付に預けて出てきたからなぁ……確かに決めないと」

「どーする? どーする? いつも大体同じメンバーで固まるじゃん? 俺、小暮ちゃんの事嫌いじゃないのよ? 大好きなのよむしろ。でもたまには変える? せっかくだし」

「んー……そうですねー。どうしよっか、飛」

「……」

 飛は何も答えなかった。

「んじゃ、秀一、たまには俺と一緒の部屋にする? お前、飛と宿舎でも一緒じゃん? 俺も小暮ちゃんと一緒だけどさー。ハハっ。たまにはチェンジしてみる? 俺んとこくるー??」

「え、僕が新さんの所にですか!?」

「そうそう。飛ってあれだろ、イビキでかいだろ。俺はジェントルマンだから。イビキかかないし。一緒の部屋だったら、お茶も珈琲も俺が入れてあげるし、洗濯もやったげる。面白い話もいっぱいしたげるよん。こいつどーせ一緒にいても、空戦の話しかしないんだろ」

「そうそう。飛ったら頭の中空戦の事ばっかりで」

「よしよし。んじゃっ、秀一もーらい。けってー。今夜は飲み明かそうぜー」

「今日は眠いって言ってただろ、新」

「眠気と秀一は別腹ー」

「何じゃそりゃ」

 アハハと大笑いして、秀一の肩を抱く新を。

 あっと思った時にはもう、遅かった。




「アホ抜かせ―――ッッッ!!!!!」




 飛がその顔を。

 ぶっ飛ばした。

 直撃を受けた新は宙を飛んで、もろに路地にひっくり返った。

「ちょっ!!? 飛っ!!!?」

「新!!? おいっ、大丈夫か!!!?」

「飛」

 慌てて瑛己が駆け寄った飛のその顔は。

「……」

 拳を握り締めたまま、自分でも唖然とした……いや、愕然とした……そんな顔だった。

「新。何バカやってんだ、お前」

「イテテテ……」

 地面で頭を打ったらしい新は仕切りと頭を抑えて呻いている。

 が、そこをジンがさらに足で蹴飛ばした。

「ッテー!!!」

「アホ。お前が悪い。この酔っ払いが」

「イテー……」

「秀一、お前は飛と同部屋でいい。新は隊長んトコ行け」

「んなっ!!? やめてくださいよジンさん」

「グダグダ言うな。隊長、このバカよろしくお願いします」

「わかった」

「ちょっ! 俺、小暮ちゃんと一緒でいいっすから!! 頼んます!!!」

「後は……聖は……俺のトコだ。いいな」

 ジンに睨まれ、瑛己は一瞬異議を唱えようと思ったが「……はい」頷くしかなかった。

「え!? ダメです!! 瑛己さんは僕と一緒ですから!!!」

「あん?」

「飛と瑛己さんと僕と3人部屋で!! よろしくお願いします」

「……お前がそれでいいなら」

「はい」

「……」

「オラ、新、さっさと立て! みっともない。行くぞ」

「ううっ……ジンさん怖い……小暮ちゃん、手ぇ貸して」

「気持ち悪い。バカ」

「小暮ちゃん冷たい……」

「……」

「……」

「……」

 ヨタヨタと、小暮に(何だかんだ言いながら)支えられながら歩き出した新の背中を。

 飛はじっと見ていた。

「……僕らも行こ、飛……」

「……」

 促すように、瑛己が歩き出す。

「……すまん……」

 項垂れながら、飛は、1本踏みしめた。

「ちょっと俺、頭、冷やしてくるわ……」

「え……」

 そう言って飛はクルリと背中を向けた。

「ちょっと、飛!! どこ行くんだよ!?」

「すまん、すぐ戻る……」

 一言だけ言って、夜の街に消えて行く。

 追いかけようとする秀一の肩を、瑛己が掴んだ。

「でもっ」

「……いいから」

「……」

「1人にしてやれ」

「……」

 まだ街は明るい。人通りも多い。

「すぐに戻ってくるさ」

「……ねぇ、瑛己さん」

「……ん」

「……、……、……ううん、何でもない……」

 言わなかったはずの秀一の言葉は、なぜか瑛己には届いた。

 ―――最近飛が、おかしい気がする。

「……」

 何かが変わった。

 飛の中で何かが。

 その原因の一端を瑛己は知っている。

「……」

 飛にとっての秀一……。

 ―――今日も七つの星は輝いている。

「……行こう」

「……」

 もう1度、秀一は飛が去っていった方を振り返った。


2012.4.9.誤字修正、一部修正

2012.4.6.誤字修正

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