『園原(Can you change your mind?)』-2-
数日後。
飛空艇が整備を終えるのを待って、瑛己達『湊』327飛空隊は一路『園原』空軍基地を目指し基地を飛び立った。
『園原』までの直線ルートには山間部が入るため、南寄りに迂回して向かう事になった。
2時間置きに休憩を挟み、1度中間地点にある空軍基地で一泊。
2日がかりでの移動となった。
その途中には『日嵩』付近を通ったが、現在『日嵩』基地は完全封鎖中。
残った兵士、ならびに職員も、今は別の基地に移っている。
直接上空を通りはしなかったものの、その付近の地理には何となく見覚えが出来てしまっている。複雑な気持ちになった。
結局、『日嵩』の総監である上島 昌平の消息が不明というのも、その要員の1つ。
あの時海に堕ちて亡くなったのか、それとも生き延びているのか――。
「……」
瑛己はもちろん他の者達も、何となく緊張でその場を通り過ぎた。
――結局、秀一は2日がかりの長旅には耐えられないだろうという判断で、2人乗りの『葛雲』に乗る事になった。
そのパイロットは交代制にしようという小暮の案に、
「俺1人で充分ですって」
なぜか飛がガンとして首を縦に振らなかった。
久しぶりのフライト、まして長距離飛行。普段あれだけ自由に空を飛ぶ事に対して執着している彼の意外な反応に、隊の者全員が不思議がっていた。
「どうしちゃったのん? 飛ー?」
「別に。何でもないですよ新さん」
「……何お前、この前の戦闘で頭でも打った? 墜落のショックで頭のネジが一本飛んだとか」
「それを言うなら新、飛んでたネジが衝撃でうまくはまったんじゃないのか?」
「あーナルホド。じゃあ飛、頭出せ。1本抜くから」
「そんなんやないですから!!」
追いかけっこしている飛と新の姿に、瑛己は「やれやれ」とため息を吐いたのだった。
中継で一泊した際、飛は2人乗りに平気な顔をしていたが。むしろ秀一の方が飛に気を使っている様子だった。
「ごめんね、飛」
「何がや」
そんな会話を何回か瑛己は聞いた気がする。
やはり飛は少し変わった。
瑛己の脳裏をよぎったのは、あの時……意識不明の秀一を前にして彼の名を叫んでいた飛。
そして、
『あいつが、俺より先に死ぬ、ワケがないんや』
『なぁ、瑛己……人の運命って、何やろう……? 生きるって何やろう? 死ぬって……何なんだろう?』
呟いていた、その横顔。
《『園原』領空に入る、総員着陸の準備を》
『湊』を発って2日目、昼過ぎ。
無線から聞こえる磐木の声に、瑛己はハッと我に返った。
(『園原』……)
小高い山の向こう、1つ、2つ、飛び越えるとそこに。
セメンで塗り固められた、巨大な基地が広がっていた。
◇ ◇ ◇
「すっげぇな……おい」
『園原』第11空軍基地。
降り立った327飛空隊の面々は皆そこで感嘆の息を漏らした。
管制塔からの指示で滑走路を抜け、駐艇場にたどり着くなり、すぐさま作業着姿の係員が現れた。
彼らの案内に従い格納庫へ向かったのだが。
その道すがら―――停留する、さまざまな機体を見た。
1機や2機ではない。幾つも幾つも。
「オーライ、オーライ、オーライ」
格納庫もすでにいっぱいで、あふれんばかりに飛空艇が並べられていた。
その種類も様々で、『蒼国』のものばかりでなく。他国のものと思われるものから、商業用、民間機………色も形も模様も多彩で、まるで飛空艇の見本市のようになっていた。
「祭りは4日後でしたよね? これまさか、全部、お祭り関係の?」
目を丸くしている秀一に、そばにいた作業員がハハハと笑った。「まだまだこんなん序の口ですよ」
「この先まだまだ増えます。祭りの前日とか2日前くらいからピークになりますよ。今日はまだ全然。すんなり滑走路に入れたでしょ? ピークになると降りるのも順番待ち。上空をぐるぐる3時間旋回しなきゃならない事もありますし。まして屋根付のこんな場所あいちゃいない。山向こうの第2、第3駐艇場に野ざらしですよ」
「ふえー」
「そんなにかよ……」
格納庫の中も色とりどりの旗やオーナメントで飾られ、もう祭りのような雰囲気である。
ザワつく場内と、足早に駆ける作業員たち。
「何か、もう、盛り上がってんなぁ……」
早めに出発した方がいいよという白河の言葉に従い、少し早すぎるのでは? と思いながらの出発だったが。
ここまでとは……数時間のフライトの疲れも吹き飛ぶような状態だった。
「『湊』の327飛空隊の方々ですよね?」と、呆然と立ちすくむ7人の前に、新手の作業着姿の男が現れた。
愛嬌のある懐っこい顔立ちの小男で、笑うとエクボができた。「長旅ご苦労さまです」
「今、ホテルに案内します。車を持ってきますので、少々お待ちください」
「ホテル?」
「はい。327飛空隊さまの宿舎は街のホテルに取ってありますので」
ひゅーと、新が口笛を吹いた。「個室?」
「2人部屋が2つと、3人部屋と承ってます」
ペラペラと黒い手帳をチェックしながら、男は笑顔で答えた。
「2人部屋だって!! おい、待て。誰が隊長と一緒に寝るよ? 見るからにこの人、イビキでかそうじゃね?」
「……」
元義 新の頭上に鉄槌を下し。
「それより先に、」と磐木は手を軽く振り払って整備士に向き直った。「雨峰総監にお会いしたい」
「長旅お疲れでしょう。お荷物を降ろしてごゆっくりされてからでも? 明日改めてお越しいただければ」
「いえ。何より先に、雨峰総監に」
整備士はキョトンとし、それから苦笑して腕時計を見た。「15時か……」
「どこにいるかな? ここ数日、総監はあっちこっちのチェックで忙しくて場所が定まってないんですが……連絡してみましょう」
「お手数をおかけします」
「いえ」
男は格納庫脇にある詰め所に入り、電話で連絡をしているようだった。
「俺は明日でもいいっスよ?」
頭をなでながら涙目で新が言った。
「馬鹿者。無礼だ」
小暮がそれに苦笑する。「右に同じ」
ジンは早速バージニアスリムに火を点けていた。
「それにしても……大きな格納庫ですね。『湊』の倍以上かな」
「これが見たとこ何個もあったよな? その上第2、第3駐艇場って……どんだけやねん」
「『湊』もこれくらいの作ればいいのに」
「予算の問題だろ。誰が資金出す?」
「そら、白河総監のポケットマネーで」
「あの人がそんな金持ちに見えるか?」
「確かに。白河さんのとこって年上の奥さんでしたよね? しっかり給料握られてそう。お小遣いあんまりもらってなさそうですよね」
「……」
瑛己は飛空艇から残りの荷物を降ろした。
滞在は1週間に及ぶ。替えの服は幾らかボストンに詰め込んできたが、洗濯はできるだろうか? 瑛己にとっては白河の小遣いが幾らかよりそちらの方が重要だった。
そこへ、「お待たせしました」さっきの男が小走りにやってきた。
「今、グラウンドの方にいるらしいんで。ご案内します」
「申し訳ない」
「いえ。お荷物大丈夫ですか?」
答える代わりに面々、自分の荷物をヒョイと持ち上げた。
「では、こちらです」
ゾロゾロと、男の背中に従う中。
飛は自分の荷物はもちろん、秀一の荷物も手に取った。
「大丈夫だから、飛」それに秀一が慌てた。「持てるから」
「……」
飛は何も言わず、スタスタ歩き始める。
秀一はその手から、自分のバックを取ろうともがいた。「ちょっと、ねえ、飛ってば」
「……」
その光景に。
瑛己は苦笑を越えて言葉を失った。
やはりネジが1本、正確にピッタリとうまい具合にはまってしまったようだった。
◇ ◇ ◇
「あらあらまぁまぁ。遠い所、本当によくきてくれました」
格納庫から歩く事数分。
公舎の脇に巨大なグラウンドはあった。
普段はここで勤めている者が運動するような場所だろうか? 今は小さい物から大きい物までテントが幾つも並び、万国旗が吊るされている最中だ。電飾を持って走る作業員の姿もある。
そしてそこで彼らを出迎えてくれたのは、小柄な女性だった。
高藤と同期という事は、50半ばだろうが、見えたとしてもまだせいぜい40代前半。色の薄い茶色の髪を小さく後ろで団子にまとめあげている。太っているわけではないが、小柄なためか少し丸い印象がある。
顔も手も体も小さい中で、ぷっくりとした唇が目を引く女性だった。
少し汗のにじんだ額にハンカチを当てると、優しそげに目を細めた。瑛己は少し安堵するような心持になった。
「はじめまして。私がこの『園原』空軍基地の総監を務めます雨峰 かんろ(amamine_kanro)と言います」
よろしくね、と微笑む顔に、その場にいた一同が少しドキリとした。年は関係ない、魅力を感じさせる笑顔だった。
女性で初の総監……どんな強面がくるかと思いきや。瑛己たちの表情に驚きが浮かんでいた。
「磐木君は久しぶりですね。風迫君も。元気そうで何よりです」
「雨峰総監もお元気そうで」
「ダメダメ。年には勝てません。最近は昔みたいには動けなくて。準備で大忙しなのに、体がついてこなくて困ってる所です」
うふふと笑うその姿に、飛が肘で瑛己を小突いた。何や、印象違うな。上島総監や高藤総監とえらい違うやないか。
「白河君はお元気かしら?」
「はい。息災です」
「白河君は昔から自分1人で抱え込むタイプだから。いつも心配してるの」
白河総監か……ふと瑛己は思った。総監も、あの事件以来少し変わった気がする1人だ。
何と言ったらいいかわからないが、いい意味で「吹っ切れた」そんな感じがする。
(兵庫おじさんとの事かな)
そういえば兵庫はどうしているのだろう?
あの後すぐに、何も言わずに姿を消した。
「……」
今どこで何をしているのか。彼の負った傷もまた、浅いものではなかったはずなのに……。
「あなた方はお体は大丈夫なのかしら? 長旅疲れたでしょう。無理をさせました」
「全員、随分よくなりました。お気遣いありがとうございます」
体は確かによくなった。だが今回の飛行はさすがに全員少し疲労の色が見え隠れしている。
あの襲撃以来、まともに飛んだのはつい先日。ましてこれほどの長時間を飛んだのは本当に久しぶりの事だ。
全身が少し痛む。特に、微妙に力を入れていた足の筋が今日は熱を持って痛い。
その後しばらく、世間話が続いた。それぞれの体調、基地はどうか、白河の事、『園原』の祭りの準備の具合などなど。
そうした後、ふっと目を細め雨峰総監は口を開いた。「今回の一件……大変でしたね。聞きました」
「【天賦】の人質となり、まして身内である『日嵩』が攻め入るなど……考えられません」
おろかな事です……雨峰総監は瞼を伏せた。
「上島総監は……?」言葉を濁す磐木に、「いえ、まだ」と雨峰総監は首を横に振った。
「上島君は何を思い、あのような事を……『日嵩』の兵士たちに罪はない。何を思って、『湊』に兵を率いたのか……」
「……恨み、でしょうか? 白河総監への……」
「恨み? そんな事ではありませんよ。上島君は白河君を慕っていた。少なくとも私の目にはそう映っていました」
雨峰は風に遊ばれる髪を手で押さえた。
「恨みなどと……そんな程度のものであんな惨事を引き起こすとは思えない。考えてもごらんなさい? あの出兵は前も後ろもない戦いですよ? たとえ『湊』を墜としたとしても何が残ります? 何が生まれましょう? 栄誉もなく、残るのは罪のみ。彼らにはもう帰る場所はなくなる。ただ一人の私怨でそのような?」
「上島総監はかつて、『湊』基地の撤廃を訴えていたと聞きますが」
「……撤廃でありません。移設です。『湊』は今の位置では少し南過ぎる。もう少し上に、『獅子の海』の辺りに居を構えたらという案です。あの湾は『蒼光』へのルートへつながる。今の既存の基地では少し警護がゆるい。『湊』をあちらに移設して、『獅子の海』と『蒼光』までの西の鉄壁にしてはどうかという案だったのです』
「……」
「しかしそれをいつしか誰かの手によって捻じ曲げられて……彼の言葉は『湊』の撤廃として世に知れた。同時に彼の名は屈折した形で知れ渡る事となった」
「……」
「私は今でも……上島君を信じてる。おかしいですか?」
「……」
磐木は目を閉じた「いいえ」
全員が、磐木に視線をやった。
ここにいる7人は見ている。上島 昌平という人物と、戦場で叫ぶ彼の声を―――。
聖母のように微笑む雨峰 かんろの描く上島の像と。
彼らが見てきた上島の姿。
(なぜ……?)
これほどの差があるのかと……瑛己は眉間にしわを寄せた。
「そんな事より」とふっと雨峰は口調を変えた。
「体調は戻った、なら任務は? 最近はどれくらい飛んでるのかしら? 訓練は?」
「いえ」
と、磐木も口調を変えて言った。
「この2ヶ月は基地や街の復興作業が主で、飛行任務は。基地では飛空艇がかなり破損しましたし、我らの物もあの事件でかなりの負荷がかかりました。先日ようやく整備から戻ってきたばかりで」
「飛んだと言えるのは、あれ以来久しぶりですね、ここへの飛行が」
ジンが補足する。それに雨峰は目を見開いた。「そうなの?」
「そうですか……いえね、ちょっとお願いしたい事があったものだから」
「願い?」
「ええ」
そう言って雨峰は、グラウンドを振り返った「ねえちょっと、斉藤君!!」
「はい」
そう言って走ってきたのは、露店の看板を取り付けていた作業着姿の長身の男。
そして先ほど瑛己達をここまで案内してくれた小男がその脇についた。
「ご紹介するわ。こちら、斉藤 流(saitou_nagare)君。そして隣にいるのが、星井 湖太郎(hosii_kotarou)君」
「斉藤 流!?」声を上げたのは飛だった。「まさか……」
「あら、ご存知。さすがは斉藤君」ふふふと雨峰は微笑んだ。
「『園原』空軍基地・第114飛空隊隊長・斉藤 流。うちのエースパイロットです」
『園原』の斉藤 流……瑛己も知っている。さすがに知っている。
現在、国内屈指のパイロットとして5本の指に入ると言われている……凄腕の男だ。
長身である。『七ツ』の中ではジンと新が同じくらい長身なのだが、それよりもさらに高い。
丸刈りの黒髪が汗にぬれている。すっきりとした一重瞼に、高い鼻。汗で光っているが顔立ちは彫刻ような端正な物だった。
このルックスと飛行技術から、女性に人気も高い。
そしてその隣に並ぶ男はニッコリ笑って斉藤を見た。
斉藤と並ぶと背丈は一層低く見える。斉藤より頭1つ半くらい低い。愛嬌のある顔に、炎天下でそばかすが目立っていた。
星井 湖太郎。瑛己と飛は息を呑んだ。この2人がその名を知らないわけがない。同い年、同期卒業生の中でも有名な男だった。
東部の飛空学校を卒業。成績は別にトップクラスではなかったと聞く。しかし彼は『園原』の斉藤が自らスカウトをした。彼らの同期で星井の名前を知らない者はほとんどいないと言ってもいい。
「ねえ、磐木君。そして『七ツ』の皆さん」
雨峰はいたずらを思いついたお姫様のような顔でペロっと舌を出した。
「私、空から現れたあなた方の飛空艇を見て……ちょっと欲が出てしまいました」
雲が、ゴォと音を立てて流れていく。
「わが『園原』が誇る114番隊『飛天』と、西の要『湊』が誇る『七ツ』。祭りの余興として、どうです? 1つ勝負をしてみないかしら?」
ニコニコ笑う聖母のような雨峰。
瑛己は思った。
自分を呪う運命の女神とやらが本当にいるのなら。きっとこういう顔をしているのだろうと。
2012.4.8.誤字修正
2011.7.29.誤字訂正