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空-ku_u-【前編 (第1部~第4部)】  作者: 葵れい
<第3部> 第19話
44/101

 『園原(Can you change your mind?)』-1-

 もしも過去に戻れるのなら。

 俺は、あの日に戻る事を望むのだろうか……?

 戻れる事などできない。だが、ここに来るたびに思ってしまう。

 もしももう一度、あの場所にたどり着けたならば。

 何かが、変わるのだろうか?

(俺は、)

 今ならば、何かを、変える事ができるのだろうか……?

「……」

 そう思い、彼は苦笑した。

(愚問か)

 ピンとジッポーを指で弾いた。

 そして胸元から煙草を取り出すと1本くわえた。

「……」

 今日の夕焼けはやけに赤い。

 大きく膨れ上がった入道雲さえ、赤く赤く染まっている。

 まるで血のようだと思い、山岡 篤はゆっくりと煙草を吹かした。

 そしてもう一度、眼下を見た。

 海岸沿いの丘から、その場所はよく見える。

 ――『白雀』。

 かつて『白い宝石』とも呼ばれたその街。

 だが今は風のみが通り過ぎて行く。

 焦土、そして瓦礫の廃墟と化している。

「……」

 人の気配はもちろんない。

(あの事故から14年か……)

 〝地図から消された〟あの日から――。

「姉さん」

 ポツリと、山岡は呟いた。

 そしてその言葉を消し去るように、ゆっくりと歯を噛み締めた。

 あの日には、どうあがいても戻れはしない。

 だが。問うてしまう。

(どこで、何の歯車を変えたら)

 こんな事にならずに済んだのか――。

 その時チカチカと、向こうにそびえる入道雲が光った。

 あの下は雷雨だろうか?

「……時間か」

 山岡は立ち上がった。

 軽く服についた芝生を払い、そして空を見上げた。伸びをした。

 そしてもう一度、

「愚問か」

 山岡はふと唇の端を吊り上げた。

 だがその目は一切笑っていなかった。




 数分後。

 セピアの飛空艇が空に躍り出た。

 向かう先は東。

 太陽に、背を向けて。


  ◇ ◇ ◇



  19



「暑い……暑い……暑い……」

 宿舎の隣にある食堂のラウンジの一角にて。

 テーブルに突っ伏した姿で、たかきがブツブツ言っている。

「暑い……もうアカン、耐えられん……暑い」

 ずっと言い続けているその姿に、さすがの瑛己えいきもウンザリ顔で飛を見た。「暑い暑いと言うな」

「余計暑くなる」

「……ほな、寒い言えば涼しくなるんか」

「なる」

 面倒臭そうにそう言った瑛己に、飛は胡散臭そうに顔を上げた。

「寒い寒い寒い寒い」

「……」

 瑛己は嫌そうな顔をした。

「俺はな、瑛己、5月生まれなんや。春生まれなんや……暑いのはかなわん」

 5月ならわりと夏寄りじゃないか? と思ったが、面倒くさい事になりそうだったのであえて瑛己は何も言わなかった。

珈琲コーヒー飲むか? 冷えたやつ」

「おごりなら」

「……1本だけな」

 やれやれ、と瑛己は席を立った。

 ――『日嵩』による『湊』襲撃事件から、もうすぐ2ヶ月が経とうとしている。

 あの時半壊してしまった基地は、この2ヶ月で随分復興が進んでいる。

 倒壊した管制塔も新しくなり先日機能を回復したし、滑走路もキレイに舗装し直された。

 格納庫は今建設の最中だが、もうじき完成となる。

 損壊した飛空艇の補充も決まり、ようやく『湊』も元の体制に戻るためのめどが立ったと言える。

 瑛己たちの生活も、元の状態に戻りつつあった。

「ギンギンに冷えたやつなー」

 自動販売機の前に立つ瑛己に、遠くから飛が叫んだ。

「どれも一緒だ」

 苦笑して、ボタンを押す。ガコンと珈琲が滑り落ちてきた。

 ――2ヶ月前に受けた傷も、随分よくなった。

 あの時体に火傷を負っていた瑛己も、もう動く事には支障はない。跡は残ったが痛みはもうない。

 全身に打撲を負っていた飛ももうすっかり元気だし、重症だった隊長の磐木も、先日ようやく医務の佐脇先生に「完治」の認定をもらったらしい。

「ほら」

 差し出された缶を、飛は飛び起きて受け取った。

 犬みたいだと、瑛己は思った。

「うげ、ブラックかいな」

「嫌いか?」

「ようこんな、苦水飲めるなぁお前」

「いらないならもらっとく」

「……ええわ、タダやし、一応飲む」

 そう言って飛はとても嫌そうに珈琲に口付けた。

「何やこれ! めっちゃギンギンに冷えとるやないか!!」

「そうか? この前まで冷えが悪かったから、適当に機械をいじってみたんだけど」

「おまんの方が、やっぱり無茶するわ」

 なんだかんだで結局1本飲みきった。

 それを見るともなく見て、瑛己は、ガラス張りになった壁の向こうにある空を見上げた。

「いい天気だな」

 遠くには入道雲も見える。

 時刻は昼過ぎ。

 昼食にしては少し時間が回った時間だったため、食堂には人気はなかった。

「もう残暑だっつーのに……いつまでこの暑さが続くんザンショ」

 夏も後半。ここ数日、日に何度も何度も聞くフレーズを軽く受け流した時。

「やっぱりここにいた」

 その声に振り返ると。

「総監が呼んでるよ。327、総監室に集合だって」

 相楽 秀一、その人だった。

 2ヶ月前、意識不明の重態だった彼も、今では歩けるまでに回復していた。

 まだ正式に隊務に復帰してはいないものの、時間の問題のように瑛己には思えた。

「大至急だって。ほら飛、早く立って! ちゃっちゃと動いて!」

「ヘェヘェ。わーった、わーったって。ホンマお前はうるさいなぁー」

「うるさいって何だよ。飛がちゃっちゃと動かないからだろ?」

 2人のやリ取りを、瑛己は吹き出しそうな思いで見ていた。

「? なーに、瑛己さん?」

「いや、別に……」

 あの時、秀一が意識不明になってどれだけ飛が動揺していたか。それは秀一には「絶対禁句」という事になっている。

 面倒臭そうに秀一を見ている飛の内心が、どれだけ喜んでいるか。

 それを考えると、瑛己は笑い出しそうになるのをこらえるので必死になるのである。

 今も、気だるそうに歩きながら、気遣うように秀一を横目で見ている彼は。

 あの一件で少し変わったなと……瑛己は思った。


 ◇ ◇ ◇


「まずは連日の作業ご苦労である」

 総監室に着くと、すでに他のメンバーは顔をそろえていた。

 夏場、基地や街の復旧作業に明け暮れた327飛空隊の面々の顔は、どれも日に焼けて黒くなっていた。

 特に真っ黒になっているのが元義 新だった。

 他の者が皆どこかしこに怪我を負っていた中、たった1人無傷だった彼は、あっちこっちの作業場にハシゴして回らされていた。

 タンクトップ1枚のその腕は、2ヶ月前より明らかに筋肉がついているように見える。

「午前は街での作業か?午後の予定は?」

「はい」

 と磐木が答えた。キレイに刈り上げられた髪が汗でぬれている。

「第3区画から応援要請がきておりますので、そちらの作業に向かおうかと。少し休憩に戻ってきていた次第です」

「そうか……ならそちらは、私の方から断っておこう」

「?」

 全員が一斉に総監・白河 元康を見た。

「任務だ」




「再来週、『園原』空軍基地で航空祭が行われるのは知ってるか?」

 『園原』第11空軍基地。

 西の要となっているのがここ『湊』空軍基地ならば、『園原』は東の要。

「『園原』の総監・雨峰さんから『湊』の327飛空隊に、航空祭への招待を賜った」

「『園原』っスか」

 ひゅーと、新が口を鳴らした。

「雨峰総監は……確か、女性で初めて空軍の総監まで上り詰めた方でしたね」

 小暮の問いに白河は「ああ」と答えた。

「『音羽』の高藤さんと同期だったはずだ。慈悲深い、とてもいい人だよ。今回も、かの有名な『湊』の『七ツ』が基地でくすぶっているという話を聞いて、気晴らしにどうかという打診が向こうからあったんだ」

 有名……瑛己は少し嫌な顔をした。一体どう有名なんだろうか? まったくいい意味ではないような気がした。

「週末には整備に出してた君らの飛空艇も戻ってくるんだろ? どうだい、須賀君?」

 と、ニコニコ笑顔で話を振られた飛は「そうですね」と神妙な面持ちで答えた。

「『園原』と言えば『湊』の姉妹基地……友好を深めるためにも、いい話ですね」

「ってお前」全員が苦笑を浮かべ、「単純に飛びたいだけだろ」

「何をらしくなく真面目な顔で言ってんだ」

「なんスか新さん、俺は心底真面目に『園原』と友好関係を結んで――『園原』の飛行技術を見学して、勉強して、あわよくば一戦交えたいと」

「一戦交える気か、お前」

 思わず出た本音に、飛は「しまった」と言った顔をした。

「空戦マニアが」と言ったジンも苦笑を浮かべている。

「せやかてジンさん!! 『園原』空軍って言えば〝天空の騎士〟とまで呼ばれる凄腕連中だって話やないですか!! らな損ちゃいますか??」

「どういう理論だ、まったくお前は」

 磐木が頭を抱えた。その姿に、ハハハと白河が笑った。

「是非もないな。今回は一応任務の形は取るが、いい機会だ。せっかくだから気晴らしに楽しんできてくれ。『園原』の航空祭は国内でも屈指の規模だからな。聖君も『湊』に赴任して以来連戦が続いているだろう? 休暇だと思って、のんびりしてきてくれ」

 ああそれから、と、白河は付け足した。

「今日付けで相楽君の復隊を認める」

「え」

 その言葉に、秀一は声を上げた。「本当ですか! 総監!」

「ああ、だが無理してはいけないぞ。佐脇先生はまだいい顔してないからな。だが問題は今回の任務の同行だが……」

「あー、いいっすよ、俺」

 と、飛が手を上げた。

「何なら、『葛雲つづらぐも』で出ても」

 『葛雲』とは、2人用の戦闘艇。『翼竜』より少し長く、前方と後方に操縦席がある。

 ただ、飛がそれを言い出したので全員が驚きをもって彼を見た。

 『葛雲』は少し重量がある分、スピードが『翼竜』に劣る。長い分小回りが利かないのである。

 しかももし今回秀一を乗せるとなれば尚更。彼が得手とするスピードのある飛行はできない。かなり慎重なフライトになる。

 ましてや『園原』基地は遠い。半日かかった『日嵩』の向こう、『白雀』の北東に当たる。

「距離があるからな、途中で中継は必要だろう……何なら、相楽君は基地に待機という事もできるが?」

 白河は、秀一から返ってくる言葉を知った上でそう訊いた。

「僕は……一緒に行きたいです。迷惑はかけないようにしますから……」

「そうか。……行程・飛空艇等は任せる。相談してくれ」

 苦笑する。

「さっき須賀君が言ったとおり、『園原』には腕のいいパイロットがたくさんいる。いい経験になるだろう。楽しんできてくれ」



 そしてすぐに解散になったが、磐木とジンは「少し話しがある」と言われ残る事となった。



 最後の者が出て行き、扉が閉まるのを横目で確認し。

 白河はふっと息を吐いた。

「『園原』の航空祭なんだが……」と少し言葉を濁し、白河はバツ悪そうに頬を掻いた。「橋爪総司令閣下がみえるそうだ」

「総司令が?」

「祭りだからな。例年軍の重役達もこぞって足を運ぶ。特に今年は30回目の記念大会だ。来賓の数も多いだろう」

「……」

「閣下はここ数年は参加されていないが、今年は出席を発表された。何せ閣下の出身は、」

 『園原』空軍なのだから。

「話してあったか? 2ヶ月前のあの一件で、軍本部は幾度も『七ツ』の出頭を要請してきた……必要ないと突っぱねてきたが、最終的に『不必要』と決めたのは閣下だ」

「……」

「雨峰総監は単純に好意でお前達を呼んだ。信頼に足ると私は思っている。何か万が一の事があれば自分が全て責任を取るとも言ってくれた」

「……」

「だが、用心を忘れないでくれ。……楽しんで来いと言っておいてなんだが」

「は」

「もう1つ。相楽君の事なんだが………」


 ◇ ◇ ◇


「飛」

 本塔を出入り口に差し掛かった頃。

 前をツカツカと歩いていく飛に、秀一は声をかけた。

「何で、あんな事」

 瑛己は立ち止まり、秀一を振り返った。

 だが飛は振り返らなかった。

「……」

「ねえ、飛」

「……あん?」

「だから、何であんな事言ったんだよ。『葛雲』なんて……」

「……ええやろ、何でも」

 ハハハと小さく笑って、飛は明後日を見ながら言う。

「お前、まだ無理やろ。長時間飛ぶの」

「……」

「くるんやろ? ほんならええやないか」

「……でも」

「俺がいいっつってんやないか! 四の五の言うな」

 パンと言われ、秀一は口をつぐんだ。

 瑛己は「やれやれ」と苦笑した。

「ごめん……ありがと」

「暑い暑い!! 瑛己、ジュースおごれ。今度は苦くないやつ」

「1本だけって言ったろ? 自分で買え」

「ケチケチ言うな。お前、昨日給料入ったやろ?」

「……お前もな」

「じゃあ、僕が2人分おごりますよ」

「珈琲、ブラックで」

「コラ瑛己! 何ちゃっかり俺より先にオーダーしとんのや!」




 晩夏の基地に、ツクツクボーシの声がこだましていた。

2.12.4.9.誤字修正

2011.7.21.誤字修正

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