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 『襲撃(is_clooapse)』-4-

《ははははは……どうした、磐木? ふははははは》

 ドドドッドドッ

 心臓が苦しい。

 気が狂いそうだった。

 磐木は眉間にしわを寄せ、真っ暗な空を睨みつけた。

(馬鹿な)

 あり得ない。

 磐木の知る限り、上島は二度と、飛空艇に乗る事はできないはずだった。

 事故に遭ったのだと、彼は聞いた。

 〝空の果て〟……そこからどうにか逃れ、気付いた時、磐木は病院の寝台の上にいた。

 あの日、結局白河達304飛空隊はこなかった。

 磐木はそれに関して何も言わなかった。だが兵庫は、白河を殴った。

 それも、病院に入院している白河を。失意の底にいる白河を。

 何が原因なのか詳しい事はわからなかったが、白河の右腕は永久に、動く事はなくなった。

 噂では、拳銃の誤射を受けたと聞いた。それで、一番大切な神経が、砕けた。

 それが昇進の理由ではなかったろうが、白河は首都に異動となった。

 そして……。

 上島もまた、二度と、空に上がる事のできない体となった。

 意識不明の重態。最初に聞いたのは、その言葉。

 回復したのは、奇跡だった。

 それでも、後遺症は残った。もう、上島は空には上がれなくなった。体がスピードに耐えられなくなった。頭が激しい高低差に耐え切れなくなった。気圧、速度、そして体内の組織が。

 空のすべてに、上島の体は拒絶された。

 それに彼がどう思ったかは知らない。だが、葛藤がなかったとは思えない。

 磐木から見ても上島 昌兵という男は、とてもいい腕と、高いプライドを持った飛空艇乗りだった。

(白河総監が)

 さっき、上島は何と言った?

 胸を、撃った……?

 事故じゃなかったのか? 事故だと聞いた、離陸しかけた飛空艇との接触による……なのに。

 なぜ。

 白河総監が。

 そんな事が。

「あり得るはずがない」

 磐木はきつく眉間にしわを寄せ、射撃ボタンを押し込んだ。

 ダダダダダダ

 銃弾は、空を切って飛んでいく。

「上島さん、なぜだ!? なぜあんたは」

《〝果て〟からの帰還者の言葉とは思えないな》

 ドドドッドド

 体ごと、操縦桿を左に押し倒す。

 何度かの被弾に、飛空艇の感触は悪い。下手な操縦は、そのまま墜落につながるかもしれない。

 だが磐木には、そんな事はどうでもよかった。そこまで頭が回らなかった。

 体の痛みと、心の痛みで。おかしくなりそうだった。

《磐木、〝空の果て〟はどうだった?》

 磐木は歯を食い縛った。

(撃つ)

 さっき外した事を、これほど悔いた事は今までかつて、なかった。

 アクセルを踏み込む。

《聖はどんな思いでその中に入っていったんだろうなぁ》

「黙れ」

《お前は、怖くて逃げ出したのか? 聖達を見捨てて逃げたのか?》

「黙れッ!!」

 ダダダダダダ

 銃弾が、かすりもせずに飛んでいく。

 苛々する。

 頬を伝う汗が、鬱陶しい。

《お前は逃げたんだ》

 風の中に、笑い声が聞こえる。

《お前は逃げたんだ》

 それが無線から聞こえるのか、頭の中に響いているのか、もう、わからなくなってくる。

 どちらが上で、どちらが下なのか。

 夜空が、奈落に見える。

 飛んでいるのか墜ちているのか。

 もう、わからないわからない――。

「ウォォォオオオォオォォ!!」

 磐木は、声の限り、叫んだ。

 そして、一瞬操縦の手が飛んだその瞬間。

 バックミラーに、上島の機体が入った。

 絶好のタイミングだった。

 入れば間違いなく、磐木の命はなかった。




 しかし。




 ドドドドド

 横合いから、上島目掛けて、無数の銃弾が飛んだ。

 それをヒョイと避けた上島に。

《悪ぃけど、その辺にしといてもらえますー?》

 軽い口調で言ったのは。

《いくら頭にきているっつっても、これ以上、うちの隊長さん苛めてもらっちゃ、さすがの新さんも、ブチ切れますよん?》

「新……!」

 磐木は目を見開いた。そしてそれを振り返った。

 蒼い機体が、闇の中に航跡を描いている。

《元義 新か》

《おっ? フルネームで覚えていただいてるとは、俺、ちょっぴり嬉しいんスけど》

《死ね》

《ははは、んな簡単に死んでたまるかっつの》

 グワンという音を立てて、新が磐木の隣を横切った。

 その刹那、操縦席の新と目が合った。

 ――逃げてください。

 なぜか、磐木には一瞬だけ見た新が、そう言ったように思えた。

 だが、どうも逃げられそうにない。

 無線のやりとりのせいなのか、黒い機体が集まってきている。

「馬鹿が」

 磐木は嘆息を吐いた。

 だが、さっきよりずっと心は落ち着いていた。

 磐木は新に向かって、すまんと呟いた。

 もう一度、「馬鹿が」と言った。それは、自分に対してだったのかもしれない。




「いや~ん、こりゃぁ、ちょっぴりヤバいかもん?」

 おちゃらけたように言って笑ったが、目はまったく笑っていなかった。

 新はチラと周りをうかがい「ヤダヤダ」と首を振る。

「隊長と総監の熱い囁きに、皆が引き寄せられちゃったじゃないの」

 ヤダヤダ、これだから血の気の多い連中は嫌だっつーの……と、目の前にいたそれに銃弾を叩き込む。

 ドドドドド

 まともに入る。刹那、爆音が空にとどろく。

 その噴煙に紛れ、右へと旋回しながら、煙の向こうを睨みつける。

「さぁて、どう料理していきましょうか?」

 ――1対10か……それとも、もっと多いか。

 ともかく、どうにかして磐木をここから退かせなければ。

 背中に気配を感じて、操縦桿をバッと押し倒す。すぐに、エルロンの脇を弾がかすめるように切っていく。

 敵さんの腕自体は、大した事はない。

 だがそれでも数が集まれば別だ。

 そうなれば、〝教科書飛行〟も厄介なものとなってくる。

 特に新は、その〝教科書飛行〟が大の苦手だったりする。

 海軍に2年いた。その後、駆け込むようにして学校へ入った。

 成績としては、下の下。特に学科は最悪だったが。

 柔軟性のある飛行。それだけが唯一、新を空へと押し上げた。

 自分がそうじゃないからか、新にとって型どおりに向かってくる飛空艇乗りは、空賊類とり合うよりもよっぽど面倒だった。

 ダダダダダ

 上昇からひねり込み、出た背中に撃ちこみを掛ける。

 間髪かんぱつなく横から攻撃が降るが、これはどうにかかわす。

 かわした先に、恐らくあれは上島の機体。

 正面からくる上島と新の撃ち合いとなる。結局、それを嫌って新が先に下へと逃げた。そのせいで、後ろにいた何かが上島の銃撃を浴びて蜂の巣となった。

「付かれたかにゃー?」

 上島が、新の後ろに付いている。

 それに新は笑みを浮べたが、頬を汗が流れた。

「撃たれる」

 そう思った瞬間、別の何かが上島を撃った。

《新!!》

 磐木である。

 新は頭を抱えた。

「おっさん、さっさと逃げろっつの!!」

《誰がおっさんだ!!》

「あ。無線入れっぱだった」

 ペロっと舌を出しながら、射撃する。

 また一機、空に花と砕け散る。

「隊長―、ハッキリ言いますけど、どっか行ってください」

《馬鹿者!! 何を言っている!!》

「だーら、ハッキリ言うっつってんでしょうが! あんた、足手まといだっつーの!! りたいんなら他所へ行ってってください! この場は、俺がご接待しますから」

 たった1人どうにかできる自信は、大してなかった。

 特に、一番厄介なのは上島――。

《10年早い》

「10年経ったらあんた、40過ぎじゃないっスか!」

《新、俺に喧嘩を売ってるのか?》

「やっと気付きましたか」

 ――さっさと行ってくれ。

 そんなやりとりの最中も、新は2機ほど墜としている。そして磐木も、「馬鹿者!!」と叫びながら1機墜とした。

 新が言葉の向こうで、何を言っているのか。わからない磐木ではなかった。

 ――囮になるから、早く逃げてください。

 できる事なら、磐木もそうしたかった。

 精神力だけで動かしている。

 戦っている相手は、もう、たった1人。

 自分自身。

《俺の相手は、ここにいる》

 新は舌を打った。だが、初めてその目が微笑んだ。

「あんた、馬鹿だ」

《新》

「二度と、俺の事を馬鹿だと言ってほしかないですね」

《わかった》

「上等です」

 新は、目いっぱいにアクセルを踏み込んだ。

 時間との勝負だと思った。

「んじゃまぁ、新さん、ちょっぴり本気を出しましょうか」

 ダダダダダダ

 撃ちこむ。抜ける。

 激しく、空を翔け出す。


  ◇ ◇ ◇


 瑛己は苦笑した。

 まったくあの2人は……。無線は全部、瑛己に2人の気持ちを届けていた。

(どこだ?)

 これだけハッキリと聞き取れるという事は、遠くないのだと思う。

 瑛己は慎重に辺りを見回した。

 そしてその闇の中に、不意に、白河の顔が浮かんだ。

「……」

 ともかく今は、一刻も早く磐木と新の所に行かなければ。

 夜の闇を切り裂いて、その向こうに太陽を願わずにはいられなかった。


  ◇ ◇ ◇


「うぜぇっつの!!」

 新の眉間にしわが寄る。

(ヤバイな)

 残りの弾数が、カウントダウンを始めている。

 恐らくそれは、磐木も同じだろう。

 撃っても撃っても、終わらない。切りがない。視界が利かないせいだろうか? いつまで経ってもどこまで飛んでも、何も変わらないような錯覚を覚える。

「隊長!! あんた、そろそろ引退したらどうっスか!!」

 苛立ちを、無線にぶつける。

《お前こそ、海へ帰れ》

「あんたは山に帰ったらどうっスか!!」

 ――隊長、このままではマズイですって。

 磐木は新の言葉の意味に気付いている……だが、陸へ降りたら2、3発殴ろうと心に決めていた。

 ただし、無事に帰れたらの話だが。

 そんな刹那、新の視界に白線が踊った。

 黒い機体。

(上島総監!?)

 他と違う、異様な雰囲気を持った飛行をするその飛空艇。

 だが上島とは違う。上島よりももっと、絡み付いてくる。

 それは偶然だった。交差した瞬間、その操縦席が間近に見えた。

 そしてサーチライトの光に照らされたそこにいたのは。

「東」

 確か、そう言ったはずだ……【無双】作戦の時、総指揮を取っていたあの男。酒場で殴り合いもした。表情の掴みにくい、印象の薄い男ではあったが。

(刺すようなあの目だけは、やけにハッキリ覚えてる)

 新は舌を打った。

「俺も煙草を復活させようかしらん?」

 操縦桿を、素早く右へと切り替える。

 速力は全開である。

 翼が空気を切り裂いている。

 ドドド

 それは、入らなくてもいい。

 勝負は次である。

 東が向きを下に取る。それは追わず、だが視線では追いかける。

 東が上に舵を向けた瞬間が、勝負の時である。

 だが。

「――やべっ」

 どっからともなく、銃弾が飛んでくる。

 新は慌てて舵を左へ切ると、素早くその出所を見た。

「隊長」

 り合っているのは――上島か!?

 待て。東はどこへ行った?

 ハッとして、新は視線を駆け巡らせた。

「あ」

 そして、見つけた先にあったものは。

「隊長ッ!! 後ろッッ!!!」

 咄嗟、新は手を伸ばした。

 だが、伸ばした手のひらの向こうで。

 ドドドドドド

 爆破したのは、東の機体だった。

 新は目を見張った。

 星が、そこにあった。

 機体に描かれた、7つの星。

《隊長、遅れた。すまん》

 短く聞こえたその声は。

「ジンさん―――!!!」

 そのまま、ジンの機体は切り裂くように空を滑り、一気に2つ、撃墜した。

 空を、宙返りするように舞い上がったその機影を見上げた時、新は泣きそうになった。

《新、ボケっとすんな》

「ふぃっ! すんませんっ!」

 そして、再び力強く操縦桿を握り締めた新の目の前を、スッと、蒼い機体が横切った。

 それは磐木と上島の間を割るように翔け抜けると、その背をひるがえし、上島を追いかけた。

 ドドドドドドドドド

 問答無用な連打だったが、その1つが、確かにエルロンの一端を砕いた。

「お前、」

《他を片付けてたら、遅くなった。後はここだけだ》

「小暮ちゃん……!!?」

 無線から聞こえてきたのは、消息不明だった小暮 崇之の、涼しげな声だった。

「生きてたのか……」

《勝手に殺すな》

「だって……!」

《話は後だ。――そろそろ、あいつもくるぞ?》

「へ?」

 あいつ? そう思い振り仰いだ新のすぐ頭上を。蒼い機体が追い越していった。

 そしてそれは右に操縦桿を切ると、斜めに滑ったその姿勢のまま、掻っ切るようにそこにいた黒い機体に撃ちかけた。

 ガガガガガ

「……まさか」

 よもや……そう思った刹那、答えは、無線から鳴り響いた。

《お待たせしました!! いやぁ、探すのにえらい苦労しましたよ!!》

たかき―――!! バカヤロ!! お前、どうして!!」

《ははは、俺を誰やと思ってんですか? 新さんばっか、ええカッコさせませんよ!?》

「ええカッコって……」

《さぁ、俺が相手したる!! どっからでもかかってこいッッ!!!》

 新は「ふざけんな!」と怒鳴ったが、笑顔をもう、消す事ができなかった。


 ◇ ◇ ◇


 ジンがいる、新がいる、小暮がいる。飛がいる。

 磐木は操縦桿を握り締めた。

 ――どいつもこいつも。

「大馬鹿者ばかりだ……うちの隊の連中は」

 ふっとあの頃の、晴高の苦労が忍ばれた。

「隊長」

 今日まで、自分はこの空を、飛び続けてきました。

 あの時の、あなたとの約束のために。

 そして――自分の意志と信念で。

「この先も」

 この命の許す限り。

《磐木》

「上島総監」

 磐木は、上島の背中を捕らえた。

《俺を撃っても、何も止まらんぞ》

「……」

《万物はすでに、動き始めている。12年前のあの日から、世界は》

「黙れ」

 磐木は射撃ボタンを押し込んだ。

 ダダダダダ

 残ったすべての銃弾を、ありったけ、解き放つ。

 だが最後の最後で、その銃撃をひねってかわし――上島の、その上から。

 ドドドドド

 ブンッッと風を切り、上島の真横をすり抜け、何かが銃撃を叩き込んだ。

 上島の機体が、物言わず火を吹いた。

 遅れて鳴った爆破音には目もくれず、磐木はその機体を目で追った。

 もうあんなに遠くを飛んでいる。

 蒼い蒼い機体。

 その機体に――最後の、7つ星を抱き。

 磐木は苦笑した。

「……手の焼ける奴ばかりだ」

 腕はまともだろうか?

 陸に戻ったら、どいつもこいつも。

 その頭を力一杯――抱きしめてやる。


  ◇ ◇ ◇


 その目がゆっくりと開いていくのを。昴は、映画のワンシーンのように、じっと見ていた。

「あっ……!」

 薄暗い地下のシェルターの中で。

 医者が声を上げた。

 そして、意識を取り戻した彼は、一つ深く瞬きをすると。

「……皆は……?」

 荒く息を吐き、そう呟いた。

「早く、空を」

「え?」

「止めなきゃ……早く……」

 うわごとのように言ってまた、目を閉じた秀一に。

 昴は「大丈夫」とその頭を撫ぜた。

 なぜだかわからないが、そうしてやらなければいけないような気がしたからだった。



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