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 『傭兵(subaru)』-4-

 かつてこの空に、【サミダレ】と呼ばれる空賊があった。

 空賊としては、【天賦てんぷ】に次ぐ規模を持っていた彼らの名前が、特に知れ渡ったのは3年前の冬。

 国鉄・渡来わたらい会長襲撃事件。一説には、『黒国』が絡んでいたのではないかと言われるその一件で、【サミダレ】の名はその後壊滅しようとも、空の歴史に残る事となった。

 そして現在いまでは、その名前は別の意味を持って使われている。

 結束の中に潜む一点の穴―――絶対の中に、あるはずのない不安の兆し。

 ゆえに、空に身を置く者はそれを、『鎖乱さみだれ』と言う。




「さて」

 海の向こうに、島の影が見えてきた頃。

 編隊の一番後ろを飛ぶ夕陽ゆうひ色の飛空艇は、ブンとエンジン音を唸らせた。

 そしてその乗り手は、ゴーグルの端を一撫ぜし、唇の端をふっと歪めた。

「そろそろ仕事を始めるか」

 次の瞬間、スバルの顔から笑みが消えた。

 代わり、その瞳に宿ったものは、空を映したような青い光であった。


  ◇ ◇ ◇


(嫌な風だ)

 ゴーグル越しにチラリと空を見て、瑛己えいきは息をいた。

 前方、海の向こうに見えていた島の影は、今ではもう山の隆起が見えるようになっている。

 だが空は、今にも泣き出しそうな天気だった。

 327飛空隊に与えられた4番目のルート、南側から入るその道が、島々の隙間に細く口を開けている。

 数分も後にはあの中にいるのかと思うと、

(ゾッとするな)

 前を行く磐木の飛空艇は、風に揺れもしない。

 無線は鳴らない。もう領海内だ。ここでマイクに向かって歌えば、それは間違いなく【無双】を観客にライブする事になるだろう。

 いっそ、ラジカセでも積んでこればよかったと瑛己は思った。もちろん聴かせてやるのは、気に入りの曲だ。いやいっそ、飛のイビキや磐木の罵声でもいいかもしれない。

(……)

 島が近づく。

 操縦席から振り返った磐木が、右手で文字を描いた。

 空軍の特種な手信号である。―――〝これより入る。高度と速度に気をつけろ〟。

 何となく、瑛己はたかきを振り返った。瑛己の横を、少し高めに飛ぶ彼は、目が合うとニッと歯を見せた。

 秀一は見えない。彼は後ろの方……丁度、一番後ろをとっている昴の前を飛んでいた。

 先頭を行く磐木が、島の割れ目に差し掛かった。

 続いて新が、飛が、そして瑛己が―――。

(風が、中に向かって流れている)

 入るというよりもむしろ、吸い込まれるような錯覚を覚えた。

 不安を覚えたのは、瑛己だけではなかった。

 仲間が消えて行くのを見ながら、小暮は、無線のボタンを押すまいかと躊躇ためらった。




(暗い)

 そして思った以上に、狭い。

 谷抜けの練習をした〝狐谷きつねだに〟も、随分居心地の悪い場所であったが。

(なるほど、違いない)

 こちらの方が、その道は険しい。

 その上、折り悪くこの天候である。

 襲撃には最高かもしれないが、迎撃には最低だ。

 狭い……と言ったが、幅は〝狐谷〟よりあるかもしれない。飛空艇が2台並べる。

 だが狭く感じるのはなぜだろう? 複雑な道筋の所為せいなのか、それとも突出した岩肌の所為なのか、空の所為か、海が黒いからなのか。 

 右から、杭のように出張った岩がある。それをどうにか抜けるとまた、覆い被さるように枯れたけやきが岩の間から突き出していた。

(戦うどころの話じゃないな)

 今頃飛は歯噛みをしているだろう。

 【無双むそう】までどれだけこんな道が続くかは知らないが、これでは、たどり着いても役に立ちそうにない。

(ただ、飛ぶ事だけが手一杯で)

 他に何ができるのか……苦笑しようと思った。その時だった。

 ドカン

 一つ、音が鳴った。

 一瞬、瑛己にはそれが何かわからなかった。欅を避ける事に意識はすべて持っていかれていた。

 風が吹いた。

 それは、雨が近い時の風ではなかった。

 油のにおいが混じった、爆風であった。

「―――」

 何だ、と、瑛己は振り返ろうとして。

 その横を、下へ、青い機体が斜めに墜ちて行った。

 黒い煙が視界を覆った。

 だがその寸前に見えたのは。

 炎を上げた、秀一の機体だった。

「―――、ッ」

 ドドドドドド

 瑛己は煙を振り切るように操縦桿を押し倒した。

 ガツンガツンガツン

 渓谷の中に、聴き慣れた音が反響する。

 ガンッと大きな音がして、爆音が木霊する。

 何が起こっているのか確かめたくても、瑛己は飛ぶ事で精一杯だった。

 殴りつけてくるような岩肌を、ギリギリでかわす。そして振り仰いだそこに。

 暗い渓谷に、茶のように染まった夕陽色の飛空艇が。

「―――ッッ!!!」

 青い飛空艇に、弾丸の光を叩き込んだ。

 砕けた光は、花となった。

 それは美しい花だった。

 なぜならそれは、命を乗せているから。

 青い飛空艇は、黒い海へと墜ちて行った。




「秀一ッ………!!!!!」

 飛に、脱出のパラシュートは見えなかった。

 気付いた時には、海に墜ちていく秀一の機体と。

 銃撃の嵐。

 避けられたわけではない。岩肌が楯になった。ただの偶然だった。

「テメッッ……!!」

 事態を理解するまでに、少し時間がった。

 昴が秀一を撃った。

 そして今も、昴の銃口は自分達を向いている。

「スバル―――ッッッ!!!!!!」

 渓谷も岩も海も空も、どうでもいい。

 飛は速度を上げて、上へと切り返した。




《飛ッッ!!》

 無線から飛び出したのは、小暮の声だった。

 途端、爆音が鳴った。

 瑛己はその銃弾が、どこから発射されたかを見た。

 そして、言葉を失った。

 頭上から編隊が現れた。

 それは、翡翠ひすいの飛空艇。

「【天賦】……」

 ポツリと、雨が降り出した。

 だが、瑛己はそれに気付かなかった。




《スバル、テメ、裏切ったのかッ!!?》

 怒声というよりノイズに近い飛の声に、昴は「ハン」と笑った。

「あたしは、ただ仕事をしてるだけだよ」

《仕事、やと……?》

「趣味で飛んでるわけじゃないからね」

 しかし―――。

「……ハン、そういう事か」

 天から現れた翡翠の一団に、昴は舌を打った。

「気に入らないね」

 そう言いながら、銃口を飛に向ける。

 そして撃った。




 ダダダダダダ

「チッッ」

 瑛己はかろうじてその銃撃を避けた。

(ここから出なくては)

 こんな渓谷の中、その上雨まで降ってきては。勝てるとか抜けるとか、そういう話ではない。

(死ぬだけだ)

 だが、空は【天賦】が固めている。どうやらこの渓谷から出すつもりはないらしい。

 【無双】は【天賦】の一部隊だと聞いた……あれが【無双】だったとしても、何も代わらない。

 だがなぜ? どうして?

 秀一は? 仲間たちはどうなった?

 時折、ノイズのような飛の怒声が聞こえる。

 だがそれを確かめる余裕もない。敵は【天賦】と昴と、そしてこの地形である。

 ダダダダダダ

 ガツンガツンガツンッッッ

(まずい)

 避けきれなかった銃撃が入った。機体が大きくぶれる。

 そして目の前に、岩肌が迫る。

 操縦桿を目いっぱいに右へ傾ける。

 これを避けたとしても、と瑛己は眉間にしわを寄せた。

(次の銃撃はかわせない)

 バックミラーに映らない部分に、確かに背中を取られている【天賦】がいる。

 瑛己は唾を飲み込んだ。

 ガ―――ッッッ!!

 ギリギリで抜ける岩肌と機体の腹との間に、えぐるような音が響く。火花が散る。

 操縦桿を握り締める瑛己は、今自分がガラ空きな事がわかっていた。

 視界の隅に、翡翠が舞った。

 これが最後か。

 その途端、翡翠は黄色い閃光を上げた。

《―――聖、》

 撃ったのは、磐木だった。

 その声に、瑛己はらしくなく安堵を覚えた。

 瑛己は岩肌のギリギリを抜け、そして声の主を探す。

《逃げろ》

 そしてようやく、その機体を見つけた時。

 その機体からは、黒い煙が立ち昇っていた。

「隊長」

 そしてその背後にいる者を。瑛己は呆然と眺めた。

 雨に濡れて光るそれは。まさに。

 銀色の、獅子。

「……無凱……」

 刹那、瑛己は誰かの笑顔を見た。そして光を。

 ―――後の事は、覚えていない。




  ◇ ◇ ◇




 すべてが光に還るのならば。

 自分はそれを、望むのだろうか?

 ……そんな事、今問うた所で仕方がないのだが。



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