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 『傭兵(subaru)』-2-

 飛空艇から飛び降り、ゴーグルを脱ぐと。途端、眩しい陽射しが目にしみた。

 瑛己は眉間にしわを寄せ、前髪を掻きあげた。

 たまらなく眠いと思った。

 欠伸あくびをかみ殺していると、丁度、フラリと操縦席から飛び降りた秀一と目が合った。

「……お疲れ様です」

 笑って見せたが、流石の秀一スマイルも、疲労の影が濃い。

 新は、操縦席から這い出す気力もないかのようにそこに突っ伏し、小暮は眼鏡の汚れを面倒臭そうに袖の端で拭いている。ジンはヴァージニアスリムをくわえ、少しだるそうにライターで火を灯し、磐木ですら、どこか眠そうにして愛機に背をもたれて腕を組んでいた。

 瑛己は周囲のそんな様子に、少しホッとした。

 半日を越える長時間飛行。辛いと思ったのは、何も、自分だけではなかったか―――。

 だがそんな安堵も束の間の事。

「はぁぁ!! 着いたっ、着いたでー!!! ハッハッハッ!!!!」

 恐ろしく元気な笑い声が、だだっ広い滑走路に鳴り響いた。

 瑛己はゲッソリと、その声の主を振り返った。

「何や、空気が美味いなぁ!! 絶好の飛行日和っ!! お天とさんも、絶好調やな!!!」

 そこには〝自称・空戦マニア〟須賀 たかきが、不気味なほど満面に笑みを浮べて、小躍りしながら煙草の箱を片手に遊んでいた。

「……」

「おう、瑛己!! なーに、しけたツラしとんのや!!! 秀坊―、ちゃっきり歩けー?? お前ら、遠路はるばる『日嵩ひだか』まできて、なーにボケた顔しとんのや!!??」

「……」「……」

「ほらぁ、隊長―! 早いとこ基地へ行きましょうよー!! こっから少し歩くとかって言ってませんでしたっけ? 新さん、なーに操縦席で寝てんですか!! ほれ起きた起きた!! 早くしないと、置いて行きますよ!?」

「……あぅぁ」

「さぁ!!! 皆元気出して!!! はりきって、『日嵩』空軍基地へと向かいましょー!!! さぁっ!!! 胸を張って!!! ハッハッハッハッ!!!!」

「……」「……」「……」「……」「……」「……」

 瑛己はゲンナリした。そしてそれは他の面々も同じだった。

「あいつのあの元気は、一体どこから湧いてくるんだ……?」

 瑛己の横で、小暮が疲れた声で呟いた。

 それに瑛己は一つ溜め息を吐き、

「……空がある限り、じゃないかと」

 そう言って、雲一つない真っ青な、満天の蒼空を仰いだ。

 輝く太陽が、少し、憎らしく思えた午後。

 ―――白河が『蒼光さき』から帰還して5日後の事である。


  ◇ ◇ ◇


「『日嵩』?」

 問い直す声に、白河は「うむ」と低く頷いた。

「首都『蒼光』で、『日嵩』空軍基地総監・上島君に会ってな。……磐木は知っているだろう? あの上島君だ」

「……は」

「昔、この基地にいた事もあってな。私がまだ現役の頃だ。上島君は同じ編隊に属していてな、それは腕のいい飛空艇乗りだったよ。

 上島君は、橋爪総司令の信頼も厚い男なのだが……今回、私が少々難儀をしていた時、総司令に2、3進言をしてくれたらしい。何ともまぁ、ありがたい事ではあるのだが」

 そう言って白河は苦々しそうに笑みを浮べた。

 瑛己はそれに小首を傾げたが、ふと磐木の顔を見ると、彼も同じように苦いものを眉間に浮べていた。

「それで『黒』との件は、とりあえず話はついたのだが……代わりに、上島君に頼み事をされてしまった」

「頼み事ですか」

 磐木の低い声に、意味ありげな音が含まれていた。

 どうも、厄介な事らしい……そう思ったのは、瑛己だけではなかった。

「実は、今度【無双むそう】に襲撃をかけるにあたって、『湊』から腕のいい編隊を……『七ツ』を、援軍として出してもらえないだろうかと」

「【無双】―――!!?」

 その言葉に、ガバリと身を乗り出したのは飛である。

「総監、今、俺の聞き違いでっしゃろか!? 【無双】って、【無双】って、あの【無双】ですか!!??」

 その剣幕に、白河は穏やかに笑った。「ああ、そうだよ」

「【無双】―――【天賦てんぷ】の一部隊にして、東の海を統べらんとする組織。今回その根城を、『日嵩』基地総力をあげて、叩き潰そうという計画らしい」

 【天賦】。瑛己の眉が、ピクリと揺れた。

 『湊』へきて僅か数日、〝獅子の海〟で対峙した翡翠ひすい色の飛空艇の事は瑛己の記憶にまだ新しい。

 そしてその翡翠の鳥を束ねる、銀色の獅子。

 【天賦】の無凱むがい……瑛己は知らず、拳を握り締めていた。

「ひょぇぇぇぇ!!!」

 飛が、よくわからない奇声を上げた。

「そ、それを、ま、まさか、俺ら!? うひゃぁぁ!!!」

「飛、落ち着け」

「これが落ち着いてられますかっ!!!」

 大騒ぎする飛に、白河の顔がほころんだ。

「須賀君、期待させて申し訳ないが、今回はあくまでも名目『日嵩』の補佐だ」

「名目、ですか」

 飛とは一転、冷めた声で言ったのはジンだった。そして胸元から煙草を取り出すと、指先でクルリと回し、

「上島総監の本当の対手あいては、一体誰なのか」

 高揚した空気が、突如シンと静まり返った。

 白河は肯定も否定もしなかった。ただ苦く笑い、「悪い奴ではないのだが」と口を開いた。

「昔から、人一倍闘争心と野心の強い男でな……特に、当時隊長を務めていた私には、随分いい感情を持たれていたようだった。私と上島君は、正反対の性格と言っていい。だから、私のこういうはっきりしない物言いと態度が、彼は気に入らなかったらしい。事ある事に反発されたよ。私もあの頃はまだ若かったが、それでも、少し骨の折れる相手だった」

「……我々に、【無双】を撃墜する様を見せつけようと?」

「さぁて。それとも、レースに参加させて、敗北を味あわせる事が目的なのか」

「どちらにせよ、ただの応援では終わるまい」

 白河は腕組みをし、そして磐木を見た。

 磐木はそれを受け、一瞬眉間のしわを深めたが。「……わかりました」

「出ます」

「すまん。先日、君たちを不当な理由で空に上げないと約束したばかりだというのに」

「いえ。今回は、出ないわけにはいかないでしょう」

 見回せば、全員が「やるっきゃないわな」という笑みを浮べていた。

 そして。

「―――総監!!」

 突然立ち上がり、声高々に叫んだのは……言うまでもなく。

「安心してください!! 俺が絶対ッッ、【無双】をぶっ叩きますから!!」

「……いや、飛、それは違う……」

「何や秀!! ええわ、もしも万が一、『日嵩』の連中がぶっ放してきたら。そっちも一緒に叩き墜とすだけやッッ!!」

「……いや、それも違うと……」

「ハッハッハッ!!! どいつもこいつも、まとめて相手したるわッ!! うわぁ、腕が鳴るわぁ!!!!」

「……」「……」「……」「……」「……」「……」

 全員、唖然と飛を眺める中で。

「ははは。須賀君、期待しているよ」

「総監!! 任せてください!!」

 こいつに期待なんかかけてしまって、大丈夫なのだろうか……? 瑛己は、飛にも白河にも、一抹の不安を覚えた。


  ◇ ◇ ◇


「クックック……。何や、噂に違わぬ、ええ待遇してくれるやないか」

 『日嵩』空軍基地から少し行った、町の酒場にて。

 運ばれてきた麦酒ビールをグビと一口飲むと、飛は、不気味すぎる含み笑いを浮べ煙草を噛んだ。

 瑛己はそれを無視して料理に向かい、秀一は苦笑しながらオレンジジュースにストローを差した。

「仕方ないよ。急の事だからね」

「秀一、お前、本気で信じてるんか?」

 昼間。

 『日嵩』基地に着いた327飛空隊は、まずその入口で「連絡を受けていませんので、後日改めてお越しください」と。けんもほろろの扱いを受けた。

 それで引き下がるわけにもいかない。隊随一の頭脳派・小暮が事の次第を話し、上島総監に取り次いでもらえないかと言うものの―――返ってきた返答は、「上島総監は、現在、出張中です」。

「ありゃぁ、完全にワザとだろうなぁ」

 新が焼酎を飲みながら、苦笑ともつかない笑みを浮べた。

「入口に立ってた奴ら、『七ツ』ご指名の門前払い命令、いただいてるよん?」

「だろうな」

 小暮は足を組替え、麦酒に目もくれず、置いてあったジンのヴァージニアスリムの箱から一本取り出し口にくわえた。

「珍しいな」

 先に吹かしているジンが、トントンと灰皿の角で灰を落とした。

「後で倍にして返します」

「出世払いで結構だ」

「ハハ、それじゃぁ、あの世までお借りしておきますよ」

「磐木隊長、麦酒は?」

 磐木はムスッと口をヘの字に曲げると、「いらん」

「それより飯だ。腹が減った。聖、そこの皿を取ってくれ」

 無言で渡す瑛己を見て、飛が「はぁぁ」と大きく溜め息を吐いた。

「しかし、これから、どないするんですか?」

「どないしようかねぇ」

「新さん、茶化さんでくださいよ」

「だって、実際じゃねーのよ」

「まぁ、待つしかないだろうな」

「何を?」

「決まってるだろう? 上島総監がお帰りくださる日を、だろう」

 飛はゲッソリ顔をして、天井を仰いだ。

「はぁあ……ボケボケしてたら、作戦に乗り遅れちまう」

「それが狙いかも?」

「『七ツ』は期日に間に合わず、敵前逃亡をした、か。あり得るな」

「ていうか、僕、よくわからないんですけど」

 ストローを口に含んだまま、秀一が言った。

「作戦の期日もそうですが……上島総監って、一体どんな人なんですか?」

「どういう人、ねぇ?」

 意味ありげに新はニヤリと笑い、磐木を見た。だがすぐにギロリと鬼のように睨まれ、焼酎に目を移した。

「上島総監は、『湊』を目の仇にしているという話だ」

 答えたのは小暮だった。

「それが、白河総監に対するものなのか……それとも、彼が『湊』にいた当時に抱いた基地への憎しみなのか。それは誰にもわからない。だがあの人は、『湊』に対して果てしなく暗い負の感情を抱いている……知ってるか? 以前上島総監が、『湊』基地の撤廃を総司令に訴えたって話」

「撤廃!!?」

「ああ、それ聞いた事ある。何や、議会で退けられたけど、かなりトチ狂ったように言ってたやつやないスか?」

「ほう。飛、よく知ってるな」

「俺、『飛行新聞』だけは、完璧にチェックしてますから」

「だから、つまり」

 小暮は慣れた様子で煙草の灰を落とすと、煙を切るように一瞬ヒュッと手首を動かし、口元に持って行った。

「それだけ『湊』を憎んでいる人間が、今回の一件、何の他意もなく『湊』に応援を求めるとは思えない。そこにどんな意図があるのか……単に、【無双】撃墜という大イベントを前にしたにも関らず、『湊』ご自慢の『七ツ』が蚊帳かやの外、まったく役に立たなかったというレッテルを貼りたいだけなのか……それとも」

「それ以上の、何か罠があるのか、か?」

 ジンの言葉に小暮は大きく頷き磐木に目を向けた。

「どうします? 隊長」

 磐木はしばらく無言でいたが、やがて「待つしかあるまい」と呟いた。

「作戦決行までまだ日がある。帰るわけにもいくまい」

「上島総監は、本当に不在と?」

「いや。基地にいるだろう」

 事も無げに言うと、磐木は苦笑するように目を細めた。「あの人のやりそうな事だ」

「我々の着陸指定地をわざと基地から離れた場所にしたのも、不在と言って門前払い食らわすのも、あの人がやりそうな事だ」

「隊長」

「今日は宿に泊まり、明日もう一度基地へ向かう。それで駄目なら、明後日。それが唯一、今、我々ができる事だ」

「―――わかりました」

 この件に関する論議は、それで終わった。

 それからはしばらく、めいめい酒と料理と談笑で夜は更けていった。




 ―――だが。その一日は、そのまま簡単に終わりを迎えてくれなかった。

 テーブルいっぱいの料理があらかた空になった頃。

「……なぁ、聞いたか? 『湊』からきた連中の話」

 店内に流れていた音楽が、一瞬シンと静まったそんな時であった。

 チビリと麦酒を飲んでいた瑛己の目が、ピクリと明後日を見た。

 それは、他の誰もが同じだった。ハハハハと大笑いしていた飛も声を落とし、突っ伏して眠っていた新も細く目だけを開けた。

 『海雲亭』の2倍はあるような広い店内であった。

 ごった返す客の層はまばらであったが……彼らが囲むテーブルの少し向こうに、簡素な格好をした男が5人ほど座っていた。

 丁度、瑛己が座る位置から正面の場所だった。見るともなくチラと見る。

 飛行服を着ているわけでもない(瑛己たちも既に着替えている)。空軍の特徴ある何かを身に付けているわけでもない……だが、この場所と、彼らが持つ独特の空気は。

(『日嵩』……)

 飛たちが、瑛己に目で問い掛けた。それに彼は無言で頷いた。

「―――ザマぁないよな」

「所詮、その程度の」

「ハハハハ。確かに」

 注意して聞いても、話し声は喧騒に紛れて断片的にしか聞こえない。

 それを、瑛己たちはじっと静かに聞いていた。

「……を、墜りそこなったってさ」

「知ってる。けどどうせ、怖くて逃げ出したんだろ」

「ハハハ、違いない。【天賦】とだって、本当にやったのかどうか」

「自分らで適当に撃ち合って、それっぽく飛空艇を飾ったんじゃねーの?」

「あそこの隊長」

「知ってる。〝空の果て〟の生き残りだろ?」

「要するに、逃げ足が早いって事だ」

「〝逃げ専隊〟ってトコじゃないの? 本当は」

「だーら、適当に」

「ハハハハ! 奴らも実はそれを期待してんじゃねーの??」

 瑛己たちは。

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

「……」

 無言で。

 ―――耐えられるような連中ではない。

「ッッッザケンなァァァァァァ!!!!」

 口火は、もちろん飛が切った。

 唖然とする店内を他所に、新はテーブルに踏み込むと、適当な顔をぶん殴った。

「あん?? 誰が逃げ専だって?? ぁぁああ??? もっかい言ってみ? にーさん方」

「な、何だ貴様らっ」

「おい!! お前らやめろ!!」

「『七ツ』……!!?」

「お、お客さん、止めてっ」

 店主の悲鳴も虚しく、殴り合いが始まった。

 飛が蹴飛ばせば、新が殴る。派手に立ち回っているのはこの2人だが、殴りかかってこられたら、ジンが無視するわけがない。ジンは効率よく相手を沈め、小暮はもとより磐木でさえ、止める声はいつもより少ない。

 そんな中、オロオロする秀一の横で、瑛己はいたって無表情で1人、麦酒を飲んでいた。

「コラ、瑛己!! なーに1人で和んでるんや!!」

 戦闘参加要請がきても、瑛己は嫌そうな顔をしているだけ、他人の顔を貫き通した。

 騒ぎは徐々に、彼らを取り巻く外野にまで飛び火しかけていた。

 初老の店主が呆然と、もう叫ぶ言葉すら浮かばないかのような顔で立ちすくんでいる。

 傍観していた磐木が、そろそろ潮時と見て、重い腰を上げかかった。

 だが、それより早く。混乱する店内に、声が、響いた。

「いい加減にしろよ」

 凛と響く精悍せいかんな声だった。その声には、我を忘れて暴れる者の手さえも、一瞬止める力があった。

 瑛己は麦酒を片手にしたまま、声の主を振り返った。

 少し離れたテーブルに1人、足を組んでこちらを見ている者がいた。

 まっすぐに輝く、挑戦的な目をした―――それは紛れもなく女性だった。

 黒いジーンズに、革製の、赤の短いジャケット。髪は後ろで高く一つに結い上げ、それが店の灯りによって照々と光っていた。

「お前……!」

 飛の胸倉を掴んでいた男が、目を見開いて彼女を見た。彼女はニヤリと男のように笑い、スッと立ち上がった。

「こんなトコで大騒ぎしている場合じゃぁ、ないんじゃないのか?」

「……ッ」

「上に知れる前に、有り金全部置いてとっとと退きな。それとも、何もかも頓挫とんざにしたいってんなら、あたしも手伝うけど?」

「……」

「何や、お前は!!?」

 飛は男の腕を振り解くと、今度はその女性に食って掛かった。

「女の出る幕やないわ!! 引っ込んでろ!!」

「ハン」

 女は飛の啖呵たんかを鼻で笑うと、ジーパンのポケットに手を突っ込み、鋭い眼でこう言った。

「あんたら、鳥なら鳥らしく、空でケリをつけろっつってんだよ、あたしは」

「何!?」

「飛……ッ!!」

 秀一の制止も聞かず、女に向かって一歩踏み出した飛の鼻先に。

 女は間髪入れず、短銃を突きつけた。

「―――ッ」

「『湊』空軍基地、第327飛空隊、『七ツ』」

 女は余裕の顔で飛を、そして他の面子を一瞥すると。

「喧嘩なら、空で買うよ」

 そう言って、唇の端を釣り上げた。

「何をッ」

「……っと、警音」

 そして飛が二の句を告げる暇もなく、彼女はヒラリと宙を舞い、風のように消えて行った。

 彼女が去ってすぐに、騒ぎに駆けつけた警察がドタドタと踏み込んできたが。

 その時にはもう、『日嵩』の者と思われる男たちの姿はなく。代わりに、彼らの置いていったかなりの額の金によって、店主が「酔っ払いの喧嘩です」と引きつった笑顔で言ったのを―――327飛空隊の7名は、そ知らぬ顔して聞いていた。




 彼らの宿に『日嵩』からの使いがきたのは、次の日の朝早くだった。


  ◇ ◇ ◇


「磐木。昨日きてくれたそうだな。事前に連絡をくれればよかったものを。昨日は所用で、地方へ出ていた」

 『日嵩』空軍基地総監・上島は、部屋に入るなり早口でそうまくし立てた。

 それに磐木は(地顔かもしれないが)、いささかムッと顔をしかめた。

「先にご連絡申し上げたはずですが」

「知らん」

 上島はソファにドカリと腰掛け、『七ツ』全員を1人ずつ、上から下まで見ていった。

 それはまるで、値踏みするかのような目であった。

「掛けたまえ」

「……いえ、このままで」

「フン。そうか」

 皮肉ったように笑うこの男が、瑛己は好きになれそうにないと思った。

 態度もそうだが、何よりその目。

 明らかに、見下している。

 瑛己は無表情に上島を眺め、そして一瞬脳裏に浮かんだ白河の困ったような笑顔を、とても気の毒に思った。

「磐木、君らの噂は聞いている。随分派手にやっているようだな」

「……いえ」

「だがな、我が基地にはそんな君らの噂を、デマカセだと言う者が多々にいる。本当は、取るに足らない連中ではないのかと……フフ、そう怖い顔をするな。所詮ただの噂だ」

「……」

「まぁ、その真偽はいずれ公になる事であろうがな」

 上島はニヤリと笑った。嫌味な笑いだった。瑛己と目が合った。だが瑛己は無表情のままだった。

「さて。ではまず今後の事を話す前に、紹介しておきたい者がいる。おい、入れ!」

 上島の声に続いて、部屋に入ってきたその顔は。紛れもなく、昨夜、酒場で殴りあったうちの一人であった。

あずま君だ。今回の作戦で、前線の総指揮を勤める」

「よろしくお願いします」

 ゆっくりと頭を垂れたその顔には、皮肉とも余裕ともつかない、不思議な笑みが浮かんでいた。

 そしてもう一人。

 その男の後ろに、かなり遅れてフラリと入ってきた者がいた。

 深紅のジャケットに、黒のジーンズ。挑戦的な双眸と、ピンと張り詰めた精悍な空気を身にまとい。そして男のような笑みを浮べるその―――女性は。

「本上 昴(honjyo_subaru)君だ。今回、特別に作戦に参加してもらう事となった」

「……スバル?」

 飛の眉がピクリと動いた。

「あんた、まさか……噂の」

 だが彼女はそれには答えず、挑戦的な瞳のままにこやかに微笑み、

「よろしく」と言った。

 飛が小さな声で「上等や」と呟いたのを。瑛己は隣で、心底嫌そうに溜め息を吐いた。



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