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 『零地区(area_zero)』-4-

 だるそうに無線のヘッドホンを外すと、男は大きく溜め息を吐いた。

「やれやれ」

 これだから嫌なんだ……ポツリとそう呟くと、ディスプレイを見やり、そして再び無線のスイッチを入れた。

「ザ」

 男は片輪眼鏡を軽く上げると、瞼を伏せた。

《うぃ》

 しばらくして、いつもの短い返事が聞こえてきた。

「予定変更だ。05-after、作戦を遂行する」

《フズっ! ちょ、待った!》

 用件だけ言って電源を切ろうとした男は、明らかに眉をしかめた。

《今、交戦中》

「例の3機か?」

《違う。けど同じ、アオ》

 それを聞いて男の眉間のしわがさらに寄った。

(仲間か)

 昨日海域に現れた3機の飛空艇。その色から、『蒼国』の者という推測は易い。

 その仲間が、消息を探しに現れた―――ある話だ。

(面倒な事だ)

 男は目を閉じた。

「数は」

《4》

れそうか?」

 問いながら、一つの返事しか期待していない。そしてその返事が聞ける事を、男は疑っていなかった。

 それだけに、返ってきたのは予想外のものだった。

《不明》

「不明?」

 男とザ。2人の付き合いは長い。その長い付き合いの中で、男は相棒のこんな歯切れの悪い返事を聞いた事があまりない。

 ザが殺れると言えば、実際そうなったし。無理と言えば、それもまた一つの事実となった。

 だが、不明とは……。「どういう事だ」尋ねずにはいられなかった。

《結構、やり手。中でも……変な奴がいる》

 的を射ない返事に、男も苛々してきた。

「ザ」

《……ッ、まさか、そんなッ》

「どうした」

《けどッ……これは、この飛び方はッ》

「―――」

 男は無線機のスイッチを切った。

 そして乱暴にヘッドホンを捨てると、キーボードに意志を叩き込んだ。

 その結果も見ず、彼は部屋を飛び出した。

 残されたディスプレイの黒い画面に、短く文字が流れた。

 そこには、00:05という表示と、刻々とカウントを減らしていく秒数が。

 ―――残りの時間を、告げていた。


  ◇ ◇ ◇


 敵の一機を沈め、ジンはふっと顔を上げた。

(援軍がきたか)

 素早く周囲を見渡す。最初は5だった敵の数が、いつの間にか10ほどに膨れ上がっている。何機か撃墜したにも関らず、だ。

「チッ」

 舌を打ったが、彼の表情に特に変化はなかった。

 風迫かさこ ジンという飛空艇乗りは、どんな状況になろうとも冷静に大局を見る事ができる。そこが磐木、そして白河の信頼を受けている所だ。

 冷静―――だが言い換えれば、冷淡とも言える。

 その瞳が空の青と太陽の光に、薄氷色に輝いた。

「相楽、聖とたかきの援護に回れ」

 敵の銃撃をかわしながら、ジンは無線に向かって言った。

《了解》

 これを聞いた飛が、もし敵と交戦中で手一杯でなければ。「援護なんぞいらんっ!!」と叫んだかもしれない。

(この連中、ただの空賊ではない)

 ジンは操縦桿を前に押し倒しながら思った。

 戦闘技術、連帯技法。どちらをとっても、そこいらの空賊とは違う。

 そして何より引っかかるのは、一塗りされた灰色の機体。

 まるでそれは、故意に身分を隠されている―――ジンには、そう思えてならなかった。

 何のために? だが彼はそう思って、ニヤリと笑った。

「よほど、この海域に立ち寄って欲しくなかったらしい」

 発端は〝ゼロ地区〟付近で通信を絶った巡視船。彼らの最後の言葉は「不審な船を見つけた」。それを追跡すると言って、行方不明になった。

 そしてその調査に向かった、磐木・小暮・新の失踪。

 それを追いかけてやってきた4人を出迎えてくれたのは。

「銃撃の花か」

 クッと笑いながら、射撃ボタンを連打した。

 波線状にその雨が、炭色の機体に吸い込まれて行く。

 ドンッと低い音がして、間髪入れず、爆炎の紅い花が咲いた。

「悪いが俺は、男から花をもらう趣味はない」

 簡単に言って笑うジンだが、その後ろは3機の飛空艇に張り付かれていた。

 耳の端をヒュッという音がして、ジンはエルロンを縦にした。その翼のあった所を、光が駆け抜けて行った。

 そのままグルリと旋回すると、ジンは手早くレバーと操縦桿を切り替える。そしてアクセルを一杯まで踏み込んだ。

 速度が全開になる一歩手前で上へ切り出すと、敵に覆い被さるようにそらを渡った。

 灰色の飛空艇に乗ったパイロットが、それを見上げた。

 操縦席のジンが見えた。逆光でよく見えないその顔。ゴーグルと飛空帽に覆われ、ただ一つ見えたその口元が、クッと曲線を描いた。

 それに目を見開いている時間が、彼にとって命取りになった。

 気付いた時、もう空に飛空艇はなかった。

 代わりに、彼の右手。

 ドドドドド

 さらされた横っ腹は、格好の的になった。

 崩れ行く機体の上を掻っ切るように横切ると、ジンは飛と秀一を見た。

 飛は上手いが、荒い。時折、その気性ゆえに周囲が見えなくなる事がある。

 それを秀一が補う。秀一は飛ほど戦闘飛行にけていない。一人で敵と渡り合っていくにはまだ甘い。

 が、援護に回せば別だ。327飛空隊の誰よりも、いい動きをする。

(聖は)

 視線を滑らせ、もう一人の姿を探そうとした時。

「―――」

 ジンはそれを途中で止め、操縦桿を右に切った。

 ガガガガガ

 ジンはバックミラーに目を向けた。

 灰色の飛空艇。それは何一つ、他と変わらない。

 だが。

「少し骨のある奴が出てきたか」

 ジンは口元を傾け、しかしすぐにそれを引っ込めた。

 機体を右下に、斜めに落とす。

 落下感は、むしろ、心地がいい。

 海スレスレまで落として、そこからフワリと宙に上がる。後ろの機体が放った弾が、飛沫しぶきを上げて海に突き刺さる。

 そのままひねり込んで、自分を追って上がってきた機体の後ろを取ろうとする。

 が、それを悟った機体は、巧みにそれを避ける。

「ほう」

 後ろが取れない。

 ジンは一旦間合いを外すと、偶然眼中に入った別の灰色を撃墜した。

 そしてそれが上げる爆炎の煙の中にもぐりこむ。

 ゴーグルの視界が、黒くかすむ。

 煙から抜ける瞬間、ジンの脳裏に、ある一場面が浮かんだ。

 それを風の彼方に捨て去ろうとアクセルを踏み込んだが、浮かんだ情景は消えなかった。

 そして出たそこに、その灰色の機体と正面、ガチ合った。

 お互いが、射撃ボタンにかけた指に力を込めようとして。

 お互いが、それを、瞬間、止めた。

 その機体が、空に交差する。

 背中を向けた2つの機体。遠ざかるその音を耳の端に聞きながら。ジンは、両の眼を一杯に見開いていた。

(まさか)

 今すぐ立ち上がって、その背を振り返りたい。

 だができなかった。

 そしてその瞬間、今まで完璧だったジンの飛行に、ほころびができた。

 彼を取り巻く別の灰色が、ジンに向かって撃とうとした。

 ジンがそれに気づいた時、だがその銃口は、結局火を吹かなかった。

 ダダダダダ

 横合いからの別の射撃が、それに向かって飛んできたのだ。

 ジンはその出所を振り返った。

 秀一だった。

 ジンは片手を上げて礼を言った。

「神は」

 操縦桿を立て直しながら、ジンはふっと笑みをこぼした。

「結局俺を、逃がしてくれはしないという事か」

 その笑みを皮肉に変えようとして、止めた。

 ジンの胸に、また、あのシーンが過ぎった。

 それを、ゆっくりと再び、心の向こうに閉じ込めようとしたその時だった。




 ドカン

 どこか聞きなれた爆音が、辺りに鳴り響いた。

 誰かがまた、誰かを墜としたのか。誰もが単純にそう思い、淡々と、再び空を翔けようとした。だが。

 ドカン

 また一つ、爆音が鳴った。

 ドカン

 もう一つ。

 立て続けに鳴り響くそれに、炭色の飛空艇のパイロットが顔を上げた瞬間。

 ドカン

 その飛空艇は、突然木っ端微塵に爆発した。

 一体何が―――それを見ていた、そばにいた機体も。

 ドカン

 ドカン

 ドカン

 爆発した。




「なッ……!?」

 飛は言葉を詰まらせ、目を見開いた。

 自分は何もしていない。どこからも、銃弾は飛んでいない。

 なのに。たった今、撃とうとした相手が。突然閃光を上げた。

 それに驚いている間もなく、取り巻いていた敵の機体が次から次へと爆破していく。

「何で……!?」

 飛の補佐をしていた秀一も、わけがわからないというように操縦桿を握る手を止めていた。

 その隙に、敵の一機が彼に向かって飛んできた。秀一は(しまった!)とそれを振り返って。途端。

 ドカン

 彼の目の前で突然それが、光と炎を吹いたのだ。

 その爆風に舵を取られそうになりながら、秀一の頭の中は真っ白になっていた。

 今の光景を、どこかで見たと思った。

 ―――出撃前。

 総監室の前で見た爆破の映像。それを今、現実として、彼は自分の目で見たのである。




「副長、これは一体」

 顔は無線に近づけながらも、瑛己の視線は、炎を上げて墜ちていく飛空艇だったものに釘付けになっていた。

 一体今、この空で何が起こっているというのか。

 突然のエンジン不調。そして現れた、謎の艇団。

 それが今、突如、次から次へと墜ちて行く。

 その翼を木っ端に砕かれ。

 一体何が……? この空は一体……。

 瑛己が戸惑う間にも、また、どこかで爆発が起こった。その生暖かい風が頬を撫で、瑛己はせめて、巻き込まれないようにと上昇する。

 高度を上げて下を望めば、立て続いた爆発に、空は灰色に煙っていた。

 敵の数はもう残り少ない……そう言っている間にも、また一つ、爆発が起こる。

 飛と秀一も、呆気に取られたように飛行している。

 副長は……? 返事のない彼の姿を探している時。

「―――」

 瑛己の視界に、一機の機体が飛び込んできた。

 それは、灰色ではなく。

 黒。

 それがまっすぐ飛ぶ先にあるのは。最後に残った灰色の機体と、蒼。

 その間を裂くように飛ぶと、黒い機体は蒼い機体の背後に迫った。

 ―――だが結局。黒い機体は蒼い機体に一発も撃つ事なく、その背中を反転した。

 そのまま西に向かって走り出す黒い機体。それに従うように、最後の灰色の機体も去って行った。

 残された蒼い機体は、その背を見送るように飛んでいた。

 それが瑛己の目には、なぜか、淋しげに見えた。

 そして間もなく。彼らが消えて行った西の海から炎が立ち上った。

 4人が駆けつけた時、そこには、炎を上げる船が一隻、海に沈んで行く所だった。


  ◇ ◇ ◇


 数時間後。

 『湊』空軍基地・第8会議室に、327飛空隊のメンバー7名が顔をそろえていた。

 あの後。瑛己達は、磐木達からの無線を受け、無事の再会を果たした。

 そして『湊』へ連絡を入れ、『音羽』基地からの船により。飛空艇を大破した3人はそれで基地へ戻る事ができた。

 磐木、小暮、新の顔を見た白河は感慨深げに頷いた。そしてジン、瑛己、飛、秀一の4人に向かっても同じように笑顔を見せた。

 特に瑛己に対して。白河は何かを言いかけて、結局笑顔で彼の肩を叩いた。

 それから。全員の事を考え、「報告は明日でいい」と白河は言ったが。

「早急の報告があります」

 磐木の険しい顔つきと、無事にも関らず327飛空隊の全員の顔が浮かない事に気付き、夜の集合をかけたのである。

 磐木はまず白河に、当初の目的である巡視船の捜査がこんな形になった事を詫びた。それに白河は優しく微笑んで言った。

「さっき『音羽』基地から連絡があった。〝零地区〟の近海で見つかったらしい……船は全壊。搭乗員は今の所6名が行方不明だが……君達に、ありがとうと伝えてくれとの事だ」

 白河の知らせに、全員が顔を見合わせた。

「それは……」

 言葉を詰まらせた秀一に、白河は神妙に頷いた。

「まだはっきりとはしないが、何かに撃墜された跡があるそうだ。恐らく、君たちが会ったという灰色の飛空艇か……」

 ジンは何も言わずに、窓辺で煙草を点けた。

「その事ですが」

 小暮が燐とした声音で彼を向いた。「総監に報告しなければならない事があります」

 白河は色の薄い目を一度瞬きした。小暮は新と顔を合わせ、そして磐木と無言で言葉を交わした。

「昨日の早朝、隊長、元義、私は基地を経ち〝零地区〟へと向かいました。行程は順調に、数時間後、我々は〝零地区〟に到着しました。天候も風も、いたって問題はなかった。

 ですが、突然機体が操作不能に陥りました。3機同時に、〝零〟に入った途端です。

 後で副長達に聞いた所、彼らも同じように〝零〟に入ってすぐ同じような不調を覚えたそうです。我々ほどヒドイものではなかったようですが。

 そして間もなく、例の灰色の機体が現れました。我々は機体の状態から危機を感じ反転しましたが、結局無人島に不時着を余儀なくされました」

「うむ」

 全員が、小暮と白河を見ていた。

 この時327飛空隊、7名の心には同じ事が浮かんでいた。

「そこで一晩を過し、そして副長達がきた……。副長達は灰色の艇団と空戦に入り、自分達にもその音は聞こえてきました。

 そしてそんな時でした。

 半壊した飛空艇の無線から、音が聞こえてきました」

 瑛己はチラリとジンを見た。なぜだかその瞬間、彼は副長の横顔が気になったのである。

 目を伏せて煙草を吸う彼の表情から、感情までは伺えない。

 だが……瑛己はその横顔に、よくわからないものを感じた。

 それは、彼には到底知りようもない……深い、深い、何か……。

「それは、暗号のようでした。内容までは、解読できませんでしたが……あの配列には覚えがありました」

 小暮はもう一度磐木を見て、そしてスッと息を飲み込んだ。

 そして。

「『黒国』軍部が使う暗号文。それに、酷似していました」


  ◇ ◇ ◇


 この空は、自分は、一体どこに続いているんだろう?

 そして父はその果てに、一体何を見たのだろう?

(どうか)

 それが穏やかな世界であるように。安らかな場景であるように。

(その空が、優しい空であったなら)

 そしたら自分の心も、少しは、優しくなれるかもしれないのに……。

 神様に、誓いもせずに、願い続けている。



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