『another ones』
……そして最後にもう1つ。
語られなかった話をしよう。
「ジンが亡命しただと!!? どういう事だ!!!」
『蒼』の大使館は、一人の男によってめちゃくちゃにされていた。
その一番上に君臨する男、山瀬 彰文である。
でっぷりとしてその巨漢が腕を振り回せば、それだけで本棚から本がはじけ、食器は割れて散らばり、書類は宙を舞い踊った。
「首相に直接言う!! 車を出せ!!」
大使館員は震え上がってその叫びを聞いていたが。
その男の登場で、さらに職員は身を凍らせる事となる。
「聞こえんか!!! 車を出せと言っておるだろうがっ!!!!!」
「その必要はない」
「――!!」
「お前は今日付けで解任だ」
そう言ったのは、
「はッ、はッ、橋爪ッ…………!!」
橋爪 誠軍部最高統括指令総司令長官。
眼光厳しく、その男が、山瀬の巨漢を見下ろしていた。
「な、なぜここに」
橋爪 誠。『蒼国』建国より最年少で軍部最高の地位にまで上り詰めたその男が、空軍時代に何と呼ばれていたか山瀬もよく知っていた。
すなわち、鬼神。
「お前の所業に関して内々に調査した結果、色々見逃せん事が出てきた。大使館の私的利用、経費、人材、人間関係の私物化。横領、『ビスタ』役員との黒い繋がり、それによる『蒼』人民地区の独占と私物化……人身売買もあるか」
喉の奥で橋爪は笑った。そして見下したように男を見た。「よくもまぁ、やりたい放題やってきたものだ」
「な、な、し、しかし、私があったからこそ、『ビスタ』との関係が円満に!! 私なくしては、『ビスタ』との国家関係は成り立ちませんぞ!!」
「五月蝿い。豚が」
山瀬は絶句した。
「『蒼』にはお前なんぞと比べられんほど、人材は揃っている。己が一番などと、滑稽」
「しかし!! 前司令長官は!!」
「もうその口閉じろ」
「――」
「……俺の前の奴がやってた事なんか言われても知らん」
「……ッ」
「それにな。前司令・飯田は死んだ」
「――!!」
そう言って橋爪はその眉間に銃口を叩き付けた。
「腐敗した体制。その結果生まれたお前のような豚連中は」
「……ぃ」
「俺が全員排除する」
そう言って橋爪は側近に山瀬の連行を支持した。
「軍法会議にかけてやる。ただで済むと思うな」
そうして、『ビスタチオ』における『蒼国』大使・山瀬 彰文の独裁は幕を下ろした。
「司令、」
「……先に行っていてくれ」
山瀬の『ビスタチオ』邸の家宅捜査。そこに橋爪も同席した。
横領などの証拠物件、また賢覧豪華な造りからしても、様々な悪事を働いた事は目に見えていた。
その中で、山瀬の側近を問い詰めてわかった事があった。
「俺が1人で行こう」
屋敷の地下に、閉じ込められている人物の事。
山瀬が娼館で買ったという女。
だが娼館を逃げ出したその女は、【ケルベロス】に身を寄せ。
賊長ジンと共に、この国を駆け抜けたのだと言う。
……そして、そのジンが捕まった際、彼を救出するためにこの屋敷を脱走し。
吹雪の中、ジンと共に逃走する際、彼をかばって銃を受け。
意識不明の重態に陥った。
その後私設の医療チームの必死の治療により、女の意識は戻ったが。
「……あなたは、だぁれ?」
部屋にやってきた橋爪を見、彼女はキョトンと目を丸くした。
――治療の際、怪我のためのとは別の様々な投薬により。
「私は『蒼国』司令長官・橋爪だ」
「ハシヅメ……?」
記憶を。
「お前が時島 恵か」
「……?」
彼女は首を傾げた。「だぁれ?」
心を。
失ったのだと。
――橋爪の脳裏に、1つの声が蘇る。
『恵だけは!!』
『俺はこのまま死刑でもいい!! だが恵は!!』
『時島 恵だけは、助けて――』
「お前の名前は、時島 恵だ」
「……?」
「恵。いいな。それがお前の名だ」
「……メグミ?」
「そうだ」
恵はかみ締めるように、何度も何度も自分の名を呟いた。「メグミ、メグミ……」
「来い」
そう言って橋爪は手を差し出した。
「どこへ?」
「『蒼』だ」
「……」
「おいで」
その声が、響きが。誰かに似ていたから。
それが誰か、恵は覚えていなかったけど。
懐かしくて。
涙が出たから。
だから、その手を取った。
5年前。
彗星のように現れた1人の飛空艇乗りがいる。
当時権勢を誇っていた【南十字】という空賊集団を1人で撃破。世にその名を轟かせた〝彼〟は。
そこから後に、〝絶対の飛空艇乗り〟と呼ばれるようになる。
恵がその人物に出会うのはそれから間もなくの事だった。
第4部 完<後編に続く>