表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/101

 『竜狩り士(Dragon_killer)』-3-

 ドドドドドド

 後ろからの銃撃を寸前でかわし、たかきはそのままクルクルと錐揉み気味に降下して避けた。

 一瞬、どっちが空でどっちが海だかわからないような感覚に捕われるが、すぐに我を取り戻し、すばやく左右を確認する。

 【海蛇】2機に追われながらも。飛は、辺りに気を配る事を忘れなかった。

 その理由の最大は、やはり、兵庫が言った言葉。

 セピアの飛空艇―――【竜狩り士】、山岡 篤の存在。

 瑛己と同じように飛も、ここに山岡の姿がない事にすぐ気付いた。

 見間違いだったのかとガックリしたが……。

 空を見渡し、飛は、他を確認もせずに操縦桿を手前に引いた。すると今まで彼がいた所を、銃弾が矢となって飛んで行った。

 飛は、絡みつく【蛇】など眼中にないかのように、空を見る。

「……変やな」

 ポツリと呟くと、飛は操縦桿を右に切った。

 山岡 篤の姿はどこにも見当たらない。レーダーを見ても赤い点が光るだけで、もちろん、光るキスマークなど存在しない。

 だが、飛は何度も何度も空を見回した。

 妙だ……飛はそう思った。どうもさっきから……胸騒ぎがする。

 もう一度、意味がないとわかっていても、レーダーを確認する。

 そして、勘だけで【海蛇】の攻撃を避けると、また、グルリと空を見る。

(この空には、意思がある)

 漠然と、飛は空に何かを感じた。

 何かが……息を潜めているような感覚がする。

 なぜや? 飛は自分自身に問い掛けた。これほど空は、雑把ざっぱに燃えとるっちゅーのに……。

 なぜか、空は、静かだと思った。

 その静けさが、飛の心に疑問を投げる。

「おかしい」

 俺と瑛己えいき、【蛇】、空(ku_u)以外の他の意思が、この空にはある。

 飛はついに無線のスイッチを押そうとした。

 空戦中は、味方の気をいだり、敵にジャックされる事を避けるため、極力の無線は控えるようにと言われてきたが。

 瑛己に言わなければならないと、飛は思った。

 瑛己は、何だかんだ言ってもまだ空戦経験は少ない。技量は認める。だが……。彼には経験によって得る〝勘〟というものが、まだあまりない。

 そして、飛の中の〝勘〟は、注意しろと告げている。

「瑛己ッ」

 飛は叫ぶようにして言った。

 返事がない。飛は苛々と、もう一回名前を呼んだ。

《―――何だ》

 すると、ノイズが混じっててもわかる、不機嫌そうな声が返ってきた。

「瑛己、変や。嫌な予感がする、気を」

 そこまで言って。飛はハッと口をつぐんだ。

《飛?》

 訝しげに、瑛己が問う。

 だが飛は一点を見つめ―――目を見開いた。

 そこへ、【蛇】の銃撃が唸る。

 一瞬の判断遅れから、飛の機体に弾が入る。

 ガツンガツンという衝撃に、飛は舌打ちをする暇もなく、上に逃げようとするが、舵が思うように動かない。

(しもた)

 何とか機体を大きく左に振って、最悪だけは避ける。

《ザザ……ッ、……かきッ……》

「電波、わるっ」

 まずいな……無線の無茶苦茶なノイズ音は、電波だけの問題ではない事くらい、飛にもわかった。

「瑛己ッッ!!」

 聴こえてくれ、届いてくれ。

「気をつけろッッ、山岡は―――ッッ!!!」

 再びの【蛇】の執拗な攻撃に、飛は大きく舌を打った。

「じゃかぁしぃわッッ!!! だーっとけッッ!!!!!」

 それに返事したのは、無線だった。

 ザ―――――――。

 プッツリと、その音しかしなくなった無線に、飛は唖然とした。

「お前が黙ってどないする……!」

 チクショ……! 飛は苦渋に顔を歪めると、空を見上げた。




「飛……、飛」

 何度問い掛けても飛は返事をしない。無線の向こうから聴こえるのは、ザーっという耳障りな音だけ。

 空を仰ぎ、飛を確認する。煙が出ている。

(撃たれている)

 舵がおかしいのが、遠目にもわかる……しかし鬱陶うっとうしく絡みつく【蛇】に食われまいと、懸命に飛んでいる。

 もちろん、瑛己とて、傍観している余裕などない。

 つい先ほど、どうにか手負いの1機は撃墜したものの、もう1機残っている。

 後ろをとられまいと走り、ひねりながら、相手の背中を狙う。

 【蛇】の姿を目で追いながら、だが、瑛己はふと先ほどの飛の言葉を思い出す。

 突然点いた、無線のランプ。聞こえてきた、飛の声。

 ―――嫌な予感がする。

 そしてその後、何か言ったような気がするが……瑛己には、雑音でよく聞き取れなかった。

 嫌な予感。瑛己は、ここに飛び込んだ時自分も同じ事を感じたのを思い出した。

「……」

 瑛己は空を見渡した。

 向こうでは、空(ku_u)が飛んでいる……周りを囲む飛空艇は、もう残りわずかだ。

 この空に【蛇】は、兵庫が見た時からすれば3分の1以下になっている。

 それは飛も見ているはずだ。それなのに、彼は嫌な予感がすると言った……。

 瑛己の胸にも再び、何か妙な感覚が湧き始めた。

「……」

 瑛己はもう一度、飛を見上げた。

 その時、不意に飛が妙な動きをした。

 彼の後ろには、2機の飛空艇……それを懸命にかわし、逃げ、追いながら。

 飛が撃った―――だがそれは、その2機とはまったく違う方向。

 空に向けて。

 ―――彼の上を行く、雲、目掛けて。

 瑛己は、眉をひそめた。

 残る一機の背中を追いながら、だが瑛己の目に、さっきの飛の姿がチラついた。

(なぜ?)

 確かに飛は無茶な飛行をする。それは実際よく知っている。

 だがあの〝空戦マニア〟が、目的もなく撃つだろうか? 何もない虚空目掛け撃つような事を―――。

 瑛己は空を仰いだ。

 蒼空、そして雲。ポカリと浮かんだそれが、向こうにある。

 瑛己は目を凝らした。

 その時、その雲間から太陽が顔を出した。

 キラリとこぼれた光に、瑛己は目を細めた。

 だが。その光が一瞬、さらに輝きを増した。

 まるで、何かに反射するかのように……そう思って、瑛己はハッと目を開いた。

「まさか」

 レーダーに、赤のランプは点在している。

 だが、その数までは数えなかった。

 1つ、その数が、食い違っている事など。そして残るその1つは、ずっとそこに。

 その雲の中にあったとは―――。

 瑛己は腰を浮かせた。

 雲の切れ間からこぼれた太陽と、その端に。確かに彼は、翼を見た。

 そしてそれは、間違いなく。

 セピア色だった。




「……そろそろかな」

 男は口の端を釣り上げると、サングラスを掛けなおした。

 その瞬間また1つ、レーダーの赤い点滅が消えた。

 男は、操縦桿をグイと押し倒した。

 途端、急降下を始める機体に、男はニヤリと笑った。そしてさらに一歩エンジンを踏み込むと、スロットルを跳ね上げた。




「―――!!」

 瑛己と飛、二人は共に、雲間から飛び出すセピア色の機体を目にした。

 飛は目を見開いた―――まるで、風のように猛然と落下する機体。それ自体が弾丸のように、空を縦に切り裂くその切っ先にあるのは、

「―――空(ku_u)!!!」

 真白き翼を持つ、一羽の鳥。

 飛は、息を飲んだ。

 ―――避けられない。

 このタイミングは……!! 飛は言葉を失い、ただそれを見つめた。

 もらった―――ッ! 山岡の声が聞こえたような気がした。

 だが、山岡の銃口が輝いた、次の瞬間。飛は、信じられない光景を目にする。

 銃弾が飛ぶ、空(ku_u)目掛けて、一路、まっすぐに。

 入った……そう思ったその瞬間。

 弾丸と、空(ku_u)の間に、風が吹いた。

 それは、青い風。

 まるで、空(ku_u)を庇うように……事実。守るように。

 その背をさらした、そこに、銃弾は降りそそいだ。

 ガンガンガンガン!!!

 『竜』の翼に。

 その身をさらした青い機体が。

 ―――聖 瑛己の機体は。小さく爆破すると共に、炎を上げて。

 安定を失った機体は、まっすぐ海へと、空を斜めに墜ちて行った。

「瑛己ッッ……!!!!!」

 飛は、声の限り、叫んだ。


  ◇ ◇ ◇


 その時の事、そしてその後の事を。後に瑛己は何度も聞かれるが、はっきりと覚えていなかった。

 ただ、すべてが夢中の事だった。

 山岡が、走っていた。

 目指す先に、空(ku_u)がいた。

 避けられない。そんな事を思う間もなく、瑛己はスロットルを全開にして翔け出していた。

 庇うとか。守るとか。借りがあるとか、何度も助けられたからとか。

 そんな事、考えもせず。浮かびもせず。

 ただまっすぐに、空(ku_u)を目指した。

 次の瞬間、目の前が真っ白になるような感覚を覚えた。

 激しく揺すぶられる機体に、瑛己は歯を食い縛り。操縦桿を動かしてもいないのに急速に生まれた落下感に、彼は目を閉じた。

 ああ、墜ちる。

 思ったのは、それだけだった。

 それから。気付いた時には、瑛己の体は勝手に操縦席から飛び出していた。

 パラシュートを背負って。

 見果てぬ空へと。

 カッターシャツが風にあおられ、髪が吹き飛ばされる。

 パラシュートが開き、グワンと体が引っ張られ。

 次に目を開けた時。

 目の前に、セピアの飛空艇が迫っていた。

 撃つのか? 瑛己はじっと【竜狩り士】を見た。

 途端、別の所から銃弾が、山岡目掛けて降った。

 輝くほどに白く、痛いほどに白く、泣きたくなるくらい白い、飛空艇。

 瑛己はもう一度目を閉じた。

 その瞬間、空(ku_u)に狙われながらもセピアの飛空艇が放った弾が、パラシュートをかすめ切り裂いた。




 目を閉じた、その身に。色々な感覚が通り過ぎていった。

 風、

 落下感、

 気分が悪い。

 風、

 吹き抜ける、

 飛んでる……?

 翼。

 白。

 心地のいい、

 風。

 背中に、

 翼が、

 はえたみたいに……。




 ……気付いたのは、波の音。

 緩く柔らかな海の声。

 瑛己はゆっくりと目を開けた。

 ここは、天国だろうか?

 苦笑した。

(それも悪くない)

 目の前には、真っ青の空が広がっている。

 雲一つない蒼空のブルー

 瑛己はふっと、歌を口ずさんだ。

 気に入りの曲。

 父が好きだったという、そのメロディを。

(父さん……)

 空があまりに青くて、眩しくて。その瞳をそっと閉じようとした時。

 瑛己は初めて、そのにおいに気付いた。

 天国には不似合いな、何かが燃える……焦げ臭いにおい。

 彼は目を開けると、ゆっくりと体を起した。

 海岸に広がる砂が、サラリと瑛己の体を流れた。

 そして瑛己は言葉を失った。

 そこに、白い飛空艇が横たわっていた。

 だがその姿はどう見ても、まともな着陸をした体ではない。

 片翼にパラシュートを巻きつけ、もう片方はゴキリと地面に垂直に折れている。砕けたプロペラ、ひしゃげた頭部。胴体からは、黒い煙がこぼれるように立ち上がり、尾翼は不自然に宙に浮いている。。

 パイロットは……? 瑛己はハッと顔を歪め、駆け出した。

 体の節々が痛む。だが構わず、瑛己は機体にしがみついた。

 そして、操縦席を覗き込む。

「―――!」

 飛行服に身を包んだ乗り手が1人、そこに掛けていた。

「おい! 大丈夫かッ―――!」

 声を掛けるが、反応はない。項垂れた首がグラリと揺れる。気を失っているようだ。

 このままにしてはいけない。機体がいつ爆破するとも限らない―――瑛己は痛む体で、パイロットを操縦席から引き出そうと試みた。

「クッ……」

 幸い、大きな怪我はないようだ……思ったより小柄な体を抱え機体から離れると、瑛己は一息吐いた。

 そして改め、その乗り手を見た。

「……」

(これが、あの、空(ku_u)の乗り手……)

 心臓が、ドキリと跳ねる。

 自分の手に、別の意識でも生まれたかのように。その手は、無意識に〝彼〟のゴーグルへと伸びていた。

 胸の鼓動が鳴り止まない。

 ゆっくりとゴーグルを外す……。

 そして、日の下にさらされたその顔を見て、瑛己は言葉を失った。

「……まさか……!」

 その時、意識を取り戻すように、その瞼が深く揺れ動いた。

 瑛己は魅入られたかのようにじっと、その顔を見た。

 そしてその瞳が開かれようとした……だが次の瞬間。

 頭に走った強烈な痛みと共に、彼の意識は暗転した。


  ◇ ◇ ◇


 数分後。

 瑛己は、彼を追って駆けつけた兵庫によって助けられた。

 だがそこに、白い機体はなかった。

 そしてもちろん、空(ku_u)と呼ばれる飛空艇乗りも。跡形もなく、消え失せていた。

 だが、瑛己の心に焼きついたものは、決して、消える事なかった。

 白い飛空艇、そして。

 ―――それに乗った、少女の姿は。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ