8 女神の眷属の番の義務
翌日、目が覚めマリエッタを待つと、彼女は悩ましい表情で花束を持って部屋に入ってきた。
「マリエッタ?一体どうしたの?」
「じつは・・・・王太子殿下がいらっしゃったのですが・・」
「??・・・・何か言われたの?」
「その・・廊下で会えるまで待つとおっしゃって、跪いていらっしゃいます・・・・」
「跪く?クロードが?!なんでそのようなことを・・そんなことしている時間などないでしょうに・・」
王立公園での出来事からすでに二週間近くが経過していた。
なぜ今部屋の前に跪いてまで会おうと強引な手段を取ったのだろう。
「――恐らく後宮解散取り消しの件で、お話があるのではないかと・・最近はその話で宮中は大騒ぎですから・・」
「・・・・私の許可が必要・・と言う事ね・・」
納得できた。
昨日週次王国会議で議題として後宮の件が挙げられたのはマリエッタから聞いて知っていた。
テレジアが王国民へのお披露目をボイコットしたことが原因で、後宮は残すべきだと大臣たちが話題に上げたのだろう。
しかも、聞いた話では国王陛下まで後宮の存続を否定的ではないらしい。
――私さえ・・一人納得すれば済む問題なのだと言いたいのかしら・・・・
テレジアは王国民であり、国王が『後宮存続を容認しろ』と命令するのなら、当然従わなけらばならない。
しかし、目を覚ましてからまだ三週間程であるというのに目まぐるしい状況の変化についていくだけでもテレジアは一杯いっぱいで精神的にも辛い状況だ。
不治の病が感知したとは言っても、眠る前の数か月体が蝕まれていたので体力も殆どない。
気力も体力もない今のテレジアにとって、『女神の眷属であるクロードの唯一の伴侶として彼を支える』という生きる目標を奪われることは、生きる意味を失くすと同義。
理屈で『はい、わかりました』と納得できるようなことではない。
昨日マックスにも話してしまったことは全てテレジアの本心。
それは国王に命令されようと、クロードから頼まれようと変わらない。
――私は・・・どう伝えるべきなのかしら・・
しばらく一人考え込んででいると、気づけば夕刻時に近づいていた。
三十分程検討してから、会うか会わないか決めようと思っていたのに、すでに半日時間が経過している。
――・・・・考え込んでいたらこんな時間に・・流石にこんな時間じゃクロードはもういないかしら・・
「マリエッタ、クロードは・・流石にもういないわよね?」
「え?・・・・・・いらっしゃいますよ?」
「なんですって?!今何時だと!!一体何を考えているの?!」
「――それはテレジア様も同じですよ!!
昼食も召し上がらずずっと思い悩まれていたではありませんか」
「私は・・・食欲がなかったから・・」
「お食事は体調管理の基本です!!」
ぼそぼそと言い訳を言うテレジアにマリエッタは容赦ない。
クロードを心配している場合ではないとマリエッタは悲痛の面持ちで告げる。
マリエッタに叱られながらも、半日以上もクロードが部屋の前で跪いているということが申し訳なくて気が気ではなかった。
「――クロードに会うわ!」
意を決して立ち上がると、ふらふらする身体に鞭打ってテレジアはクロードの下へ歩みを進めた。
「――クロード!!なぜこんなことを!!」
マリエッタの言った通り、本当に彼はテレジアの部屋の扉の外で跪て待っていた。
廊下を通る使用人たちはクロードの跪く姿に驚愕し、側近であるソルクスも困り果てた様子で頭を抱えている。
――こんな所で長時間も跪くなんて信じられないっ!!
「――レア!!やっと会えた!!・・私の事はいいんだ、レアも食事をとっていないそうじゃないか。大丈夫なのか?
私のせいで・・・・すまない」
クロードもマリエッタからテレジアの話を聞いたのだろう。
悲しげな眼差しを向けて謝罪する姿はテレジアには見ていられなかった。
「ひとまず部屋にお入りください。そこで用件をお聞きしますから。」
テレジアはクロードを立ち上がらせて、自室に招き入れた。
「・・・それで・・一体急にどうされたのですか」
とりあえずマリエッタに紅茶の支度だけ頼むと2人きりにしてもらった。
「――まずはずっと謝りたかったんだ。
私の不甲斐なさでレアを蔑ろにするようなことを王立公園でしてしまい本当に申し訳なかった。
どうにかすると前もって言っていたにも拘わらず、対処できなくてレアに会わせる顔もなかった・・」
「事情は聞いておりましたから、致し方なかったことは理解しております」
「・・・・その・・後宮の事なのだが・・」
「解散取り消しの件でお話があったのでしょう?」
「――!!・・ご・誤解しないでくれ!!
私は後宮の解散取り消しは絶対に許可するつもりはない!!」
「・・ですが国王陛下は解散取り消しを了承なさったのでは?」
「私たちの結婚は二人の意思の上に成り立っている。
レアが拒むのに解散を取り消しになどしない!!」
「それでは王国民が納得しないと思いますが?」
「女神の眷属は何よりも番に選ばれたものを生涯大切にしなければならない義務がある。
それを果たさない場合、与えられた力が失われる可能性もある。
だから、王国民が側妃候補を今私の妻として認識していようと関係ない。レアだけが私の妻なんだよ」
――義務?・・・そうよね・・クロードにとっては・・
「・・・・そうですか」
弁明するクロードの言葉に更に心が冷えていく。
「お聞かせください、私がもし側妃を許可したらクロードはどうしますか?」
「私はレアがいればそれでいい。だが、側妃がいることでレアのプレッシャーが減るのなら――」
「私の事はいいのです。クロードは私の気持ちを抜きにして、他の私以外の令嬢を愛してもかまわないと思っていますか?」
「それは無理だ!!レア以外に触れたいなどとは微塵も思わない!!それは絶対だよ!あくまで側妃には協力を仰ぐだけだ!」
――協力・・ね・・
「それなら側妃をお迎えになるのは好きになさってください。」
「――側妃を容認するというのか?!」
「いいえ、私は認めるわけではございません。ですが、クロードのしたいようにしてください。
私は貴方の振る舞いを見て判断致しますわ」
テレジアにはクロードが王太子である以上、自分だけの気持ちだけで物事が判断できないのは理解できていた。だからこそ、彼の考えをふるまいを見て判断したい。
本当にテレジアだけを愛しているのであれば、側妃がいようともないがしろにするようなことはしないだろう。しかし、もしテレジアがいるにも拘らずすぐに他の妃にうつつを抜かすなら・・その時は・・。
「では・・私の事を許してくれたのか?」
「それは・・私に時間をくださいませ。
目覚めて日もそんなに経っていないにも拘わらず、私はクロードと他の令嬢が祝福されている姿を見せつけられたのです。何の覚悟もできていない時に・・です。
まだ目覚めてからの状況に馴染めたわけでもないことをどうかご理解ください・・しばらくは放っておいていただきたいのです」
心が覚めているからか、全く声音に暖かみがない。まるで他人に話すようなテレジアの口調であっても、クロードは責める事はなかった。
「そうだね、・・すまない。私が急ぎ過ぎたようだ。
・・・・だが・・たまにでいいから・・少しでも良いから、レアと一緒に話をしをしたい」
「・・・・可能な時はマリエッタ経由でお伝えいたします」
「ありがとう、・・待っている・・」
すでに窓の外はうす暗くなり始め、クロードはほぼ一日仕事を休んだことになるのだろう。
「流石にお仕事が滞ってしまっているのでは?」
「~~~~~~・・」
クロードの返事がないあたり、突発的にきたのだろう。
執務室でクロードを待っているであろう文官たちが可哀そうに思えた。
「早くお仕事に戻って差し上げて下さい」
テレジアは気持ちを振り絞って笑顔を作り、強引にクロードを見送ったのだった。
「奥様、クロード殿下から急ぎのお手紙が届きました。今ご覧になりますか?」
マリエッタが気まずげに一通の手紙を差し出した。
あれからさらに一週間近くが過ぎ、まだテレジアの心は落ち着くこともなくクロードと話す気持ちにはなれていない。
『女神の眷属の番』だから目覚めさせられたテレジア。
『女神の眷属の番』だから側妃を認めざるおえないテレジア。
『女神の眷属の番』だから子作りしなければならないテレジア。
以前のテレジアは『女神の眷属の番』であることに誇りを持っていた。
しかし、決定的に違うのだ。
十二年も経て目覚めて日も浅いうちに、政略結婚と何ら変わりない状況。更には第二夫人まで許容しなければならないかもしれない。
これが『義務』と受け入れられたならテレジアも苦痛は感じなかった。
しかし、テレジアは『女神の眷属の番』とは『唯一の伴侶』であることを同義として信じて生きてきたのだ。裏切られたような気持がずっと心に纏わりついて離れない。
それでもいつまでもクロードを避け続けるわけにもいかない。
封を開けて読むと、それは次の『女神の眷属の番のお披露目会』の連絡であった。




