7 『王太子の後宮』解散取り消し要求
王立公園デートからすでに四日がたった。
毎日クロード贈られる花束。
コスモス・・キキョウ・・赤いバラ・・勿忘草・・
全て愛しているという意味の籠った花ばかり。
しかし、テレジアは今も面会拒否を通している。
「テレジア様、本日も殿下には面会をご遠慮いただきました」
「マリエッタありがとう、迷惑をかけてごめんなさいね・・」
「とんでもございません!悪いのは殿下ですから、ゆっくり休んでください!!」
王立公園へクロードと出かけた日、セレーナはクロードをわざわざ追って公園に来たらしい。
そこで偶然マックスに会いエスコートされたようだ。
その後、テレジアはマックスと行動を共にした。
セレーネはクロードを連れて温室ドームを長く鑑賞していたらしく、周りの王国民は常に祝福のムードで二人を『お似合いの夫婦だ』と讃えていた。
結局見ていられずテレジアはマックスに頼んで先に王宮へ戻ったのだ。
それからはクロードと話をしたい気分には到底なれなかった。
王国民にとってお披露目されている『クロードの妻』はセレーネ。
その現実は、テレジアが王国民にお披露目されても果たして覆せるのであろうか。
本当に後宮を解散させて、自分だけが唯一の伴侶と認められるのだろうか。
胸に詰まった想いをクロードに確認する勇気が持てず、会えばあの日の苦しい想いが最熱しそうで怖かった。
テレジアの心配は、現実となる。
「テレジア様・・・・先程・・噂を聞いたのですが・・」
「噂・・何の噂を聞いたの?」
マリエッタの躊躇いがちな言葉は、十分すぎる程自分にとって良くない噂なのだと理解できた。
「週次で行われる王国議会で、『王太子殿下の後宮解散』は取り消されるのではないか・・と・・」
――!!
「・・・・側室を迎えることを王家だけでなく王国民まで望んでいるのかしら・・」
やはり・・としか言いようがない。
王国民たちの二人を祝福している様を見ればわかる。
『なぜ後宮をなくしてセレーネたちを追い出さなくてはならないのか?』
きっと皆そう思うだろう。
――だとしても・・夫を分かち合うことは私にはできないわ・・
テレジアは自分が目覚めてから、一つだけ貫きたい想いがあった。
それは、生きるのであれば『唯一の伴侶』として、一人の夫を自分だけが愛し抜きたい。ということ。
そうでなければ潔く永遠の眠りに付くことさえ厭わないと覚悟している。
本当ならすぐに話をして白黒つけてしまいたい。
しかし、今はまだクロードと話が出来ていない。
テレジア自身が話す勇気が持てないからだ。
――もうほぼ答えは出ているというのに・・私は弱いわね・・
悲し気に微笑みながらも、マリエッタに「教えてくれてありがとう」と告げると、テレジアは再び部屋に引きこもった。
それから約一週間後・・女神の眷属の番のお披露目の日、テレジアは王国民の前には姿を現さなかったのだった。
***
「――私は後宮解散を取り消すつもりはない」
王宮の一室で週次で行われる王国議会には、国王、王太子、第一王子、宰相、他大臣たちが列席している。
国を代表する者たちが集まる場で、クロードは冷徹な声音で言い切る。
「王太子殿下、そういう訳にはまいりません、王国民に昨日お披露目できなかった王太子妃様は、このままではお世継ぎを作ることすら叶いません」
「私から王太子妃に、王国民の前に出て王太子妃であることを示すよう説得する。貴殿らが心配せずとも好い」
「恐れながら王太子殿下、王国民たちは、セレーネ様を妃として四年もの間認めていらっしゃいます。
王太子妃様のお披露目が上手く勧められていない状況なのです。ここは側室もお認めになり、王太子妃様と手を取り合い王太子殿下をお支えするべきかと存じます。」
大臣たちはそれぞれに側室容認を求めた。
「『女神の眷属の番』への無礼な振る舞いとわかって言っているのか?」
「王太子殿下・・なぜそのようなことをおっしゃられるのですか。これまで闘病されていた王太子妃様であれば、国の安寧を願うなら拒まれるはずがございません!」
「王太子妃は側室と夫を分け合うつもりはないと言っている。」
「なんと!!王太子妃様は国がどうなってもよいとお考えなのですか!!」
「――なんだと?まさかそのような脅し方を妃にするつもりではあるまいな!!」
大臣たちのざわめきに、クロードの憤りは高まるばかり。
「王太子よ、確かにテレジアは『唯一の伴侶』であり、そなたが唯一無二として大切にせねばならぬ者だ。しかし、番の役目は後継となる子を成すことが大前提だ。」
「わかっております」
「ならばしっかりと話をするべきではないのか。一週間以上話もできていないではないか」
「~~~~~・・・」
国王の言葉にクロードは口を引き結ぶ。
「待てるのは次の議会までだ!そこで話が出来ないのであれば、後宮解散は見送ることとする!」
「・・・承知いたしました・・」
厳しい言葉であっても、国王の言葉は正論でしかない。
クロードがテレジアと話が出来ないのは理由にはならない。
王国民の不安を煽るような真似を王太子であるクロードがすべきではない。
――わかっている・・わかっているが・・・どうしろというんだ!!
すべては王立公園への外出が発端だった。
なぜ『女神の眷属の番』としての披露目の後に行かなかったのか。
なぜセレーネに見張りを付けていなかったのか。
なぜマックスがわざわざ自分の所へあの女を連れてきたのか。
全て自分が不甲斐なかったのが原因だ。
救いはセレーネとテレジアが会う前に、テレジアが側室候補の存在を知って先にクロードと揉めていたことくらい。
あの話し合いがなければ、問答無用で今頃私は離婚を突き付けられていたはずだ。
――レア・・・すまない・・・・
連日テレジアの部屋の前まで行き『会いたい』と乞うが、マリエッタを通してことごとく拒否されている。
せめてもと、花束と手紙を贈っているがなんの返信もない。
むしろ何も言ってこないということは、すぐに結論を出そうと思っているわけではないのだろう。
離婚を突き付けられていないとしても、全く喜べない。
これまで毎日のように、十二年クリスタルの中で眠るテレジアの下へ足を運び、再び彼女に会う事だけを願い続けた。
なぜ大臣たちに側室候補の件を任せてしまったのだろうか。
セレーネはバルトン公爵家の人間だ。
この国で四家しかない公爵家の内の一つであり、現公爵であるセレーネの父親は、王国議会に参加する大臣の一人。
すでに多数の大臣たちの支持を得て、側妃を推奨する働きかけを積極的に行っている。
――もし私がもっと権力のない家の娘を側妃候補に選んでおけば、このような事態にはならなかったのに・・
悔やんでも悔やみきれないとはこのことだろう。
これまではそこまで追いかけてくるような振る舞いを見せなかったセレーネが、なぜテレジアとの外出に限って追いかけてきたのだろうか。
――こちらの動きを知られているのか?
「――なんであろうと・・絶対にレアは私の唯一の伴侶だ!!」
バルトンの動きを訝しみ、クロードは決意を新たにするのだった。
***
「二週間近く会えなかったけど、体調は大丈夫なの?」
「ありがとう、もう大丈夫よ」
「――とてもそうは思えないよ。
あの日の責任は私にもある。二人が一緒に出掛けていたのに邪魔してしまったのだから・・」
マックスは心からテレジアを心配しているように思えた。
王立公園への外出から十二日もたち、何度も送られてくるマックスの気遣う手紙には毎回『話がしたい』と記されていた。
クロード程心かき乱されたわけではなかったので、自室から少し離れた王宮の一室で会うことを決めたのだ。
「一応側室候補がいることは知っていたのよ。だけど、流石に目の当たりにしてしまったら食欲がなくなってしまったの・・情けない王太子妃よね・・
でも今は食べれるようになったからもう大丈夫よ」
心配かけまいと振舞うテレジアは、三日食事が喉を通らなかった。
それでもマリエッタが「消化に良いスープを少しでも飲んでほしい」と懇願した為、倒れる程にはならなかったが、頬がこけて目の下のくぼみが少し目立つ気がする。
――やっぱり心配かけてしまったわね・・
「クロードには・・会えているの?」
「いいえ・・会う勇気がないの・・彼とどう話したらいいかわからなくて・・」
「テレジア・・私は君の友人だよ。
我慢しないで・・いつだってそばにいるし、話だって聞くから。
・・・・それに私は――」
「――私・・側妃をもしクロードが受け入れるのであれば・・永遠の眠りに付きたいと思っているの」
「――は?!・・・・な・・何を突然言い出すんだい?!」
「突然ではないのよ・・私は眠りに付く前元々は死を覚悟していたの。
でも二人のおかげで私の命は繋がれて感謝しているの。
・・・・でもね・・私は『唯一の伴侶』という言葉に夢を抱いたの」
「――・・夢?」
「そう、夢よ。
第二夫人が許容されているこの王国で、『唯一の伴侶』を得た私は最高に幸せ者だったわ。
二人で共に王国の為に尽力し生きていく。それが私の夢だったの」
「・・・それじゃ・・テレジアはクロードが君の唯一の伴侶でなくなったら・・」
「・・・もう生きる意味はないわ」
「そんな・・そんなことを言わないで!!
ずっと・・ずっとテレジアと再会できることを希望に生きてきたんだ!!
君のいない世界なんて・・考えたくないんだよ・・」
向かい合って腰かけていたマックスは動揺し、すぐに立ち上がるとテレジアの前で跪く。
「マックス様?!
・・なぜそのような――」
「――私じゃダメなのか?!」
「え??」
「私が・・私が君の『唯一の伴侶』になる!!どんな誓いだって出来るよ
テレジアが生きて私の側にいてくれるなら、これ以上の幸せはないんだ!!」
「そのような事・・・本気でおっしゃってはいないですよね――」
「――本気だよ!!
ずっとずっとずっとテレジアが好きだった。
君と少しでも一緒にいたくて王宮にも通ったんだ!
君がクロードの妃だとわかっていても、密かに想い続けられるならそれでも良いと思っていた。
でも・・テレジアが不治の病になった時・・私も心に誓ったんだ。
全力で君を幸せにすると!!」
必死に懇願し縋るマックスは、初めて見る姿だった。
「――・・マックス様・・ずっと・・想って下さっていたのですか?
・・・・再び会えるかもわからなかったのに?」
「――私には君だけだ!!
だからクロードとも力を合わせて、テレジアの病を治す薬を作ったんだ!!
君がクロードと別れるなら止めないよ!ただ、その後チャンスがほしいんだ!!頼むから死ぬなんて言わないで!!」
「・・・もしクロードと別れても・・マックス様と一緒にいたいと思えるかはわかりませんよ?」
これまで友人としか見ていなかったマックスを、恋愛対象として見れるとはテレジアは到底思えなかった
「それでもいい!!生きてくれるなら・・友人のままでも構わない!
・・だからお願いだよ・・私の前から消えないで・・・・」
マックスの目からは涙が伝い、その想いが真実なのだと思えた。
十三歳の時に初めて出会ったマックス・ローウェルは、国王陛下の年の離れた弟君であり心許せる唯一の友人だ。
テレジアより三歳年上のマックスの背は、年上になったクロードより少し低いが高身長。
清潔感のある金色の短髪に、透き通るような碧眼、中性的な面差しは押さな頃から令嬢たちに人気があった。
もしかしたらクロードといるよりもマックスと一緒にいる時間の方が長かったかもしれない。
初めてあった時から、マックスはテレジアのやりたいことに耳を傾けてくれた。
読書をしたり、感想を伝えあったり、専門書を片手に薬草の人への影響について教えてくれたり・・
『唯一の伴侶』のいたテレジアにとって、マックスは恋愛対象にはなり得なかった。
それでも家族のように大切な気の許せる友人だったのだ。
そんなマックスが、今テレジアに『死なないで』と懇願している。
テレジアがずっと好きだったと告白までしてくれた。
テレジアはマックスを好きになれるかはわからない。
それでもきっと彼は構わないと言ってくれる。
大きなマックスの愛情に、テレジアは涙した。
まるで生きる意味をなくしかけ、テレジアのひび割れた心を塞ごうとするように、マックスの言葉はテレジアの胸に染み渡った。
「――ありがとう・・どんな結果になっても・・マックス様に何も告げずに死んだりはしないわ!
それだけは約束する」
テレジアは今出来るだけの誠意をもって、マックスへの返事を返したのだった。




