6 温室ドームでの邂逅
クロードのエスコートで王立公園の中を歩く。
庭園の中は、デートスポットと呼ばれるだけあって、平日でも人の往来は多い。
美しいバラが咲き乱れ、バラのアーチも恋人たちのムードを盛り上げるアクセントになっているようだ。。
二十分程美しい景色を楽しみながら温室ドームへ向かう道は、十分すぎる程テレジアの胸を高鳴らせる。
王宮の庭園程ではなくとも、平民も入ることもできる公園が、ここまで美しく整えられているとは思わなかったのだ。
しかし、想像以上に人で賑わっていた。
ドームへ到着するまでの道のりですら百人以上とすれ違っただろう。
通り過ぎる者たちは、二人の美しさに通り過ぎても振り返る程。
クロードは人慣れしているだけあって全く動じることはない。
しかし、人の目に晒されることが少なかったテレジアは、居心地が悪くて溜まらなかった。
「注目されるのは・・・・嫌だったか?」
「嫌・・ではないけれど、人前に出ることは滅多になかったから・・・ね」
「・・そういえばそうだね、それなら今日は貸し切りにしておけばよかったな。・・今からでも貸し切りに――」
突然とんでもないことを言い出すクロードに驚愕する。
「――そんなこと言わないで!私は外に出かけられただけでも嬉しいのだもの!」
必死に宥めるっテレジアが可愛くて、クロードの表情は緩んでしまう。
「わかったよ、それなら次から貸し切りにしよう。
さぁ、着いたよ」
ガラス張りの大きなドームは、馬車を降りてすぐに見ることができた。
しかし、今テレジアの目に映る温室ドームは想像よりずっと大きかった。
「素晴らしいわ!遠くからでも見ることが出来る程だったけれど、こんなに大きいドームなのね!」
「そうだよ、なんといっても様々な国から取り寄せた希少な薬草を集めているからね。
軽く数百種類以上あるはずだよ」
「そんなにあるの?!」
あまりの数の多さにテレジアは目を丸くして驚きを隠せない。
「九年は集めたからね。残りの三年は集めきった薬草で薬を作るのに時間は使ったけれど、集めきるまではひたすらずっと集めていたよ」
「それはとても楽しみですわ」
テレジアは顔を綻ばせる。
九年も薬草を探してくれていた事実がとても嬉しいし、その記録を自分の目で見ることが出来るのも楽しみで仕方ない。
話をしながら歩みを進めていた為、気づけば温室ドームの前まで到着していた。
中に入ると外よりもずっと温かく、温度調整がしっかりされていることがわかる。
ドームの中を令嬢が普通に歩いても一回りするのに軽く五分以上はかかる広さだ。
中は入り組んだ小道もあるので見ながら歩けば軽く三十分は経ってしまうだろう。
薬草ばかりで木は殆ど植えていない為、立体感のある土の盛り上がりで遠くからでも色々な薬草を見ることが出来る。
ガラス張りで外からでも中の様子は見えたが、温室の中には小さな川まで作られていた。
小さな水のせせらぎが耳を癒し、様々な緑の匂いが香る。
湿気が強いからか、花の甘い匂いも温室ドーム内に充満しているようにも感じた。
「素晴らしいわ!どの薬草も見たことのないものばかりです!」
瞳を輝かせながら植物を観察するテレジアは好奇心で心はふわふわ浮き立っていた。
「珍しい植物ばかりだから面白いだろう?気に入って貰えてよかったよ」
クロードは嬉しそうに慈愛の籠った眼差しでテレジアを見つめた。
温室ドームへ到着するまでは、クロードとの距離感に心が落ち着かなかったテレジア。
しかし、今は初めて見る植物に魅入られて、軽くクロードの存在が霞み始めていた。
「――でもなんか嫌だな・・」
ぼそりと呟くクロードの声は、他の客の声に紛れてよく聞こえない。
「え?・・今何か言った?」
「いいや、でも迷子になったら困るからちゃんと私の腕を掴んでて」
腰をグイっと引き寄せると、「さぁ、」と、手を差し出してくる。
突然距離を縮められてドキリと胸の鼓動が高鳴る。
体がぴったりと密着して歩きにくいのに、クロードは一人満足そうだ。
「く・クロード・・あの――」
少し距離を取りたくて言葉をかけようとすると、温室ドームの入り口からざわざわと賑やかな声が聴こえてきた。
「??・・な・・何かしら?」
驚いたどさくさに紛れて少しだけ離れると、騒がしい声が耳に届く。
「おいおい!今王太子殿下のお妃様が殿下と一緒に来ているらしいぜ?」
――??
突然聞こえた『王太子』という言葉。
テレジアは『気づかれた?!』と、慌ててきょろきょろと周りを見渡した。
しかし、誰もこちらを気にしていない。
――あれ?なんで注目浴びてないの?
疑問を感じ、クロードを見上げるが、彼も想定外だったようだ。
一見動揺など全くしていないようにも思えるが、よく見ると瞳が微かに揺れている。
――でもなんで私たちがここにいることが分かったんだろう?これって公式ではなかったはずよね?
戸惑う二人の前に、ぞろぞろと取り巻きのように王国民を引き連れながら、貴族らしき男女がこちらへ歩いてきた。
「――いらっしゃったわ!!クロード殿下!!」
わざとらしいほどに大きな声を出して近づいてきたのは、テレジアとは全く違うタイプの美女だった。
「――セレーネ嬢?!」
クロードの表情が強張る。
「こちらにいらっしゃると知って、お探ししたのですよ」
セレーネと呼ばれた令嬢は、テレジアの事など気にも留めず、優雅に微笑んでクロードの腕にそっと腕を絡ませた。
――え?!・・・・どういう事?!
セレーネの振る舞いに理解できずテレジアは愕然とする。
それに、先程までセレーネをエスコートしていたのはマックスだった。
「やあ、クロード殿下!丁度セレーネ嬢と庭園であったのだけど、ここに君が来ていると聞いたから連れてきてあげたんだよ」
微笑むマックスは、まるで悪気などなかったように優しく微笑む。
しかし、クロードの横に佇むテレジアを見つけた瞬間ぱぁあっと瞳を輝かせた。
「テレジア様もご一緒だったのですか!奇遇ですね!」
さも当たり前かのようにマックスはクロードとテレジアの間に入り、テレジアに近づいた。
「しばらくお会いできなかったが、テレジア様のこんな愛らしい姿を拝見できるなんて嬉しいな」
マックスはテレジアの手を掬い上げると手の甲へ唇を落とした。
「――マックス様?!」
突然の出来事にテレジアは困惑する。
マックスとは幼馴染のようなもので、気心の知れた友人でもある。
しかし、まさか大勢の人の居る前で手にキスされるなど思いもしなかった。
「マックス兄上!そのようなことは――」
「クロード様、王国の民が私たちを観ているのです、不安にさせてはいけませんわ。
対応願えますか?」
マックスに噛みつこうとしたクロードをセレーネは引き留める。
――妃?・・・セレーネという方が?
そういえば、マリエッタが側室候補の名前を教えてくれたきがする。
――そうだわ!思い出した!側室候補筆頭は、セレーネだったわ!
バルトン公爵家のご令嬢だったと思い出す。
セレーネは由緒あるバルトン公爵家の令嬢として蝶よ花よと育てられたらしい。
少し赤みのある美しい金髪はゆるやかなウェーブがかかり、真紅の瞳は綺麗なアーモンドアイ。
肌は陶器のようにきめ細やかで、唇は真っ赤なサクランボのようにプルンと美味しそう。
女性の理想ともいえるような胸から腰への曲線美は素晴らしく、ほっそりとした腰と存在感を示す豊満な胸元は、女性としての色香を存分に醸し出している。
――社交界での美しい令嬢の筆頭に上がるとマリエッタが言っていたわね・・
まさにその通りだとテレジア自身も思えた。
そして自分の取るべき行動もしっかり理解しているように見える。
まだ『唯一の伴侶』としてお披露目していないテレジアと、『番の変わりの妃』として王国民に知れ渡っているセレーネ。
今王国民の視線が集まるなかで、クロードの国民の支持を下げずに振舞うには横に立つのはセレーネが相応しいだろう。
「・・・・・マックス様!よろしければドーム内を案内していただけませんか?」
「私で良いなら喜んで案内させてもらうよ!ここは私とクロード殿下の二人で作ったようなところだからね!」
「まぁ、それは知りませんでしたわ!!
王太子殿下、お妃様、私どもはドーム内をもう少し見てまいりますので失礼いたしますわ」
悲壮感の漂う表情で見つめてくるクロードと、微笑みを絶やさずこちらを見つめるセレーネに挨拶をすると、マックスのエスコートでテレジアは温室ドームの中の鑑賞を再開させた。
――・・この場では私に出来る事は・・何もないわ・・
焦燥感を感じ、胸もずきずきと痛む。
それでも気丈に振舞い顔には出出さなかった。
先ほどまで見るもの全てが輝いて見えたはず。
今のテレジアの目には、色を失った風景画のようにしか見えなかった。
「――・・ごめんね・・私はてっきりクロードが一人で来ていると思ったんだ。
テレジアはまだ病み上がりだからこんなところに来るとは思わなかった・・」
『配慮が足りなくてごめん。』と、マックスに謝られても、自分がなんと返事したかもよく覚えていない。
今王国民に認められているクロードの妻は、自分ではない。
ただその現実を突きつけられて、闇の底に突き落とされて死にたくなるような気分に支配されそうだった。
どうやって王宮の自室に戻ってきたかも覚えていない。
我に返った時は寝衣に着替え、ベッドに入った後だった。
夕食を食べる気にもならない。
クロードに会う気持ちにもならない。
薄っすらとマリエッタに『誰も部屋に通さないように』と、告げた事だけ思い出す。
――もう・・疲れたわ・・
クロードの横に当たり前のように並び立つセレーナ。
セレーナを当たり前のようにクロードの下へ連れてきたマックス。
クロードとセレーネ二人をお似合いだと当たり前に讃える王国民たち。
ぽろぽろと涙が零れても、拭う余力さえ残っていない。
――このまま朝が来なければいいのに・・
ひたすら涙を流したテレジアは、いつの間にか泣きつかれて深い眠りへと落ちていた。




