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5 長すぎる十二年の歳月




 最後の確認をマリエッタが念入りにしている最中、クロードは部屋にやってきた。


 「――こちらはいつでも出発できるよ。レアはどうだい?」


 開いている扉をコンコンとノックして、慈愛の籠った眼差しでこちらを伺っている。


 「――クロード!」


 扉の前に佇むクロードは、黒のジュストコールを羽織っている。


 艶間のある白地のシャツにクラバット、黒のジレと濃灰色(のうかいしょく)のトラウザーズにポインテッドトウな黒革靴。

 

 頭には黒のハットを被り、手には銀の取っ手のステッキ。


 初めて見たクロードの装いは、完璧で麗しい貴族紳士であった。


 ――か・・・かっこいいっ!・・私の装い・・幼過ぎるのでは?


 「これは驚いた・・レアが愛らしいのはわかっていたが・・こんなに花の妖精のように美しかっただろうか・・」


 テレジアが呆けていると、想像以上の賛辞が降り注ぎ瞠目する。


 「・・クロードの方が素敵よ!・・もう可愛らしい男の子じゃなくて大人の男性なのね・・」


 しみじみと自分自身を納得させるようにテレジアは言う。


 「レアがそんな風に褒めてくれるなんて、男らしくなれる様に頑張った甲斐があったよ」


 クロードは余程嬉しかったのか、熱の籠った眼差しで満面の笑みを浮かべた。


 「まだ実感が沸かない部分もあるけれど、クロードの姿を見る度に過ぎた年月を感じずにはいられないわ・・むしろ私が釣り合わないんじゃない?」


 「まさか!レアはいつでも可愛らしくて美しくてどこにでも連れて歩きたい自慢の奥さんだよ」


 ――奥さんっ!!


 「~~~~~~!!」


 言葉の返しがテレジアよりもずっと早いクロードに、テレジアは全く歯が立たない。


 このまま部屋に居続けたら、動揺しすぎて出かけられなくなってしまいそうな気がした。。


 「お待たせしてしまったわね!もう大丈夫!行きましょう?」


 マリエッタは腰に手をあてて満足気にテレジアの姿を見つめている。


 二人が寄り添い出かける姿を、他の使用人たちも嬉しそうに見送った。




 「――ねぇ?・・なぜ隣に座っているの?」


 馬車までエスコートされて乗りこむと、さも当たり前のようにクロードは隣に腰かける。


 ――これまでは向かい合って座っていたのになんで??


 四人乗り馬車であっても、揺れる馬車の中では少しの揺れで体が触れ合ってしまう。


 二人で出かけた事すらほぼなかったのに、密室でこの距離間はどうしたらよいかテレジアはわからない。


 しかし、クロードはニコニコ微笑みながら嬉しそうにこちらを見つめてくるだけ。


 ――き・・きまずいわっ!!


 デートとはこういうものなのだろうか。


 全てが初めての事ばかりで、テレジアは戸惑ってばかり。


 「レア・・緊張してくれてるの?

 私たちはデートをする余裕すらなかったから・・すごく楽しみだったんだけど・・レアも楽しんでくれたら嬉しいな」


 「そ・・そうね!外へクロードとお出かけできて嬉しいわ!・・でも、慣れていないこんな私とでも楽しめる?」

 

 「勿論だよ!ずっとず――っと楽しみにしていたんだ。

 戸惑ってもちゃんと私がリードするから安心してよいよ。

 王立公園には何度も足を運んでいるから、私にとっては庭みたいなものだからね」


 「・・庭?・・何度も?・・・・誰と?」


 「――え?」


 ――しまったっ!!


 嫉妬を露にして戸惑うテレジア。


 スムーズにエスコートするクロードが慣れ過ぎていて、とても一人で王立公園に来ていたとは思えなかった。


 自分でも面倒くさいことを言った自覚があるからこそ泣きたくなる。


 テレジアが眠っている間にできた自分とクロードの間の見えない時間の壁は、明らかな経験値の違いを見せつけた。


 初心だったクロードが、ここまで女慣れしているのはテレジアには信じがたい現実でもある。


 「レアといた時は、他人と関わりたいと思わなかったから、確かに人慣れはしていなかったね。

 私はレアの時が止まっている間、色んな人たちに協力を仰いだんだ。

 そうしなきゃ薬を研究してくれる人も集められなかったし、国外から薬草も仕入れられなかったからね。

 おかげで今は誰とでも物おじせず話せるようになったよ。

 私は良かったと思っているんだ。皆に協力してもらえたおかげで、今こうしてレアが私の横にいてくれるんだから」


 「・・クロード・・」


 「大勢と交流を持つようにはなったけれど、私の唇も恋人としてのふれあいも、初めては全てとっておいたからね!

 デートだって他の女性とは一度だってしていないって断言できるよ。

 ・・でも少しでも良い所見せたいでしょ?

 何度も王立公園に足を運んだし、デートのイメージトレーニングもしてある。

 もし、レアが私が『慣れている』と思うなら、それは私のイメージトレーニングの成果ってことだよ!」


 頬をほんのり朱に染めながら、はははっと微笑むクロード。


 どこからどう見ても格好良い紳士なのに、テレジアの目には可愛らしい男性に映った。


 「ごめんなさい。

 私の知らない所でクロードがどれだけ色々なことを努力してきたのかも、経験を積んできたのかもわからなくて誤解してしまったわ・・

 どうしても・・不安になってしまうの。

 十二年という歳月は、あまりにも長すぎたわ。・・でも、喧嘩はしたくないし、仲違いもしたくないの

 沢山話をして向き合っていきたい。」


 「私もそう思うよ。

 わからないことに不安になるのは当然だと思う。

 レアが私に興味を持ってくれるのはうれしいよ。・・だから遠慮せず都度思ったことは聞いて?

 私も聞くから・・いいでしょ?」


 「うん、私もちゃんと確認するわ!」


 クロードが自分と同じ気持ちであったことが嬉しくて、顔が綻んでしまう。


 「ありがとう・・レアには、一つ一つ大人になった私を知って・・そして愛してほしい」


 不安を曝け出したテレジアの心は軽くなり、気持ちも緩んでいたのかもしれない。


 ――不安を素直に口にできてよかった・・


 安堵した時には、すでにテレジアはクロードの熱の籠った眼差しに囚われていた。


 いつの間にか腰に手を回され、体の距離まで近づいていた。


 ――あれ?!・・・・い・いつの間に??


 互いの身体はぴったりと寄り添い合い、目の前のクロードの瞳には自分の姿が写り込んでいるのがわかるほどに近い。


 急激に熱が顔に集中するような感覚。


 テレジアは動揺が隠せず、胸の鼓動がありえない程に大きな音をたてている。


 ――こ・・これは・・どうしたらよいの?!


 初めての状況にテレジアの頭の中は混乱しすぎて何も考えられない。


 ――も・・・もう無理っ!!


 ――カタンっ


 泣きそうになったテレジアは、馬車が停まった瞬間「つ・ついたわね!!」


 大きい声でムードをぶち壊し、「さ!早く降りましょう!!」と、クロードを急かしたのだった。



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