4 目覚める恋
「――レア!今日は外に出かけないか?」
和解してからあっという間に一週間程が過ぎていた。
テレジアの昼食中に仕事を終わらせたクロードが意気揚々と外出のお誘いにやってきた。
「どうしたのです?今日の執務は終わったのですか?」
『女神の眷属の番』が目覚めてからは、今まで滞っていた業務に戻るよう国王からも宰相からも言われているらしい。
だからこそクロードは今最も忙しいはずである。
なんの冗談かと思い、テレジアは表情を崩すこともなくじっと見つめた。
「レア・・そんなに熱い眼差しで見つめられたら私は我慢できなくなってしまうよ・・甘い時間は後で二人きりの時がいいな・・」
――はぁぁ・・
「・・・・突然いらっしゃって、一体何をおっしゃっているんですか・・」
ぱちんとウィンクをしながらはにかむクロード。
ここ最近は昔と態度が全く違う。
少し冗談めいた言い方をわざと言っているようにも思える。
あまりにも突拍子もないことを言い出すので、テレジアも呆れすぎて溜息が漏れてしまう。
もしかしたら疑われたことを払拭すべく、クロードは奮闘しているからなのかもしれない。
「ははは・・・・業務はちゃんときりの良い所まで終わらせてきたから大丈夫だよ!
レアが目覚めて一週間程したら、絶対に二人で出かけたいと思っていたんだ!いいだろう?」
豪快に歯を見せて笑うクロードの笑みは、年相応に大人びて見える。
テレジアは彼の表情に胸の鼓動が高鳴ることに見て見ぬふりをし続けている。
この一週間、テレジアの周りは様々な変化があった。
四年前からクロードを信用できなくなっていたマリエッタやテレジアの専属の使用人たちも、テレジアへの振る舞いを見て徐々に受け入れ始めている。
突然現れたテレジアに驚いた王宮の使用人たちも、徐々に慣れてきているように見える。
まだ一回しか会えていないが、マックスも半刻程の短い時間、見舞いという名目で色々な話を聞かせてくれた。
そして何より一番変わったのはクロードだ。
目覚めた当初は以前のように自分の事を『僕』と言っていたのに、今は公務以外でも『私』と言っている。
幼い口調もなくなり、大人びた落ち着いた男性の話し方にいつの間にか切り替わっていた。
テレジアはなぜかその変化に戸惑いが隠せない。
彼が熱の籠った眼差しで見つめてくる度に、頬が熱くなり胸の鼓動が早鐘を打つ。
昔からいつもテレジアを敬い憧れているようなクロード。
冗談なんて言った事などないクロード
姉に欲しい者を強請るような幼い口調だったクロード。
今では一歩先を歩き、引っ張ってくれるような大人の余裕を感じさせる。
気遣いながらもさりげなくリードし振舞うクロードの姿に、テレジアは心ときめかずにいられないのだ。
マックスといる時でもそんな動揺を感じたことは一度もなかった。
――・・私・・一体どうしちゃったのかしら・・
今はその甘く苦しい動揺がクロードに悟られないよう、テレジアは必死で冷静さを装い胡麻化している。
「業務が滞っていないのでしたら・・私も久しぶりに外に出かけてみたいわ」
目覚めてからずっと自室で過ごすことが殆どだった。
毎日侍医の診察を受け、調子が良い時は王宮の中を少し歩く程度。
図書室へ行ったり庭園の散策を楽しんだ。
『女神の眷属の後宮』の側室候補たちはまだ後宮にいるようだが、後宮は本宮よりもかなり離れている。
テレジアは正妻の為、本宮の夫婦の三部屋続きの部屋を使っている。
流石にまだ初夜を行っていない為、真ん中の夫婦の寝室は解放されてはいない。
テレジアの体調が完全に良くなれば、後宮が閉じられる時に夫婦の寝室も使うようになるだろう。
クロードが徹底してくれているのか、使用人たちが側室候補の噂をすることも一切ない。
だからこそ、後宮の側室候補たちとあう機会などあるはずもないのだ。
おかげでテレジアも気にすることなく、療養期間を過ごすことが出来ている。
最近では健康だった時と同じ生活が出来るようにまでに回復しているのだ。
折角健康になったのだから、王宮の外に出たいと思うのも当然。
気遣ってくれていたクロードの想いにテレジアの心はほんのり温かくなった。
「良かった!それなら今日は王立庭園に行かないか?
今はドーム状の温室もできて、様々な植物を見て楽しむことが出来るようになっているんだ!」
「温室ドーム・・ですか?!」
十二年前までは、温室というのは貴族でも高位遺族が権力の象徴のように持っているもののひとつであり、一般市民が見て楽しめるような場所ではなかった。
「そうだよ、実はレアの特効薬を作るにあたって、様々な植物を取り寄せた時に、折角だから全ての植物を残しておきたいと思ったんだ。
最初は王宮に温室ドームを作ろうかとも思ったのだけど、いつかレアが目覚めた時に、王国の民にも『女神の眷属の番』の為に王家が必死で特効薬を探すために奮闘した証を見せたいと思ってね。
敢えて王立公園に温室ドームを作ることにしたんだよ」
――私の為に奮闘してくれた証・・・・
番であるテレジアが公の場に姿を現さなくなってから、王国の民はまさかテレジアが病に臥せっているなど知る由もなかった。
もしそんなことが王国中に知れ渡ったら、パニックになったであろうことは想像も容易い。
しかし、番であるテレジアが元気になった時には、病であったことは公にしなければならない。
その時に、どれだけ王家が必死で番の命を救おうとしていたかという記録は、きっと民の王家への信頼へと繋がる。
先の事まで考えて動いていたクロードの眼差しが、テレジアにはとても眩しく見えた。
「それは是非私も見てみたいわ!」
「よし!それならすぐに手配しよう!
ゆっくりで構わないから、レアも出かける支度をしてくれるかい?」
「わかったわ!」
笑顔で了承すると、クロードは顔を綻ばせた。
クロードの微笑みは大人の男の色気を感じさせる。
色香にあてられて頬が熱くなるテレジア。
側近である騎士、ソルクスと共に食堂から去る彼の後ろ姿を、無意識に熱の籠った眼差しでテレジアは見つめていた。
「奥様!・・・目覚めて最初のデートが王立公園の温室ドームだなんて素敵ですね!」
「ふふ・・確かに楽しそうね!」
「楽しいだけじゃありませんよ?
王立公園の温室ドームは、今一番恋人のデートに選ばれる場所なんですから!!」
「そうなの?」
マリエッタは恋人の甘い逢瀬をテレジアとクロードに重ねて妄想し、高揚感に包まれているようだ。
「はい!きっと素晴らしいデートになるはずです!!お召し物もしっかり選ばせていただきますね!!」
マリエッタのあまりのテンションの高さに苦笑しつつも、今まで通りテレジアを美しく仕上げてくれた。
テーマは『お忍びデート』らしく、襟元はフリルたっぷりのレースをあしらった小花柄の可愛らしい膝下丈のワンピース。
レースもあしらったコルセットで腰回りを引き締めて、テレジアのささやかでも美しい胸元から腰までの曲線を演出。
幾重にも重なった薄生地のペチコートはふんわりとワンピースを盛り上げて、テレジアの愛らしさを際立たせた。
繊細なレースとリボンが可愛らしいボンネットを被り、髪の毛はゆるふわカール。
足元はローヒールのパンプスにもレースがあしらわれている。
全身が大人可愛いコーデに仕上がり、テレジアにしか表現できない妖精のような可憐さに仕上がった。
「・・・・私・・・こんなに可愛らしい格好でも大丈夫なのかしら?」
テレジアは不治の病を患う前は、公務や執務、王妃教育などに追われていた。
その為、クロードとデートというデートはしたことがない。
可愛らしい格好は、夜会での豪奢なイブニングドレスくらいで数回着た覚えしかない。
日中からこんな装いをして問題ないか不安で堪らなかった。
「奥様は一番デートを楽しめるはずの時期に病を患ってしまったのです。今から楽しまなければなりません!めいいっぱい楽しんできてください!!」
「マリエッタ・・ありがとう!」
王宮に上がった時から、一番傍で見守ってくれていたマリエッタだからこそ言い切れる言葉に、テレジアの心も熱く昂った。
涙が滲むのを堪えながら、精一杯の笑顔でテレジアは応えたのだった。




