3 空白の時間の裏切り?
十二年ぶりに目覚めたテレジアはマックスと会った後、久方ぶりの再会を大勢と果たすことができた。
国王や王妃、王国の大臣たちにクロードの側近たち。そしてテレジアの父、母や侍女のマリエッタ。
貴族の顔ぶれもだいぶ変わり、テレジアはまずは状況把握に努めた。
「みんな本当に変わってしまったのね・・
お元気だった国王陛下や王妃様も大分歳を召されたように感じたわ・・マリエッタもお姉さんと言うよりお母さまみたいだもの・・」
時間の流れを実感したテレジアは、本当に自分の時間だけが止まっていたのだと理解した。
「私もまさか奥様よりこんなに年が離れてしまうとは思いもよりませんでした・・
それでも・・それでもまたこうしてお会いできたのです。嬉しくてたまりませんわ!」
目覚めてから三日経ち、しみじみと話すテレジアに涙ながらに喜ぶマリエッタ。
当時テレジアより二歳年上だったとは思えない。
今では立派な淑女に見える。
「そうね・・もう一度会えただけでも喜ぶべきよね。
・・クロードとマックス様のおかげなのだわ・・」
「そうですね、クロード殿下とローウェル公爵様はあれほど牽制しあっていらっしゃったのに、奥様の治療薬を作る為だけに必死で協力しあっていらっしゃいましたから・・」
「牽制?・・協力??」
聞き間違いかとテレジアは思わず聞き返してしまう。
「あのお二人ですよ?・・奥様を大好きなお二人がいつも三人でいらっしゃる時は、奥様を挟んで牽制しあっていらっしゃったじゃないですか」
「・・・・そうだったかしら??」
テレジアは牽制しあっていたなど思いもしなかった。
「・・・・まさか気づいていらっしゃらなかったのですか?」
「ん――・・でもマックス様は友人でしょう?クロードの妻である私を想ってくれる感情とは全然違うと思うわよ?」
「奥様・・・・その勘違いはお止めください。
今のクロード殿下は奥様の為なら何でもしてしまいかねない程の愛を持っていらっしゃるはずです。
今までのようにローウェル公爵様にも接すれば、大変な事になりますよ!」
マリエッタは大げさな程に身振り手振りで状況を伝えるが、目覚めて数日のテレジアにはぴんとこない。
「・・・・そうなの?」
いまいちピンとこないテレジアはどうしても訝しんでしまう。
「そういえば、以前のクロードとは思えない程凛々しく成長したわね!」
「えぇ・・それはもう素晴らしいほどの成長ぶりでいらっしゃいます!
世のご令嬢方は、皆クロード殿下かローウェル公爵様しか見ていらっしゃいません!
社交界では注目の的ですから・・困ったものですが・・」
「そうなの?・・・・確かにあれだけ精悍な顔立ちに逞しい体つきだったら・・世のご令嬢が見惚れてしまうのも納得ね・・」
「・・奥様・・そんな悠長に言っている場合ではないのです・・
お二人が今社交界で人気なのには理由があるのですよ・・」
「――どういう事?」
苦々しい面持ちで意味深な言葉を告げるマリエッタ。
テレジアはきょとんとした眼差しで首を傾げた。
「か・・可愛らしい・・奥様はほんっとうに可愛らしいです!!
・・ですが、それどころではないのです!
世のご令嬢方が、ローウェル公爵様だけでなくクロード殿下まで注目しているのは、側室候補を募っているからなのですよ!!」
「側室??・・・・誰の?」
「クロード殿下の・・です」
――なんですって?!
目を覚ましたばかりのテレジアには理解しがたい話だった。
なぜならば、テレジアとクロードは運命の番なのだ。
『女神の眷属』の後継を絶やさない為、番を生涯幸せにするのが『女神の眷属の証』を持った王子の定めだ。
番がいるにも拘わらず、側室を迎えるというのはありえない。
――運命の番は・・・唯一の伴侶なのではなかったの??
テレジアはこれまでクロードの事を弟のように可愛がってきた。
確かに大人の男、夫としてはまだ見れていなかったかもしれない。
しかし、唯一の伴侶はクロードしかいないと信じて生きてきた。
一夫多妻が認められているからといっても、夫婦が必ず妻を多く娶らなくてはいけないわけではない。
このロックフェル王国では、一夫多妻は子供が持てない夫婦の為の救済処置のようなものなのだ。
王家は王位継承者を三名以上いた方が良いという考えから、側室を持つことを最初から認められている。
それでも『女神の眷属の証』を持つ王子は例外だ。
『女神の眷属の番』を守り大切にすることが、証を持つ王子の使命でもあるからである。
ただ、番が側室を認めた場合は側室を得ることも可能だが、テレジアは認めた覚えは一切ない。
「側室は・・もう決まっているの?」
「いえ・・候補の段階のようですが、四年前からすでに候補が三名決まり、後宮で過ごしています。」
――四年も前から?!
「後宮?!・・『女神の眷属の証』の側室として?!」
「・・・・はい・・」
とんでもない事実にテレジアは愕然とした。
言いようのない焦燥感と、毎日顔を見せに来るクロードが夫ではなく別の生き物のように思えた。
――私が病で時が止まっている間・・彼は側室候補を後宮に招いておいて・・平気で私に会いに来ていたのね?
やっと少しずつクロードへの想いを昔と照らし合わせていた心は、一気にガラスが砕け散る様に粉々になった気がした。
自分がどのように日中過ごしたのかも記憶がない。
食欲もなくなり、自室の窓際に置かれたお気に入りのロッキングチェアに腰かけ、窓の外をぼーと見つめて過ごした。
「――レア・・?」
クロードの声にはっと気づくと、すでに部屋の中は薄暗く、窓の外は日も暮れかけていた。
部屋の燭台にはいつの間にか火が灯っている。
「・・・・いつの間にこんなに薄暗く・・?」
「もしかして連日慣れない環境に疲れてしまったのではないですか?
夕食は食べられそうですか?」
「・・・・」
心配そう顔を覗き込むクロードをテレジアは冷めきった心でじっと見つめた。
「・・・・レア?」
「・・食欲がありません」
明らかな拒絶の言葉はひやりと冷たく、そしてテレジア自身が思っていた以上に重く感じた。
「何か・・あったのですか?」
「・・・・・何もなかったと思いますか?」
テレジアの異変に気付いたらしい。
気づかわしげに身体を労わるクロードの言葉が、テレジアの耳には軽々しく聞こえてしまう。
「今は一人になりたいです。食事も今夜は必要ありません」
「レア?・・・まさか僕が何かしてしまったのですか?
・・貴女に嫌われてしまったら僕は生きていけません!どうか・・理由を教えて下さ――」
「――白々しい言葉は結構です。
久しぶりに目覚めた私の事を、どうとでも出来ると思っているのでしょう?
・・他の女性と一緒になりたいのであれば好きになさってください。・・ですが、私は貴方と夜を過ごす気持にはもうなれません」
「な・・何を言い出すのですか?!・・僕もレア以外いりません!
他の女性とはなんですか!誰がそのような愚かなことをレアに吹き込んだのです!」
テレジアの寒々しいほどに凍りきった拒否の言葉に、クロードは顔面蒼白で怒りを露にした。
「何を怒っているのです?
番がいるというのに番に内緒で側室を持っっておいて、そのことを教えた者を罰しようというのですか?
・・とんでもない暴君ですね・・本当にあの私が大好きだったクロードとは思えませんわ」
テレジアの『側室』という言葉でやっと状況をクロードは理解した。
一瞬驚愕して固まったがすぐに立て直し、テレジアの目の前に跪く。
「レア、側室候補たちの事を言っているのですね?」
「――それ以外に何があるというのですか?」
クロードの問いにキッパリとテレジアは返す。
「本当はもっとレアが今の生活に慣れた後で話をするつもりだったので――」
「――そんな言い訳は結構です!
それに、後で言われようと今言われようと、私の気持ちは変わりませんわ」
「いや、レアは誤解しています!私はレア以外を娶るつもりは一切ないのです!」
「――信じられません!!」
クロードは必至で一途な想いを告げる。
しかし、どう考えても現状が一途な想いとはかけ離れていた。
「私はレアが眠る十二年の間、マックス兄上と必死で特効薬を作ることに専念しました。
それは事実です!・・・・その間、レア以外を想ったことなど一度もありません!」
「――なら何故側室候補がいるのです」
「それは・・・・王国民の不安を和らげる為です!!」
――王国の民?
「・・・・」
テレジアはクロードの話を黙って聞くことにした。
「レアが不治の病で公の場に出ることがなくなってから、僕一人が公務に出る事が当たり前になりました。
しばらくして、『女神の眷属の番』が消えた。と、噂が王国中に広まってしまったのです。
数年は沈黙を貫けました。
しかし、五年以上妃が姿を現さない状況は、国の安寧を危惧する声が多く上がってしまったのです・・」
「・・・・民が不安に・・」
悲痛な面持ちで告げるクロードの言葉は、テレジアでも想像ができた。
『女神の眷属』がいるということは、平和の象徴でもある。
しかし、その平和の象徴である王子が妻と共にいないというのは、世継ぎができないに直結した考えに繋がってしまう。
すぐにテレジアが目覚めるのであればそれはどうにでもできただろう。
しかし、不治の病の特効薬がすぐに出来るわけもなかった。
何年経っても目覚めない番を王国の民が安心して待てるだろうか。
否、待てるわけがない。
「・・・・それで、一時的に『側室候補』という形で、公務に同行する令嬢を立てたのです。
ですが、公務やどうしてもパートナーが必要な時以外共に過ごしてはおりません!
今はレアがいるのです!一月以内には後宮も解散できるはずです!」
――私の代わりの・・一時的なパートナー・・・・
クロードの言葉を聞いて、理屈ではそれが間違っていないとわかった。
それでも、戸惑う気持ちは隠せない。
しかし、王子妃が自分の病のせいで代理を立てなくてはならない状況になったことに対し、不貞を疑い怒り散らすというのは、おかしいということはテレジアも理解できた。
「・・・・それは・・きっと正しい判断だったのでしょうね。
十二年もの間、番がいない状況を補うための・・苦肉の策だったというのならば・・ですが」
「レア・・ごめんなさい。
本当ならば、貴女の変わりは他の誰にも務まるわけなどなかった。
でも、五年以上妻が不在という状況を民に不安を感じさせない方法があの時は見つからなかったのです。
――・・いや・・あの頃はレアの事しか頭になくて・・代理の妃の事などどうでも良いと思って、周りに任せてしまった僕がいけなかったんです・・」
苦し気に言葉を紡ぐクロードからは、深い後悔が感じられた。
「私はクロードを苦しめたいわけじゃないわ。
ただ・・私が目覚める必要なんてなかったように思えるわ・・」
「そ・・そんなの絶対・・絶対にダメです!!
レアがいなかったら僕は生きたいとは思えなかった!
幼い頃から・・僕にとってはレアだけが最愛の人であり唯一の人なのです!」
美しいクロードの瞳から涙が幾つも流れ落ちる。
その涙は、長い眠りにつく前に涙を溢れさせながら、必死にテレジアの回復を願ったクロードの姿そのものだった。
――・・意地悪を言いすぎてしまったのかしら・・
「クロード・・私が言いすぎたわ・・貴方の流してくれた涙を・・私は信じるわ・・」
跪いたまま、上目遣いでテレジアを見つめるクロードの涙をハンカチで優しく拭った。
「僕を・・見捨てないでくれますか?」
「・・・・そうね」
腰かけたまま、躊躇いがちにこくりと頷く。
テレジアの腰に縋りつき、クロードは静かに涙した。
大人の姿で振る舞いも王族然な姿になったクロードは、確かに十二年前の彼にほんのひとときではあったが戻っていたように思えた。




