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14 後悔と執着 クロード




 (――なぜこのようなことになってしまったのだろうか)



 わかりきった疑問が幾度となく頭の中で繰り返される。


 これはただの逃避。

 

 わかっているのにそれでも他の理由を探したいのだろうか。

 テレジアの時が止まってからの十二年。ただひたすらにテレジアを病を治すことだけに心血を注いでいた。



 それが間違いだったのだと気づきもせずに



 テレジアが目覚めてからは全てが上手くいくと信じて疑わなかった。



 とっくに策略にハマっていたことにも気づかずに





 クロードは王太子であり、『女神の眷属』であった。

 八歳で『女神の眷属の証』が発現し、自分の意志とは関係なく王太子に立太子した。証紋が発現したのと同時に番紋テレジアに発現し、二人の結婚が決まった。



 婚約してからの二年は、月に数回授業の合間に半刻程のお茶会を開き、クロードはテレジアと交流するようになった。弟のように可愛がってくれたテレジアに、クロードは貴重な時間めいいっぱい甘えた。


 元々第二王子として生まれたクロードは厳しい環境にはいなかった。

 好きな時に遊び、気が向いたら勉強する。本格的な勉強も、学園に入学する十三歳からでよいとされていた。第一王子である兄オルセンとも良好な関係を築いていた。


 それはテレジアと婚約してもかわることはなく、楽しい幼少期を過ごした。



 だが、十歳になってから状況は少しずつ変わり始める。

 結婚式が終わったことで、本格的に王太子としての教育が始まったのだ。

 帝王学だけでなく、一般教養や歴史、人心掌握の為の勉強、国内情勢から他国の情勢把握までありとあらゆる知識を詰め込まされた。自身の身を護る為の護身術を含めた剣術の授業も厳しく、身も心も疲弊していく。


 そんな生活の中で、唯一の癒しはテレジアとの時間だった。


 月に数回のお茶会だけは、どんなに甘えても許される。テレジアへの絶対的な信頼と、慕う心はすくすくと育っていた。しかし、お茶会に参加していたのはテレジアだけではなかった。



 マックスは最初弟のようにクロードに対しても接していた。しかし、いつからかマックスがテレジアに対して熱の籠った視線を向けていることにクロードは気付いてしまった。


 国王陛下の年の離れた弟であるマックスは、二人が婚姻した年に成人を迎えて臣籍降下し、「ロックフェル」の姓から新たに「ローウェル」の姓を賜って王城外の自分の領地で暮らすようになった。

 しかし、なぜかお茶会にはマックスも参加しており、クロードを待つテレジアの相手もしているのだという。


 ただでさえなかなかテレジアに会うことも叶わないというのに、自分より多くの時間をテレジアと過ごしていることに言いようのない苛立ちを感じていた。それはマックスも同じのようで、テレジアの前ではおくびにも出さないが、時折視線が交わると冷たく逸らされたことは一度や二度ではない。かといって苛立ちをそのまま吐き出せば、テレジアに嫌われてしまう。



 クロードは猫を被るようになった。



 自分が成人を迎えるまでは、テレジアの前で甘えたい盛りの弟でいることにしたのだ。


 その作戦は上手くいったようで、マックスよりもクロードを気にかけているのは一目瞭然だった。

おねだりして「レア」という愛称呼びの権利を得て嬉しくて堪らなかった。マックスも愛称で呼びたかったようだが、流石に夫がいる女性を愛称で呼べるのは家族のみ。

 寂し気なマックスの表情はテレジアよりも「五歳も年下」という劣等感に苦しんでいたクロードの心に、優越感をほんの少しだけ与えてくれた。



 完全に五歳年下という劣等感から脱却することは叶わなかったが、十八歳の成人を迎えれば初夜の儀に進むことが出来る。しかし、テレジアが年上ということもあり、テレジアが二十歳を迎えたら構わないと許可がおりた。


 初夜を迎えてしまえば、たとえ有能でテレジアと仲が良かろうと、彼女は自分だけのものになる。

 テレジアの誕生日が近づくごとに浮かれる心を鎮めることもできず、クロードは視野が狭くなっていたことにすら気付けなかった。

 


 自分の命より大切なテレジアが病を患っていることに気付くことができなかったのだ



 気づいた時にはもうテレジアはベッドに寝たきりの状態。


 余命いくばくもないと侍医の診断を聞いた時には目の前が真っ暗になった。一通りの薬物治療をしたが効果はなく、マックスお薬学に精通していたので薬を調合したがよい結果はえられず、誰もがテレジアの死を覚悟していた。



 しかし、クロードだけは諦めなかった。



 このような非常事態の為の力が『女神の眷属』には備わっていたからだ。


 クロードは守れるかもわからない約束をテレジアに投げかけ、彼女の時を止めた。


 

 それからは無我夢中で不治の病とされるテレジアの病を治すことのできる薬の開発に尽力したのだ。

 調合はマックスの判断に委ね、クロードは自国だけでなく他国の薬草を取り寄せ続けた。新薬の為であれば人を利用する為、人心掌握にも寄り力を入れた。ライバル視していたマックスにですら頭を下げ協力を仰いだのだ。


 クロードの覚悟を受け取ったのか、マックスは全力で協力してくれた。

 しかし、やはりクロードは新薬の開発に夢中になりすぎた余り周りが見えていなかった。



 二十歳を過ぎ、公務にも新薬の取引にも追われていたクロードは、『妃不在』という事態を重く受け止めるべきだという大臣たちの言葉に煩わされていた。



 テレジア以外の妃などありえない。国王ですらもそれを認めていた。しかし、野心を持ったバルトン公爵は、自身の勢力を少しずつ着実に増やしていた。


 たとえテレジアが時が止まった状態で死んではいないと言っても、薬が完成しなければいずれは妃を迎えなければならない。もし仮にテレジアの病が完治したとしても、不治の病を患った妃が子を授かれるとは信じがたい。


 言葉巧みに支持勢力に『女神の眷属の番』がお飾りであることを主張し、世継ぎを産むのはいずれ側室しかいない。更には側室になれるのは自分の娘以外には考えられないと豪語していたのだ。



 バルトンの思惑など気にも留めていなかったクロードは、テレジアが目覚めるまでの『お飾り側妃候補』程度なら勝手にしろと『側妃』の件を議会に丸投げしてしまった。

 好機とばかりにバルトンは議会の半数以上を自分の陣営に誘い込み、見事に『側妃候補容認』までもっていってしまう。



 一度決まってしまえば覆すことは難しい。

 公務の度に選出された三人の側妃候補が同行するようになった。「勝手にしろ」と言ってしまった手前、ついてくるなと言えるはずもなく、大勢の国民の前で三人の妃候補は『妃』として認識されてしまったのである。


 特にバルトン公爵令嬢セレーネは側室候補筆頭として一番多く公務に同行したことと、裏でバルトン公爵が手を回しあたかもセレーネが妃であると国民に知らしめるような記事を幾度となく発行し拡散した。



 「なんと愚かなことを」と苛立ちはしたものの、議会で争っている時間すらもクロードは惜しかった。


 結局四年以上妃候補はまるで妃のように王国民の前に立ち続けたのだ。




 テレジアが目覚めた後火消しを急いだが、上手くことは運ばなかった。バルトン公爵家は虎視眈々と目覚めたテレジアの心を折る機会を伺っていたのだ。


 王立公園の温室ドームでのテレジアとセレーネの邂逅にはバルトン公爵がマックスに手を回していたことはすぐにわかった。恐らくマックスは隠す気もなかったのだろう。だからこそ堂々とセレーネをエスコートして連れてきたのだ。

 あの行為は、テレジアという正妃がいながら側妃候補を容認したクロードへの抗議の念が含まれていたに違いない。



 だが、クロードは大きな勘違いをしていた。



 温室ドームでのセレーネのエスコートはその場の混乱を防ぐものでしかなかったが、テレジアにとっては違うのだということを。



 王国民に認められた妃セレーネと認められてもいないテレジア。

 その現実を突きつけられて、王国民の前に立てるだけの精神力の強さは彼女人はなかった。


 まだ『後宮解散』が確定していない中で、女神の眷属の番のお披露目をテレジアは急遽辞退した。その事実は議会のバルトン公爵の勢力をつけあがらせる事に繋がってしまう。


 議会では多数がテレジアの今後の公務に不安を示し、挙句の果てには国王から『後宮解散保留』まで条件と共に命じられてしまったのだ。



 国王から提示された条件は「夫婦でしっかり話をすること」だった。


 何とかテレジアと話をすることはできたが、すでに自分に向けられていた愛情や信頼はかなり離れてしまっている気がした。それでも、二回目の『女神の眷属の番のお披露目会』を無事に成功させ、二人で話す時間を設ければ寄り添い合っていけると信じていた。


 だが、バルトン公爵はそのお披露目会でテレジアが会場に入れないよう企て、別の部屋に閉じ込めたのだ。そんなことにも気づかずに、周りに煽られるままに会場入りしないテレジアの代わりにセレーネとダンスの披露目まですることになってしまった。



 まさか控室からテレジアが会場を見ているなどとは知らずに―――



 テレジアが倒れたという話が耳に届いたのは夜会も終わり間際だった。


 (何故すぐに自分に報告しに来ないのか!!)



 全て自分の甘さが招いた事が原因だが、テレジアが目覚めてから王宮の各使用人たちにバルトン公爵家の手が回っていたらしい。


 国王の許可を得て徹底的に調べてわかったのは、テレジアに直接仕えていた侍女や護衛以外は半数以上がバルトンに様々な理由で脅されていたり、金を握らされていたということらしい。



 それもこれも後宮解散が遅れたことが原因。



 否、後宮自体を許可した自分の責任だ。



 ほぼ全てのバルトン公爵の企てを把握し、徹底的にセレーネもバルトン公爵も追い出すために、完璧な証拠を手に入れようと、あえてクロードは餌を投げた。


 夜会の翌日から、連日セレーネの下へ訪れ煽ててみせたのだ。

 テレジアへの悪事を吐かせるための隙を狙っての事だった。しかし、それすらも強かにセレーネに利用されてしまう。



 まさか夜会四日後にセレーネがテレジアを後宮に招くとは思ってもみなかった。

 警戒していたテレジアが、セレーネに会うとは思えなかったのだ。しかし、テレジアはクロードへの信頼よりも、『事実』を知ることを選んだ。


 そしてクロードがセレーネを煽てる言葉の数々を聞いてしまったのだ。



 テレジアは『目に見える事実』が欲しかったのだろう。


 そして『女神の眷属の番紋』は消え、クロードの証紋も消えてしまった。



 たとえどんな理由があったとしてもテレジアの瞳に映った『事実』は非情だった。






 絶望した彼女はすぐに国王への謁見を取りつけ、その場で『廃妃承認』まで賜ってしまった。


 クロードもすぐに国王へ謁見し、状況を確認したうえで離縁をする意思がないことを伝えた。なんとか『廃妃』は保留としてもらうことはできたが、彼女が王宮に戻る意思がなければいずれ承認されてしまうだろう。





 クロードにとって唯一の救いはテレジアだった。

 心の拠り所。唯一無二の伴侶。決して覆ることなどないと信じて疑わなかった。



 だから甘かったのかもしれない。

 


 人の心は常に移り行く。大切に育てなければあっという間に砂城のように崩れてしまう。そんなことすらもわかっていなかった。どこかで「何とかなる」と思っていたのだ。だからバルトン公爵にしてやられてしまった。



 なんと情けないことだろう



 自分の手は大切な者を護ることすらできなかった






 女神にも見捨てられ『女神の眷属の証』をも失い、クロードはただの第二王子に戻った。


 テレジアは結局王宮を去るまでの二日間すらも会ってはくれなかった。まだ廃太子の命は届いていないが、『女神の眷属の証』を失うというのは神に見捨てられた証。王太子でいられるわけがないだろう。



 そんなことよりも、今後自分がどうなるか先が見えないとしても、テレジアに心を尽くせなかったことを詫び、どうにか再び話をする時間が欲しかった。



 このまま終わることはできない。



 その想いだけが自分を突き動かした。





 ***




 テレジアが王宮を去ってから一カ月が経とうとしていた。


 クロードは公務を一切することなく、毎日毎日テレジアの生家を訪問し、謝罪を繰り返す。



 王族とは思えない程の丁寧で心からの謝罪はセイボルグ伯爵と対面することまでは許しを得られた。しかし、テレジアに会うことが許されることはない。


 セイボルグ伯爵は話を聞いてくれても同情も協力もする気はないらしい。


 それでもクロードの足はテレジアの下へと向かった。

 謝罪を重ね、会う機会が欲しいと懇願した。

 どんなに拒絶されても、やめることなどできなかった。

 


 止めた瞬間全てのテレジアに会うチャンスが泡のように消えてしまいそうな気がしたからだ。

 同情でも怒りでもよいから会って欲しかった。



 だから毎日通った。



 セイボルグ伯爵家へ招かれるマックスとも幾度となくすれ違った。しかし、もはや向こうは何も言ってくることはない。

 何も見ていないかのように素通りされるだけだ。




 「―――・・・・・レア・・会いたいよ・・」




 今日もセイボルグ伯爵家のエントランスを出て、縋る様にテレジアの部屋を外から見上げ呟く。



  

 テレジアを想うクロードの言葉は彼女に届くことはなかった。

 


 


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