13 女神眷属の番がいなくなったロックフェル王国
「―――先振れを出さずに突然押しかけてすまない。だが、すぐに会わなければならないと思ったんだ。」
遠慮がちではあるものの喜色交じりのマックスの声は、本当に会いたくてきてくれたのだとテレジアでもわかる。
手紙を届けてもらったその日に、マックスはマリエッタと共に太子殿のテレジアの下へ訪れた。
「マックス様にはこれまで沢山お世話になりましたから。感謝しております。
何の役にも立たなかった私を気遣って、ずっと仲良くしてくださって本当に嬉しかったです・・」
しみじみと感謝の気持ちを告げるテレジア。
マックスは言いようのない不安を感じた。
「―――そんなお別れみたいなことを言わないでくれないか?私はこれからだって君の友人だろう?」
「――ですが私はもう―――」
「まさかとは思うけど―――テレジアと仲良くしてきたのが『女神の眷属の番』だったからだなんて思っていないよね?」
「・・・・違うのですか?」
マックスの予想は的中していた。
テレジアはすでに十三歳の番紋が現れた日から、自分の存在価値を『女神の眷属の番』であることのみであると自分に言い聞かせていた。
『女神の眷属の番』は一生唯一の伴侶と添い遂げる証。それ以外の事にうつつを抜かして夫を疎かにしてはならない。
しかし、テレジアは決して『女神の眷属の番』としての価値しかないような人ではない。マックスが出会った当初から聡明で心優しく、努力を惜しまない女の子だった。
周りからちやほやされるのが当たり前だった十六歳の頃のマックスは、十三歳でまだ幼さの残るテレジアの人柄や能力を好ましく思った。王宮の正殿に通う楽しみが、いつの間にかテレジアに会うことになっていた。
誰に好意を寄せられても感じることのなかった感情。
『女神の眷属の番』だからではなく、テレジアだからマックスは好ましいと思った。そして、『なぜ自分には女神の眷属の証紋が現れなかったのだろう』と、胸の苦しみに自問した時に、自分がテレジアに恋をしたのだと自覚した。
十八歳の成人を迎える約一年前、マックスは永遠に消えることのない初恋の甘く切ない胸の痛みを知ったのだ。
それから十八年以上は経ったというのに、今もマックスは初恋に囚われたまま。
どんなに美しい令嬢であろうと
身分の尊い姫君であろうと
どんなに心美しい令嬢であろうと、マックスの心の琴線に触れる者は誰一人として現れなかった。
テレジアが十二年眠り続けていた間であってもだ。
だからこそマックスはテレジアに嘘偽りなく告げることができた。
「ちがうよ。―――私はテレジアだから、恋人になれなくても友人でもよいと思ったんだよ。私は十八年以上・・ずっと・・ずっとテレジアに恋焦がれている。君は私の生きる希望なんだ」
苦笑を浮かべながらも告げるマックスの言葉は、ほろ苦くも包み込むような大きな愛情を感じられた。
どれだけテレジアの事を想ってくれていたかなど想像もできない。それほどに大きな愛なのだ。
テレジアはそんなマックスに『もう生きる意味などない』などと宣ってしまった。
それでもマックスは『テレジアのいない世界は考えられない』と言ってくれた。
『テレジアだけだ』と言ってくれた。
『生きていてくれるなら・・友人のままでも構わない』と言ってくれた。
『消えないで』と言ってくれた。
マックスのテレジアを見るつめる瞳には、底なしの大きな愛が溢れていたのだ。
「――マックス・・さ・・ま・・」
胸が温かくて、必死で太子殿の中で堪えてきた感情が溢れ出す。
瞳は揺れ、涙で滲んで前も良く見えない。止めどなく涙が零れ、嗚咽を漏らしながらもマックスの暖かい心に触れて、ただ幼い子供のように泣き続けた。
「テレジア・・私はこれから先も君を見守るよ。私は君だけをずっと想ってきた。他の誰も代わりにはなれない。―――だから、ここから去ろうと、私たちは友人だ。―――もし、君が受け入れてくれるなら君に求婚だって何度でもしてみせる。もう一人には絶対にしない」
涙するテレジアに優しく語り掛けるマックスへ、嗚咽を漏らしながらコクコクと頷くのだった。
控えていた侍女たちも、テレジアとマックスの心に触れ感情を抑えきれず皆涙した。
しかし、涙は絶望ではなかった。
テレジアの心の中には『独りぼっちではない』という確かな心の支えが生まれていたのだ。
たとえ『女神の眷属の番』ではなくなっても、テレジアはこれから先の人生を自分で生きていける。そして、それを応援してくれる仲間がいるという事を。
とはいえ、テレジアの心が回復したわけではなかった。あくまで生きる気力を失っていたテレジアが、一人ではないと感じられただけ。
けれど、皆がいてくれたら喪失感に苛まれたこの感情もいつかは乗り越えられる気がした。
「マックス様、ありがとうございます。幾度も情けない姿をお見せしてしまいましたが、これからも良き友人として仲良くしてくださいませ。
先の事はお約束できないので、今はこのようなお返事しかできませんが、マックス様のおかげで生きる希望を見いだせた気が致します」
涙で濡れた目尻をハンカチで拭いながらも、陰りの抜けた晴れやかな眼差しで返事をした。
「それならよかったよ。元々私の恋は叶わないと思っていた。だから、テレジアの心が癒えるよう私も尽力するよ。私にとっての幸せは、君が幸せになってくれることだ。―――そのことを忘れないで欲しい」
「―――はいっ!」
テレジアは涙しながらも、自然と顔を綻ばせていた。彼女の笑みにホッと心を撫で下ろし、マックスは優しくテレジアの頭を撫でるのだった。
***
テレジアが太子殿を出るまでの二日間は、なぜか王宮にのみ暗雲が垂れ込め、天を覆い隠した。
占星術師たちや女神を崇める教会は、この異常な現象は女神の怒りであると国王に訴えた。
当初はテレジアの罪であると結論付けた者もいたが、違うとわかったのはテレジアが王宮を去った翌日からであった。
二日間は暗雲だけであった天候が、テレジアが王宮を去ると雷が幾度となく轟くようになったのである。
王族や王宮で仕事をする者たちはこの異変にテレジアが原因ではないだけでなく、『女神の眷属の番』を蔑ろにした天罰であると信じるものまで現れる。
その裁きはテレジアの去った翌日から起こった。
なんと、後宮にのみ雷が轟き続けたのである。
信じられない現象に、皆『女神の眷属の番』を大切にしなかったことを後悔した。
そして、二週間せずにバルトン家は爵位剥奪の上王都からバルトン一族は姿を消したのだ。
テレジアはこの異常現象を家族から話では聞いていたが、詳細は知る由もなかった。




