12 廃妃テレジア
部屋に戻り再び手の甲を確認したが、やはり番紋は消えていた。まるで初めから存在しなかったかのように。
マリエッタや侍女たちは悲壮感を滲ませていたが、テレジアは他人を気にする余裕すら持てなかった。
クロードは『女神の眷属の番』であるテレジアを必要としていたはず。だからこそ十二年もかけてテレジアを目覚めさせたのだ。けれど番紋がなくなった私など必要もないだろう。
大病を患い、子供も産めるかもわからない女よりも長年公務で民に認められてきたセレーネの方が妃として相応しいに決まっている。
――はぁぁ・・・・
深く溜息を吐いた後、テレジアは覚悟を決めたようにマリエッタの方へ向きをかえた。
「――マリエッタ、書状を今から書くから国王陛下へ届けてくれるかしら」
「―――!!・・~~~~承知いたしました・・」
すぐに書いた手紙を、マリエッタは国王陛下へと持って行った。そして、すぐに国王と謁見することになったのである。
「――テレジアよ、本当に良いのか?其方はこれまでよくやってくれていた。
王太子と想いを深め合えば、また紋も戻るのではないか?―――早急に決める必要はないと思うが?」
「過分なまでのご配慮痛み入ります。しかし、私は大義を全うできなかったのです。どうか役に立たない愚かな私を廃して下さいませ」
国王の言葉は慈愛が籠っていて、テレジアを心配しているのがよくわかる。しかし、テレジアは頑なに自分の意志を示し深く頭を垂れた。
「――気持ちは変わらぬのだな、残念ではあるがこれまで尽力してくれた其方の願いを叶える形としよう。
王太子妃、テレジア・ロックフェルを王太子妃から廃し、只今を以ってテレジア・セイボルグと名乗るように」
「――謹んで賜ります。今後はセイボルグ伯爵家の娘として王家に忠誠を誓います」
本当であれば『廃妃』の決定は数時間で決めて良いようなものではない。しかし、テレジアの瞳にはすでに耐え難いほどの苦しみを味わったかのように見えた。
テレジアを実の子のように可愛がっていた国王夫妻にとってどちらの選択も苦渋ではあったが、目覚めてからテレジアの状況を考えると苦しみから救ってやりたい。という気持ちの方が勝ったようだ。
国王の許しを得ると、国王夫妻へ再び深々と会釈してテレジアは御前を後にしたのだった。
自室へ戻ると、マリエッタや他の侍女たちがさめざめと涙していた。
彼女たちの気持ちに応えられなかったことは申し訳ないと思う。けれど、これも女神様の思し召しなのであれば仕方ないと割り切ることが、いつかきっと出来るだろう。
けれど、クロードに別れの言葉を告げるのは躊躇われた。
会おうと思うだけで心が張り裂けそうなほどに痛み、苦しいのだ。セリーナを妃に出来る事を知って喜ぶ様などみたくなどない。
――この際会わずに王宮を去ってしまおうか。
テレジアの心に薄情な想いがよぎったタイミングで、クロードが入室の許可もなくテレジアの部屋へ入ってきた。
「レア!!――離縁とはどういうことですかっ!!」
クロードは謁見後半刻も経たぬうちに息を切らして現れた。
彼の表情は動揺し精神的に辛そうにも見えた。息を切らせているところを見ても、国王から状況を聞いて慌ててテレジアに確認に来たのがわかる。
普段ならばソファへ座るよう勧めるのだが、今日はその必要はないだろう。
むしろ長いして話すようなことはもう何もない。
二人は他人になったのだから。
「わざわざこんなところにまでご足労頂きありがとうございます。
どうやら私たちは、本当の運命の番ではなかったようです。番紋も消えましたし、先程廃妃の命を国王陛下より賜りました。今までありがとー――」
「ダメです!!そのようなことはあってはならない!―――私の妃は貴女だけだ!!」
クロードは悲痛な面持ちで断固として「離縁を認めない」という姿勢を崩さない。
―――!!
一体今何を聞かされているのだろうか。先程セリーナの部屋で、『彼女だけが頼りだ』と言っていたその口で、クロードは妃はテレジアだけだと宣うのだ。
「・・・・・殿下、もう気を使って下さらなくて結構です。
私は先程セレーネ様の部屋の隣で、お二人のお話を聞いていたのです。
殿下にとって大切なのはセレーネ様だけなのだとよくわかりましたし、恐らく女神様も殿下とセレーネ様の為に番紋を消して下さったのでしょう。ですから建前など私におっしゃらなくて結構です」
「ちがう!!私はセレーネ嬢を愛してはいないし、頼りにも思ってはいない!!あれは――――」
「――もうお止めください。最後くらい笑顔でお別れの挨拶をしたいのです。いがみ合って別れたくはございません」
「レア―――・・そんなことを言わないで・・・私には本当に君だけなんだ!!お願いだ!!私が陛下に掛け合うから離れていかないで!!」
「申し訳ございません。すでに決定したことを覆していただかなくて結構です。―――・・恐れ入りますが、体調がすぐれず、立っているのもつらいのです。――休ませてくださいませ。」
とりつく暇もない冷徹なテレジアの言葉でも、クロードは頑なに納得はしなかった。それでも、体調がすぐれないという言葉にわかりやすいほどに肩を揺らして心配げな眼差しをこちらに向けてくる。
「~~~~~~私は・・絶対に廃妃など認めません!!・・ですが、いきなり押し入ってしまったことは申し訳ない。―――・・また、会いにきます・・」
「・・・・・」
クロードの言葉に返事をすることはできなかった。
ぐちゃぐちゃに混ざり合った自分の感情を隠すように顔を背けると、クロードは数分悲し気な眼差しをテレジアへ向けていたが、パタンっ・・・と扉の閉まる音で退出したのだとわかった。
彼が去り扉が閉まった音を確認すると、テレジアはその場にしゃがみこみ堪えていた感情が涙となってとめどなく溢れ、嗚咽を漏らし呻きながら泣いた。
誰もテレジアの心の傷を埋めることなどできない。
マリエッタや侍女たちは、そっと見守ることしかできなかった。気丈に振舞っていた主が泣き崩れる様は、何も助けになれない彼女たちに、主を護れない無力さを痛感させるだけ。
どれくらい時間が経ったのだろう。クロードと話した時ですらもう外は夕刻時を過ぎていたというのに、もう部屋の中は真っ暗だった。けれど、部屋に設置されている燭台の蝋にはいつの間にかすでに火が灯されている。ふと横を見れば、何故かエンドテーブルが置かれ、その上には紅茶の入ったティーカップが置かれていた。
侍女たちが用意してくれたのだろう・
――・・・・みんな・・ありがとう・・
テレジアの心の傷を埋めることは誰もできなかった。―――それでも、彼女たちの心遣いは、冷え切ったテレジアの心に確かにじんわりと暖かさを染みわたらせていた。
数時間その場で泣きつくした後、テレジアは二通の手紙を書いてマリエッタに託した。一通は生家であるセイボルグ伯爵家宛て。もう一通はマックス宛てだ。
翌朝早くにマリエッタがセイボルグ伯爵家へ直接手紙を届けると、その場で手紙を読んだ伯爵がすぐに返事を書いて持たせてくれた。
『事情は理解した。準備を整え、二日後には迎えに行く』という返事だった。
マックスは返事ではなく、マリエッタと共にその日のうちにテレジアの下を訪れたのだった。




