11 セレーネの牽制
「奥様、お手紙が届けられました・・・」
「――ありがとう、差出人は?」
「・・・・・それは・・」
口ごもるマリエッタの反応からしてよい相手ではなさそうだ。
「読むわ、ちょうだい」
嫌な予感がしつつも手紙を受け取ると、差出人はセレーネ・バルトンであった。
深く傷ついた夜会から四日経ち、テレジアは日常を取り戻しつつあった。しかし、あれ以来クロードとは話が出来ていない。
本来であれば、夜会でお披露目をしてその後ゆっくり今後の事を二人で話すつもりでいた。けれどどそんな状況ではなくなってしまったのだ。
セレーネからの手紙には一度ちゃんと挨拶をしたいという名目での茶会の誘いだった。しかし、手紙の節々には、自分がクロードといかに仲睦まじいかという話を匂わせている。
きっと茶会で牽制してくるのだろう
テレジアはそう受け取った。
本来であれば、自分よりセレーナは身分が下の者。気を遣う必要もなければ、誘いに応じる必要もない。けれど、夜会には顔見せ程度の予定であったセレーナがなぜあの場所にいたのか確認したい。
不安を感じながらもテレジアは誘いに応じる返信をしたためマリエッタへ手紙を託したのだった。
***
暖かい日差しが降り注ぐ午後、テレジアはセレーネの後宮の部屋をマリエッタと護衛と共に訪れていた。
「きちんとご挨拶させていただくのは初めてですね、私はバルトン公爵家のセレーネと申します。以後お見知りおきを」
「私はテレジア・ロックフェルよ、よろしくお願いいたしますわ」
初手から相手を敬う気のないあっさりとしたセレーネの挨拶は、明らかにテレジアを見下したものであった。それでも気にも留めず同じようにあっさりとした挨拶のみで返事を返す二人の空気は、笑顔の裏側に殺伐とした空気を孕んでいた。
念には念を入れ、紅茶などに毒を入れられても対応できるよう、マリエッタには数種類の解毒剤を持たせる準備まで念入りにしてある。セレーネの狙いがわからない以上、対策は必要以上にとっても越したことはない。
「―――そういえば、先日の夜会には王太子妃さまはいらっしゃいませんでしたが、体調でも崩されていらっしゃったのでしょうか?
殿下がお困りでしたので、私が代わりにパートナーを代わりに務めさせていただきましたのよ」
※
「えぇ、不調で参加を辞退致しましたの。代わりに出ていただいて助かりましたわ」
「まぁまぁ!それは大変でしたのね!でもお役に立てて良かったですわ!私はいつも殿下と共に寄り添い合う事しかできませんもの。お役に立てて何よりですわ。っふふ・・
王太子妃様はご自身の体調を一番にお考え下さいませね。大切な『女神の眷属の番』というお役目があるのですから、殿下の事は私にお任せになって」
ふふ・・と余裕のある笑みを浮かべるセレーネの瞳には、ギラギラとした対抗心が目に見えてわかる程の挑発的な言動でも伝わってくる。
――私には『女神の眷属の番』としての役割だけしていたらいいと言いたいのね・・・・
悪意ある言葉に苛立ちは募るが、それでもクロードが自分へ熱心に告げていた愛の言葉を思い出し、平静を装う事が出来た。その振る舞いは思っていた以上にセレーネの心をざわつかせていたらしい。
「私・・こんなことは申し上げるべきではないことは重々承知しているのですけれど、テレジア様は大病を患っていらっしゃったではありませんか、ですから正直無理はなさらなくても良いかと思うのです」
「―――何がおっしゃりたいの?」
「『女神の眷属の番』様のお役目は子を産むことでございましょう?そのことを申し上げているのです」
「まさか、子作りも自分に任せろなどというのではないでしょうね?」
「それ以外ございませんわ」
――?!
「―――なっ!!なんと無礼な!!」
テレジアが言葉を発するより前に、マリエッタが不敬など顧みず物申す。
「子は何人いても問題ございません。ですが、その子作りすらも王太子妃様にはできるのでしょうか?
すでに病が感知してから三週間以上経過しておりますのに、そう言った事は一切なさっていらっしゃいませんわよね?」
「―――それは貴女に言われる筋合いはないことよ」
「そうでしょうか?現に殿下は毎日私の所へ来て、早く側妃として迎え入れ子を作りたいと仰っておりますのよ?いつも私と話をしたいといらっしゃいますもの」
「・・・・私は彼からそのような話は聞いておりません。むしろ後宮解散の手続きを進めているはずですわ
これまで尽力尽くしてくれたことには感謝します。けれど、それ以上は貴女は望むべきではないわ」
「まぁ、私が嘘をついているとでもおっしゃるのですの?」
苦笑しつつも牽制しようとするセレーネの表情は明らかに引きつっている。恐らくテレジアが怒り狂うことを想定していたのに思った反応が得られず苛立っているのだろう。
だが、そんなことは知ったことではない。
「―――さぁ、嘘かどうかはその内明らかになるのでは?」
セレーナの言葉に動揺など見せてやるものか。その気持ちだけで冷静を装い平然と答える。
しかし、唐突にしてその状況は崩れ去った。
――コンコン・・
「セレーネ様、本日もクロード様がいらっしゃいましたがお通ししてよろしいでしょうか?」
訪問者を告げる侍女の言葉にセレーネとテレジアの顔色が変わる。
「まぁまぁ!!殿下ったら今日は随分と早いお越しなのね!ほんの少しだけお待ちいただくよう伝えて頂戴」
「――承知いたしました」
侍女が下がると、セレーネはわかりやすいほどの優越の笑みを浮かべ、テレジアに提案をした。
「私のっていることが本当か嘘か確認していかれてはいかが?殿下は王太子妃様の前では本音を曝け出せませんでしょう?良ければご案内しますので、お隣で気が棲むまで私たちの会話を聞いていかれてはいかが?」
突然の提案に腹が立ったが、クロードの本心を知れるのかもしれない。
テレジアは侍女に案内され、マリエッタと護衛と共に隣の小部屋へ移動した。扉越しであっても微かに声は聞こえてくる。
「お待たせいたしましたわ!どうぞおかけになって?」
「突然訪ねてすまない。話せる時間が今しかなかったんだ」
「私は全く問題ございませんわ!むしろ毎日足を運んでいただけて嬉しいですもの!」
「そういってもらえると助かる」
「・・・・まぁ、殿下ったら・・ふふ・・・」
「・・・いいんだ・・どうとでもなる」
明らかに密談をしている雰囲気の二人の会話。ところどころ聞こえない部分もあるが、明らかに毎日通っているのは本当だとわかるだけではない。親密そうな会話はどう考えても仲睦まじいとしか思えなかった。
そして決定的に聞きたくない言葉が聞こえてくる。
「私がお役に立てるのは殿下の横に侍ることだけでしょう?先日も夜会ではお役に立てて本当に良かったと思っておりますのよ」
「私もあの時はセレーネがいてくれて良かった。頼れるのは君だけだ」
―――!!!
聞きたくない言葉が頭の中に木霊する。
『頼れるのは君だけだ』
心が壊れそうなほどに悲鳴を上げた。
今まで何のために努力してきたのだろうか。クロードの横に立ち、彼の力になる為に頑張りたいと目覚めてからも考え行動してきた。
けれど、彼が頼りたいのはテレジアではない。セレーネなのだ。
その決定的な言葉に胸が引き裂かれ何も考えられない。
――もういらない・・・私は何も求めない――
ぷつりと心の中で繋がっていた糸が切れ音がした。それでも気にすることすら億劫でもう何もかも捨ててしまいたい。
「―――部屋に戻りましょう」
顔面蒼白な面持ちで告げ部屋を去るテレジアを、マリエッタはいたたまれず何も声をかけることが出来なかった。
しかし、悲劇はそれだけでは終わらなかった。
この日、テレジアの手の甲から『女神の眷属の番』の紋が消えたのである。




