10 マックスの怒り
「――レアっ!!」
夜会もすでに終わりを迎えようとしている時間になって、クロードはノックもせず「ばんっ!!」と大きな音をたてて扉を開けテレジアの部屋に入ってきた。
「―――っ!!」
駆け寄ってくるクロードの胸倉を掴み、思い切り頬を殴りつけたのはマックスだった。
「――来い!」
地を這うような声音でクロードに告げると、腕を引っ張り強引に二人は部屋を後にする。
「――入れ」
冷たい声音で告げられ、斜め向かいの自分の執務室へ入った。
「レアは・・なぜ倒れたんだ?」
「お前の質問に答えるべきかは・・私の質問に答えてもらってから考える」
「――な?・・・・それは――」
「――クロード、なぜテレジアが行くのを待てなかった?」
「・・それは・・時間が過ぎてしまったから・・」
「では、踊っている最中にテレジアが大広間に入場したらどうするつもりだった?」
「それは勿論レアとダンスを――」
「――ふざけるな!!テレジアは、お前がダンスを踊る前からすでに控室にいた!!
だがな・・閉じ込められて泣きじゃくっていたから化粧を直さなきゃ出て行けない状況だったんだ!!
~~~そんな彼女が・・扉からお前たちの姿を見て気絶したんだよ!!」
「な・・・・閉じ込められた?・・泣きじゃくる?・・観ていた?・・・そ・・そんなこと――」
クロードの額を冷たい汗が伝う。
(――私は・・・とんでもないことをしてしまったというのか?!)
「私は行ったはずだ!――待てと!
それでもお前は堪えることもできずにセレーネの手を取った!!
ダンスを踊る前からテレジアはお前に失望していたよ!!信じられないならなんで私に譲らないんだ!!お前が他の側妃で良いなら、私がテレジアを守る!!
女神の怒りに触れようと、お前になど任せられない!!」
「ま・・まってくれ!!・・・・あれは仕方なかったんだ!!父上からも時間切れだからセレーネと踊れと言われたんだ!」
「はっ・・・呆れてしまうな・・・
テレジアは替えのきく『女神の眷属の番』だとでも思ているのか?彼女が嫌がろうと、結婚できるとでもお前はおもっているんだろう!だからそんな腑抜けたことが言えるんだ!
テレジアは・・私に言ったんだ・・・側妃が決まったら、お前を他の女と分け合うつもりはないと!
どういう意味かわかるか!?
テレジアは死ぬ覚悟が出来ているんだよ!!『女神の眷属の番』の使命すら投げ打つ覚悟がな!!」
「そんな・・死ぬ?・・うそだ・・私には・・レアだけ――」
「――お前はな、甘えているんだよ!――誤解を与えても、後でどうにでも挽回できると覆っているんだろ?
だが、テレジアを狙うやつらは用意周到だ!!このままいけばお前は誤解を解くことすらできずテレジアを死なせることになる!!
テレジアを愛しているなら彼女を守れるだけの証拠と犯人を連れてこい!
それが出来ないなら彼女を手放せ!!」
「~~~~!!」
マックスは言いたいことを全て言いきると再びテレジアの下へと戻って行ってしまった。
――アイツが言っていることは全て正しい。
レアに誤解を与え続け、レアが見ていたにも拘わらず彼女の見ている前であの女に手を差し出しダンスを踊った。レアが危険な目にあっていたのに私は自分の事ばかり心配していた。
『レアはきてくれるだろうか?』
『レアはなぜ来てくれないんだ?またボイコットされてしまうのか?』
『父上に言われた以上拒否できない・・レアなら事情を話せばわかってくれるだろうか?』
一度も・・・一度も彼女の安否を気にしていなかった・・・
自分がレアに裏切られたのではないかと彼女を疑ったんだ・・
そもそもレアの信用を失うようなことをしたのは私だったのに・・
今夜の夜会は『テレジア』が初めから存在しなかったかのように進められた。
いるはずのなかったセレーネ。時間になっても姿をあらわさないテレジア。時間だから側妃候補と踊れと命令する国王。そしてそれに賛同する大臣たち。
何もかもが信じられず、不甲斐ない自分が情けなく、悔しくて腹立たしくて涙が止めどなく溢れる。
「私は・・・なんて愚かなんだ・・何者かもわからぬ者に謀られ・・レアの気持ちを傷つけ‥私は――」
悔しくて悔しくて悔しいくて悔しくて・・・
情けなくて情けなくて情けなくて情けなくて・・・
冷たい床を「ガンガンっ!!」と、叩いても手から血が流れようとも心が晴れない。
執務室に籠り夜が明けるまで泣き続けた。
幾度となく自分を罵倒し、蔑んでも――諦められない。
希望を捨てなかった十二年。レアに会うためだけに生きてきた。
王太子になりたくて『女神の眷属』としてレアと結婚したわけじゃない!
『女神の眷属』となって王太子でないとレアと結婚できないと思ったからなっただけだ!
誰にも譲りたくないし諦めたくないし諦められるわけがない。
レアは私の唯一で生きる希望なのだから。
彼女が死ぬなら俺も死ぬ。王太子妃が嫌なら王太子も辞めてやる!
どうしたって・・・諦められるはずがないんだ・・・
「――・・無理だ・・・・どう考えても・・どう頑張っても――――レアだけは手放せない!」
窓からは夜明けの陽の光が差し込みクロードの背はじんわりと温もりを持つ。
「――私はまだ生きている・・レアも・・生きている・・――なら諦めない!!」
――バチンっ!!
頬を思いっきり叩くとクロードは立ち上がる。
「絶対諦めない!!―――必ず・・必ず証拠を集めてもう一度愛を乞う!!」
***
――ティリンティリン・・
「――お呼びでしょうか」
静かな部屋のソファにゆったりと腰かける女。侍女は恭しく頭を垂れる。
「ふふ・・そろそろこの物語も締めくくらないとならないと思うのよ。
だから手紙を渡してほしいの。やって欲しいこともあるからお願いできるかしら?」
「――仰せのままに」
クスクスと鈴の音が鳴るような軽やかな笑い声をあげ、真っ赤な瞳をぎらつかせた女は囁くのだった。




