これが阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランド!
「それで結局、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドって何ですか」
正体不明、顔面を包帯でぐるぐる巻きにしたスーツ姿の運転手の操るBMW 7シリーズ(二代目)に詰め込まれた肺助は、かれこれ二時間ほどぼーっと外を眺めたり、堂々と居眠りまでしていたのだが、ついに思い出したように訊ねていた。
対して、阿賀谷戸天森はスマートフォンをいじる手を止める。
「いい質問だ。時に、肺助君は陰陽師といえばどれくらいの知識があるかな」
「どれくらいって……」
後部座席に合儀肺助と阿賀谷戸天森は並んで座っていた。天森の問いに、肺助は以前、母親より伝えられた情報を手繰り寄せる。
「公的には、陰陽師は明治期に廃止になっていて、以降は存在しないことになっている、と聞いています。ただ、政府というか、宮内庁か何かに務める本物の陰陽師はまだいて、今でも秘術とか儀式を引き継いでいると聞いています。それ以外の陰陽師も一応存在はしているけど、公的に陰陽師が定められていた時期を考えると、そういう人たちは自称はともかく事実上は呪術師とほとんど変わらない……」
「はい間違い! ぶっぶー! ばーかばーか」
「え?」
肺助は、突然子供のように声を発す天森にぎょっとした。
「君の言う、本物の陰陽師、陰陽道は平安時代からずうううううっと、偽物です。まあ、正確に言うと、権力にこびへつらってただの御用機関になり果てた挙句、だらだらと存続してはいたものの、結局明治政府にとどめを刺されたただのインチキ野郎どもです」
「あ、はい」
しまった、と肺助は内省した。なんか触れたら面倒なことになる内容だったらしい。
(阿賀谷戸先輩がこの話を止めたのは、そういう理由か……)
「ところがどっこい、そんな権力にへこへこと頭を下げる陰陽師に疑問を持ち、独立して本物の陰陽師として陰陽寮を築き、そのしきたりを守り続けている一族がいたら、どう思う……?」
「……割とどうも思わないんですが」肺助はつい、本心を口にした。
「思えよ! いいか、平安時代から今の今まで、本物の陰陽師としてのしきたりや知識を守り続けた、本物の正統陰陽師の一族こそが、この阿賀谷戸なのだ!」
天森は大いに唾を飛ばしながら肺助に凄んだ。まるで鬼に憑りつかれたようである。
「え、正統な陰陽師って、土御門さんとか賀茂さんとか、そういうのではなく……?」
「あああああんなものが、本物なわああけがねえだろバアアアアアッカ! いいか、よく覚えとけド田舎のカスが。お前ら全員がひれ伏す本物の、歴史ある呪術はこのおれ、阿賀谷戸陰陽道なんだよ! お前みたいなのがそもそも呪術師とか語ってんのがあり得ねえ!」
狭い車内でなんと天井に頭から背中までびったりと張りつけて肺助を見下ろし天森は怒鳴る。
「見ろ! ちょうどいい、あれが阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドだ!」
そして、急に肺助の頭を掴むと、無理やり窓の外に向けた。気付けば車は高速道路から外れ、名も知らぬ山道に突入していた。
――否。これは、結界の内側だ、と肺助は理解する。
合儀家の敷地自体も、千年近くの間私有地として守られ、一族と周辺の人々により霊地とされて以来、一般の人を拒絶する結界に囲われて存在してきたが、これは明らかに異質だった。
黒く磨かれた車体が濃密な霧を裂いていく。不思議と空も青黒く染まっており、車内に風こそ吹き入れないものの、ぐんぐん気温が下がっていると感じる。
長年浄化され、否、何らかの呪術を行い続けた結果歪んだ異常な場所。
――そして、門。
それも、高さが四メートル近くある巨大な門。
「ら、羅生門……?」
「おおおおお! カスの呪術師にしては理解が早いな! そうだ、これこそが朱雀大路に栄える羅生門!」
まるで喚起に打ち震えるかの如く、阿賀谷戸天森は絶叫した。
「見よ! この阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドとは、この阿賀谷戸家が長年積み重ねてきた陰陽道の儀式、その果てに育まれた本物の、真の陰陽寮のこと! そして、中央に巣食う偽物と、その他の紛い物に向けてわが阿賀谷戸の陰陽道こそが正統であることを示し尚且つ学べる博物館要素を含んだ一大テーマパーク、それこそがこれなのだ!」
近い将来、阿賀谷戸天森の力により、阿賀谷戸の陰陽道こそ正当と認められることになる故、以後この阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドは小学生から大人まで、社会科見学や修学旅行、社員研修でも広く使われる由緒正しい本物の呪術を体験できる唯一無二の博覧会になる! とさらに早口で唾を飛ばす。
そんな阿賀谷戸天森を見て、肺助はなんと、一笑に付すことができなかった。ずっと頭を押さえられていたから、だけではない。
目の前で〈羅生門〉が口を開く。その奥、ただただ広大で真っ平らな道が続くのが確かに見えたが、同時にそこに、明らかに人ならざる何かが闊歩しているのを肺助は理解した。
(なんか、思ったよりやばいところに来たな……)
車は羅生門をくぐる。途端、肺助は肺が収縮し、内臓がかき混ぜられるような不快感に襲われた。
「そうそう、言い忘れていたんだがね、確かに命香と和留、それからノツル君の無事は保障するが、君は違う」
「何……?」
肺助はそのとき初めて、恐れをもって天森を見た。
「一応、わたしは君のような零細偽物呪術師であろうと敬意と畏怖を以って対応するつもりだ。だから、君にもしかと、阿賀谷戸正統陰陽道の呪いを掛けさせてもらう。対等の相手だ、相応に酷い目に遭わせる。この阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドの中で、君が楽に呼吸する場所すら与えるつもりはない」
「この、やっぱり呪術師なんてまともじゃ……」
誰かに首を抑えられているわけでもないのに、肺助の喉は勝手にねじれていくようで、どんどん呼吸が苦しくなる。その時、伸ばした手に紫色の斑点が肌に滲んでいるのに気づき、肺助はさすがにぎょっとした。爪の根元も真黒に変色している。鏡がなくてよかった、だなんて連想するほどに。
「呪術師だと! 陰陽師! だ! 馬鹿者め! お前みたいな学のない奴は居残り勉強だ!」
いつの間にか車は止まっており、包帯でぐるぐる巻きの運転手がドアを開け、肺助を外に追い出した。そして、そのままずるずると引き摺るように運び始める。肺助は抵抗を試みたい気でいっぱいだったが、すでに縮み始めた気道と、急に膨れるように錯覚する肺、速まる鼓動に捻転して止まらぬ内臓と、それどころではなかった。
(あー、これが呪殺か……)
肺助はいつの日か全身にゴルフボール大の腫物ができたときの苦痛を思い出していた。目からは、苦痛や恐怖と関係なく涙が流れる。かろうじて拭った手の甲に、黒い染みがつくのを見た。
「熱っ!」そして、急にその黒い染みが収縮し、鋭く皮膚下に刺さる感覚がした。
「実を言うと、もう、お前が存命である生きている意味もない。冥土の土産に正しい陰陽師の歴史を学び、現世で誤った陰陽道が蔓延った原因の一端を自分が担っていたことを切実に悔恨し、さっさと死んで常世で永遠に詫びながら苦しみ、阿賀谷戸の陰陽道の正統性を唱え続けるがいい」
合儀肺助は、滲む視界の中で『阿賀谷戸陰陽道の正当性と歴史 その一』と書かれた荘厳な看板と、瓦葺のパビリオンを見上げて絶望した。
「一つだけ、教えてやろう。うまくっているときはうまくいかないってのはうまくいっているやつの言葉だ。本当のうまくいかないとは、もう次がないってことなのさ!」
もう、肺助は振り返る気も起きなかった。
「わかるかい? 今の君のだよ、合儀肺助君」




