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呪術恋愛戦線 山奥に隠れていた陰キャ呪術師の俺が都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ  作者: 杉林重工
三章 あらしが来る

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さらばわが家

「思うところはある。だけど、うちを頼りにしている人も、それにこの土地だって、おれだけじゃなくて、いろんな人が大事にしてくれている。どんなにいい言葉で飾られようと、仮にどんなに信用できる相手であろうと、おれは誰かに譲りたくはない」


 合儀肺助はつい、命香の傍に寄っているノツルを見てしまった。ノツルは気まずそうに視線を逸らす。一瞬見えた、肺助のまさに苦虫を噛み潰したような表情は見るに堪えなかったからだ。


 肺助は拳を固く握りしめる。


「だが、譲ってやろう!」


 しかして、肺助は高らかにそう宣言した。誰もが予想だにせぬ発言だった。


「そうだ。譲ってやろう、阿賀谷戸天森さん。おれが守りたかったものも、母さんが大事にしていることも、うちの土地の権利も、呪術師としての顧客も、全部持っていけばいい!」


 さらに、以下のように続けた。


「あと、山に設置してある小屋の林業用の道具とか、おれの部屋のプラモとか、ベランダに吊るしてある父さんのCDとかもだ」


「え、後半の奴はぶっちゃけいらないんだけど……多分捨てるよ?」天森は眉を顰めた。


「それから、先輩とおれの新婚旅行とか結婚式の写真とか婚約指輪とかも!」


「待って! それイズ何? 初耳なんだけど!」ノツルは急に声を上げた。


「あれは総額二百万ぐらい突っ込んでるから流石にメルカリか質屋に持ってくよ?」


「勝手にしろ! 全部、全部全部、あんたが持っていけばいい。おれが人質になれば、母さんは、阿賀谷戸先輩の洗濯物からこっそり盗んだブラジャーだってお前に譲るだろう!」


「命香はお宅の母親からなんか特殊なハラスメント受けている?」


 ちょっと心配になるんだけど、と天森。命香は静かに頬を赤く染め、和留はぎろりと椎子を睨んだ。


「だが! 全部を手に入れたからと言って」「そこまで全部はいらないんだけど」「お前のなんかよくわからない野望が全てうまくいくとは思わないことだな!」


「ノイズ多くね?」和留だけがついていけないと肩を竦める。


「いいか! 人生ってのは、なんかうまくいっている! と思った時こそ、なんかうまくいかなくなる!」


 肺助は声を大にして言う。


「友達の、否、相棒の役に立とうと頑張ったら失敗するし、幸せな結婚生活が始まったはずが全部まやかしだし、久しぶりに幼馴染に声を掛けられたと思ったら変なおっさんとゴルフ場を作って! 今までは怖かったけど! ギャルもちょっといいかもって考えてたら殺されかける!」


「……なんか、ごめん」といったのは誰だっただろう。


「人生は、うまくいっている時こそうまくいかない! 覚えておけ、うまくいっているということは、この先、うまくいくことが禁じられている! ということだ!」


「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない」


 天森は間髪入れずにそう答えた。


「いつかわかるようになるさ」肺助は急に脱力しきり、ふ、と息を漏らした。


「なんで年齢半分以下のガキに人生語られないといけないんだ?」


 天森は実に不満げにそういう。


「じゃあ、おれは阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドに行きます。鳩バスですか?」


「普通乗用車だよ。観光じゃないんだから」


 肺助はさっさと玄関まで歩きだし、慌てて天森がそれに追従した。しかし、ふと肺助は足を止めて、振り返る。


「……二年間の仕込み、これでうまくいくと思います。よかったですね、先輩」


「はいぴー、その言い方はどうかと思うけど」


 夜風和留がさすがに声を上げた。


「いい。お姉ちゃんは口を挟まないで。全部わたしの選択だから」


 阿賀谷戸命香が、今度は夜風和留を窘めるように言う。


「……」


「……」


「……」


「……」


(……お姉ちゃん?)


 誰もが阿賀谷戸命香と夜風和留という、正反対の服装の二人を交互に見たが、今、この空気でその言及ができる人間はただ一人としていなかった。


「では、合儀肺助君はこちらで預かります。その間に、ご夫婦で権利の譲渡を進めてください」


 最後、天森はそう告げて玄関に消えていく。


「肺助さん、お見送りを……」そう言って椎子は立ち上がろうとしたが、それを合儀肝悟朗が制した。


「いいや、お前の仕事はこれからだ。権利書は今までと同じところに隠してあるのか? それともおれがいないうちに別のところに移したのか? どちらでもいいから、まずはそれを出してもらわないとな」


「……あなた、それでも人の親ですか」


「さあな。禁じられちまったからもうよくわかんねえや」


 涼しい顔をしている肝悟朗を前に、椎子はただ拳をきつく握りしめることだけしかできなかった。


「ノツルちゃん、お客様のお見送りを」


「あ、はい……」


 椎子に言われるまま、ノツルは廊下に走るが、ふと立ち止まって椎子を見る。対して、椎子は首を振った。ノツルもまた悔しさを表情に滲ませながら、一人の客と幼馴染の背を追った。


 ――ばたん、と玄関でドアが閉まる。



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