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呪術恋愛戦線 山奥に隠れていた陰キャ呪術師の俺が都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ  作者: 杉林重工
三章 あらしが来る

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天秤に掛ける

 

 二つを、天秤にかける。


 一つ、合儀家の土地、および禁歌を頼る人々。


 二つ、阿賀谷戸命香、瀬路原ノツル、夜風和留の命。


 合儀肺助は眉を顰め、この二つについて考えていた。


 阿賀谷戸天森の着きつける二択とは実にシンプルだった。だが、故にか、肺助は確認したいことが一つあった。


「どうしても気になるんですが、阿賀谷戸わくわく陰陽師ランドってなんですか」


 合儀肺助は好奇心に負け、思わずそう口走っていた。


「ふむ。良い質問だ。いいか、よく聞け田舎ネズミ、そもそも陰陽師とは……」


 阿賀谷戸天森は意気揚々と口を開く。しかし、


「御父上、いまはその話をしている場合ではないかと……」


 と肩で息をしながら、阿賀谷戸命香は声を発してそれを遮った。


「そうか? まあいい。いずれは誰もかれもが思い知ること。それよりも、肺助君の選択を聞きたい」


 肺助は一瞬後ろ髪を引かれる思いもしたが、深呼吸し気を落ち着けて、答える。


「おれが、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドに行けば、先輩達は無事なんですね」


 そういいながら、肺助の視線は廊下と居間の境界で両手をつき喘いでいる命香を見ていた。フローリングの床には、命香の口から垂れる、黒々とした液体が広がり続けていた。


「勿論。呪術師は約束事を守るのが仕事だ。君がわたしに従う限り、三人の命、いや、健康を保障しよう」


 天森はふんぞり返って首肯した。ついで、やれやれと首を回し、ぱん、と手を叩くと、突然命香は床に突っ伏した。瞬間、肺助より先にノツルが走った。命香に駆け寄り、声を掛けながら背を摩る。命香は大丈夫、と唾液を垂らしながらも声を発した。口元から漏れ出ていた奇怪な黒色の液体も止まっているようである――否、その液体すら消え去り、幻であったかの様子。


「ほら、この通り。快も苦もこの正統陰陽師の手の中よ。お前もしょうもない脅しをわたしに掛けるのはやめなさい」


 天森に釘を刺され、和留は舌打ちしながらボストンバッグを床に打ち付けた。よく見れば、彼女はバッグの深くに手を入れており、いつでも抜刀できる姿勢でいたらしい。肺助は周囲が落ち着いたのを確認すると、改めて口を開く。


「……わかりました。二度とそれを先輩達に使わないなら、おれはその、阿賀谷戸わくわく正統陰陽師ランドに行きます」


「待ちなさい、肺助。こいつは肺助を人質に、土地や呪術師としての権利の譲渡を強いるつもりです。控えなさい」


 合儀椎子はぴしゃりと肺助に言う。


「やはり、合儀の呪術の跡取りこそが、ご当主唯一の弱点、ということですね」


 そんな椎子の様子を見て、天森は実に愉快そうに言う。途端、椎子は怪訝そうな表情を浮かべた。


「肺助君、もう一度伝えるが、わたしは彼女らを、この正統陰陽師の血と技術、そして知識を継ぐ阿賀谷戸の力で、呪殺する用意がある。君の母上が無関係の子女を見殺しにできるように、わたしも実の娘と赤の他人の子供をこの手で殺すのに躊躇はない」


「……昔から呪術師はまともじゃないのはわかっていました。理解はできなくとも、納得はします」肺助は一瞬両親を見て言う。


「ただ、そこまでしてあなたは何がしたいのですか」


「阿賀谷戸の陰陽道こそ正統であると世に示す。この一代、阿賀谷戸天森で、阿賀谷戸の受け継いできた陰陽道の悲願を達成する。それだけだ」


「そのために、娘さんの命も厭わないわけですね」


「そうだ。っていうか、あんまりもう、娘って感じでもないけど」


 天森は臥せっている命香をちらと見た。肺助は溜息をつく。


「多分、会話しても理解できないと思います。ですが、やると言ったからにはやるんでしょう」


 そういって、肺助は改めて母親を見た。


「おれは母さんみたいに、誰かを犠牲にはできない」


「肺助さん。よく考えなさい。この人達はあなたの言う守りたいものを根こそぎ奪うつもりですよ」


 よく見れば、椎子の目に涙に似た何かが浮いていた。


「なに、ご当主、気にすることはありません。全部、阿賀谷戸正統陰陽師の呪術代行サービスが引き継ぎますよ」天森が平然と言う。


「あなたは黙って……」


「母さん、確かにこの先、いくらこの人がうちの呪術を引き継ぐと言っても、碌な目に遭わないのは目に見えてる」


 母の言葉を遮り、肺助は立ち上がった。


「肺助さん、だったら……」椎子は奥歯を噛む。


「だとして、どうして誰かを犠牲にしなくちゃいけない」


 肺助は声の大きさを俄かに上げて言い放った。


「思うところはある。だけど、うちを頼りにしている人も、それにこの土地だって、おれだけじゃなくて、いろんな人が大事にしてくれている。どんなにいい言葉で飾られようと、誰かに譲りたくはない!」


 合儀肺助はつい、命香の傍に寄っているノツルを見てしまった。ノツルは気まずそうに視線を逸らす。一瞬見えた、肺助のまさに苦虫を噛み潰したような表情は見るに堪えなかったからだ。


 ――そう、合儀家の土地は、合儀家、ひいては肺助や椎子だけのものではない!


「だが、譲ってやろう!」


 しかして、肺助は高らかにそう宣言した。


「何を言っているんだ? このまま君が抵抗すれば彼女たちの命はない……ん、今、譲ると言ったか?」天森ですら目を丸くする。


 椎子や肝悟朗すら驚きの表情でもって肺助を注視した。


「そうだ。譲ってやろう、阿賀谷戸天森さん。おれが守りたかったものも、母さんが大事にしていることも、うちの土地の権利も、呪術師としての顧客も、全部持っていけばいい!」


 合儀肺助のその発言は、命香たちだけでなく、合儀肝悟朗や天森すら想像していない答えだった。


 ――全員が全員、思う。


(こいつ……一体何を考えているんだ?)


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