風雲急を告げる
「肺助が、また新しい女を連れて帰ってきた」
合儀家宅の前で箒を手にしていた瀬路原ノツルは開口一番そういった。
「いや、まだ学校の時間なのにお前こそ何やってんだ」
と、肺助は返したが全部自分に帰ってくることに気づき顔を歪めて逸らした。
(っていうか、やっぱりおれはこういうことから逃げてきたんだよな……)
「え、ほんとにはいぴーってもしかしてモテるの? この見た目で?」
そして、肺助の背後からはそんな声が。ほかならぬ夜風和留である。
「微妙に傷つくからやめてくれませんか」
「でも、実家に女の子いるってどういうこと? あ、妹さん?」
かわいー! なんて和留は声を上げる。
「違います」
対して、ノツルは玄関先へまるで番犬の如く前に出ると、この田舎ではそうそうお目に掛らぬ黒ギャルを睨みつけた。
「なに、学校さぼったと思ったら……うーん、あの、やっぱりごめんなにがどうなってんの? 何がどうなったら女の子連れて帰ってくるの? どういうこと?」
と、肺助に問うた。ノツルは何とかして種々の不純な動機や流れを想定し、それらで肺助と目の前の黒ギャル夜風和留とを繋ごうとしたのだが、まるで無理であった。
「うーん、なんかこう、いろいろとあって……」
一方の肺助も、実はどうしてこうなったのかまるで説明が難しい。家にいたくなくて逃げ出し、駅前で迷子になっていた女の子を助けようと思ったら夜風和留と知り合い、なんかそのあと抱き合ったりしたあと殺し合いに発展し、今はこうして手を繋いで実家に帰ってきました、などと言っても信じてもらえるものか。
「っていうか、人前でイチャイチャするな!」
ひょん、とノツルは箒を振って肺助と和留の繋がれた手を叩く。ぶつかる寸前、流石に和留は手を離してそれを避けた。
「こわ。はいぴー、この人危ないよ」そして、肺助の背中に隠れた。
「あんたに言われたら終わりだろ」
日本刀をぶん回して人を真っ二つに割ろうとした人間が言っていいセリフではなかった。
「まあいいじゃん。なんかもう、朝から歩きっぱなしだし足疲れたー。ねー、お茶ぐらいいいじゃん」
そういって、肺助を盾に和留は家への突入を試みる。
「ちょっと、その子本当に何?」
ノツルは慌てて肺助の肩を正面から押してとどめる。
「待って、どういう状況……!」
肺助は思わず悲鳴を上げた。日本刀ぶん回し系ギャル夜風和留は肺助を背中から全力で押し、そのまま合儀家に突入しようとしている。他方、現役陸上部女子瀬路原ノツルは、顔を真っ赤にしながらなんとか肺助の胸に手を当てて、これ以上踏み込ませまいとしている。
「ねね、キミキミ、今チカラ抜いたら楽になるよ。どたーんって、倒れちゃいな。あたし、こう見えてキューピッドなんだ」
悪魔の囁きであった。
「騙されるか! わたしはおばさんにこの家の門番を任されてんの!」
ノツルは大声で言い返す。
「へえ、かっこいいじゃん。偉いねー」
「馬鹿にしないでください!」
「馬鹿になんかしてないよー。偉い偉い」
拮抗、否、和留の方が圧倒しているはずのこの押し合いであったが、突然形勢が変わった。急にノツルの押しが勝り、和留が後ずさる。
「なんでこの人わたしのこと子供扱いするんですか! 早く出て行ってください!」
ノツルはそう言いながら、ぐいぐい肺助ごと和留を押し出そうとする。
「でもさあ、やっぱはいぴーとしては、ちょっとか弱い方が好きな感じ? あ、駄目、あたし、負けちゃいそう……」
「何の話!」肺助は振り返って吠え付いた。
「その話詳しく」
「おい!」
「だってさあ、『さっき』あたしが力比べで負けてからすごく優しいじゃん。やっぱり男って、守ってあげたくなっちゃうか弱い方が好きになる感じ?」
「ちょっと待って、さっきから何の話してるの?」ノツルは肺助越しに黒ギャルに問う。
「あの、瀬路原、この人はいろいろと誇張して……」
「まあまあ、あたしははいぴーに興味ないからその辺の色々、教えてあげられるよ。セジハラさん? どう? 情報共有しない? あたし、友達同士くっつけるの超得意なんだけど」
それまで押されていた和留の足が止まる。ノツルは明らかに動揺していた。
「ひ、卑怯!」
「大丈夫だって、あたし疲れちゃったからちょっとお邪魔したいだけなんだけど。お茶ぐらい飲ませてよ。おしゃべりしながらさ。ね?」
「あ、肺助、なんかわたし疲れちゃったかも」
ノツルは急そんなことを言い始める。肺助は背後の夜風和留を睨んだ。剣の腕だけではない、ここまでいけば彼女も立派な呪術師に思えた。
「おい、あ!」
そういう間に、ふらふらとノツルは力を抜き、和留に押されるままに玄関に至る。鍵は開いており、あっさりと三人はその内側になだれ込んだ。
ぱん。
ドアが閉まった音だろうか。不思議なことに、三人は何かが断たれるような、不思議な感覚を味わった。顔を上げて玄関や周囲を見回すが、しかして何かが割れたり壊れたりしている気配はない。
「じゃあ、仕方なくですが、お茶の用意をします」
そういって、ノツルは玄関から家に上がろうとした、その時である。
「なるほど。これがあの人の計画ですか」
ぬう、と廊下から居間に繋がるドアを開け、一人の女が現れる。ほかならぬ家主、合儀椎子であった。居間からの光を受け、暗いこの廊下から玄関まででは、逆光となった彼女の表情も伺い知れない。
「まったく、野望潰えず、ということですね」
しかし、どんな顔をしているにしても、諦めや呆れ、そして何か悔しがっている様な、そんな雰囲気だけは理解できる。
「え、母さん、何?」
ただ肺助は椎子を見上げるのみ。対して、椎子は静かに首を振った。
「すべて、わたしの不徳の致すところ。しかし、まあ……」
椎子はふと、天井をぼうっと見上げて言う。
「わたしも、甘い夢を見たものよ」
「何が何だかさっぱりわからん」
「その通り。油断したな、合儀椎子」
男の声が、玄関のドアの向こうから響く。はっとして振り返った合儀肺助は、そこであまりにもあり得ないものを見た。
「え……もしかしてあなたは、父さん……?」
スーツ姿の筋骨隆々の男を見て、肺助は疑問符交じりにそう言った。対して、男は答える。
「その通り。久しぶりだな、肺助。そうだ、おれこそが、六年前この土地への立ち入りを〈九禁〉で絶たれた真の禁歌当主、合儀肝悟朗。返してもらいに来たぞ、合儀椎子」
玄関でミルフィーユのように重なっている息子と子女二人を一瞥もせず、合儀肝悟朗は言う。
「……おれのすべてをな」




