ほらー、事件なんて望むものじゃないんですよ
「あ……あ……」
合儀肺助はこの時、初めて本物の黒ギャルに相対した。そんな彼の頭に過るのは、テレビの街頭インタビューで面白おかしく紹介される黒ギャルの発言の数々だった。
『ネイル実家の猫と同じにしようと思って頑張ったのに、あいつ爪隠して全然見せねえの!』
『日サロに毎月十万円』
『カップ麺は断然水派』
こんな人間と仲良くなれる気が全くしない! むしろ恐怖であった。
(猫にネイルをし、日サロとかいう都会っぽい光る棺桶に身を沈め、カップ麺に水を注いで食べる! 分かり合えるわけがない!)
「少年、やめとけ、相手はこんなド田舎ではなく都心からやってきた未知の怪物だぞ!」
「おれ達田舎民には眩しすぎてよくわからん黒ギャルだ」
「あの女の子には悪いが、おれ達にはもう……」
そして、五、六歳の少女と黒ギャルを前に、出勤前らしいスーツの男たちは動揺を口々にし、どんどん距離を取っていく。
「ねえキミさあ」
黒ギャルはそう言うと、少女との間に立ち塞がりつつも、すっかり硬直した肺助の脇を通った。そしてついに少女の手を掴んでひねり上げる。流石の肺助もその行動には顔をしかめた。
(なんと恐ろしい生き物か。自分の半分ほどの年齢の少女の手を乱暴につかむなど!)
その瞬間、漸く黒ギャルへの恐怖が吹き飛んだ。躊躇っていた自分を愚かだと断じ内省する。
「おい、やめ……」
「そのお菓子、ホントうまそうじゃね! ねね、どこで買ったん? おねーちゃんに教えて?」
「様子がおかしいな」
肺助は思わず、黒ギャルと少女の間に入ることを躊躇った。よく見れば、黒ギャルは少女の手首をひねり上げるなどという凶行には至っておらず、やさしく手を握るのみ。
今、黒ギャルは地面に膝をつき、少女と視線を合わせてそう問うていた。
「おいしそうなお菓子じゃんね。おせーてよ、どこで買ったん?」
確かに、少女の手の中には駄菓子のようなものが握られていた。そのことを黒ギャルは訊ねているのだ。
「……わかんない」
少女は泣きそうになりつつも、黒ギャルに答えた。
「そっかー、わかんないかー。なら仕方ねえな。じゃあさ、ママは?」
途端、落ち着いていたはずの少女の顔に涙が浮かんだ。
「……わかんない……どっか、いっちゃった……ママ……」
すると、少女が泣き始める前に黒ギャルは彼女を抱きしめた。
「大丈夫、落ち着いて。おねーちゃんいるから大丈夫」そう言って、黒ギャルは少女の背をやさしく叩き、頭を撫でる。そんなことを十秒ほど、少女はなんとか泣き始めるのを堪えた。
「すごい、ママぢからだ」
「あれが黒ギャルの特殊能力、超コミュ力だと!」
「おれ達は見誤っていたのかもしれないな……黒ギャルという怪物の、怪物たる由縁を……」
周囲の男たちはそう頷きあい、やがて黒ギャルから離れていった。
「このままだと普通に会社に遅刻するし、迷子っぽい幼女をただみていただけで黒ギャルに後れを取ったなどと知られると社会的にまずいから逃げよう」
と、あまりにも身もふたもなく情けない言葉を残して。ただ一人、合儀肺助だけが逃げ遅れていた。
「よし、じゃあ、あたしがママ探してあげるから安心しな」
少女が落ち着いたとみるや、黒ギャルは改めて少女から身を離し、目をまっすぐ見て言う。
「ほんと?」
「ほんと! それにママだって探してるよ。キミ、名前は?」
「リオ……」
「よっしゃ、リオちゃん、ママ探そうぜ!」
黒ギャルの言葉に、少女の顔はどんどん晴れていく。
「うん!」
「それに、すぐに見つかるから大丈夫。全部おねーちゃんに任せな」
そして、ごく自然に黒ギャルは少女の手を取り立ち上がって、合儀肺助の方を見て頷く。
「だって、この町に詳しくて、お節介なおにーちゃんがいるかんね!」
びしり、と指まで向けてくる始末。肺助は露骨に動揺した。
「え……? どういうこと……?」
合儀肺助は目を丸くして、黒ギャルのことを呆然とみつめた。対して、まるで太陽のような笑顔を、にかっ、と彼女は肺助へ向けるのみ。
だが、対手の黒ギャルはともかく、すっかり晴れやかな顔になった少女をそのまま捨ておくことなど、合儀肺助にできるはずもなかった。
(だけど、確実に着実に、なんかこう、凄く面倒なことに巻き込まれている気がする!!)
何か家に帰らなくてもいい事件の発生すら望んでいた肺助は、早速おのれの浅薄な思考を呪った。




