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呪術恋愛戦線 山奥に隠れていた陰キャ呪術師の俺が都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ  作者: 杉林重工
二章 彼女の名前は瀬路原野弦

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ナイススイング正隆ゴルフ場建設未遂事件の終わり

 こうして、合儀家を襲った初の本格呪殺未遂事件『ナイススイング正隆ゴルフ場建設未遂事件』は終結した。


 とはいえ、各所に禍根が残ったと、合儀肺助は思っている。


 あれからまだ、一晩しか経ってはいない。そんな早朝、錫杖を手にランニングから帰る道のりで、肺助は思う。


(あれで本当に、全部解決したのだろうか)


 確かに、なんか納得した風にナイススイング正隆は消滅した。肺助にしてもそう感じたし、より詳しいであろう阿賀谷戸命香も心配なさそう、と言っていた。自分より遥かに呪いについて詳しい命香が言うなら間違いないはず。


 だが、ずっと肺助はもやもやを抱えていた。


 理由は明白だった。事件が解決したそのものに対してではない。


(おれは、ずっと無力だった)


 今回の一件は、命香を退けたときのように単純ではなかった。ノツルを巻き込み、あまつさえ、ナイススイング正隆の居場所すら自分一人では見つけることができなかった。


(何が、守るだ……)


 肺助は力不足を痛感していた。呪術師同士の殺し合いは恐ろしく陰険でわかりずらい。

 もっと強くならないと、この先また新しい呪術師が出てきた時対抗できない。


(でも、どうやって?)


 今更、阿賀谷戸命香に呪術を習ったとしても、どこまで学べるだろうか。そもそも、何故彼女が協力してくれているのかも不明である。母親も、結局のところ禁歌しか知らず、呪い合いについては全く無力であることが判明している。


(この先、おれはきっと、独りで戦うしかない)


 いまだに粉砕されたままの表札を過ぎ、肺助は自宅のドアノブをきつく握る。暗い気持ちが頭蓋骨の内側一杯に広がっていた。だが、ずっとこうしているわけにもいかない。彼は重く引き摺るようにドアを開けた。


「ただいま帰りました」


「おばさん! 朝ごはんの準備、完了しました! です!」


「ありがとう。じゃあ、お茶の準備もしてくれる?」


「……様子がおかしいな」肺助はつぶやいた。


 玄関にはすでに、本日の朝餉であろう味噌汁や白米の炊ける匂いが充満していたが、それに交じって賑やかな会話が跳ねていた。


「やっぱり、三人もいると準備も早いわね」


「おばさんの指示がすごいからですよ! わたし、感動しちゃって。わたしも、おばさんみたいになれるでしょうか」


「なれるわ、きっと……ノツルちゃん……本当にいい子……」


「ちょっと、わたしも頑張ったんですけど! お義母さん!」


「どうなってんだよ!」


 台所に駆け込んだ肺助は思わず怒鳴った。


 食卓の周囲には、エプロン姿の三人の人影、母・合儀椎子、妹弟子・阿賀谷戸命香、『???』・瀬路原ノツルがいた。


「肺助さん、お帰りなさい」「お帰りなさい」「おかえり!」


 これまた、椎子と命香とノツルは同じタイミングでそう言った。


「いや、あの、状況を説明してください」


 肺助は目を白黒させながら言う。


「なんだこれ……呪い……いや、なんかもう悪夢かもしれない」


 肺助は三人と食卓を眺めてそう形容し、何度も目を擦った。


「とりあえず、瀬路原は帰った方がいい。まだわからないのか? この二人はまともじゃない」


 肺助は呪術師二人に挟まれたノツルにそう語り駆ける。ところが。


「いいえ。いいですか、肺助さん」


 椎子は、ずい、と前に出て肺助に言う。


「ノツルちゃんには、『その資格』があります」


「……『その資格』が……ある……?」


(どの資格だよ!)


 理解不能であった。肺助はあんぐりと口を上げて、母の次の言葉を待った。


「そもそも、呪われている可能性がある人を、簡単に市井に帰すのは逆に危険です。そこで、なんとかわたしからお願いして、ご家族を説得し、うちで修行をしていただくことになりました」


「ちなみに、わたしも家族も二つ返事でオッケーしました」


「それは説得じゃないだろ」


「わたしは少し反対ですが……」命香が小声で言う。


「というわけで、これからノツルちゃんもうちで呪術を学ぶ妹弟子です。弟子なので一緒に住みます」


「なんか滅茶苦茶デジャブなんですけどこういう話……」


 肺助の背筋が冷え、恐怖なのか緊張なのか汗が浮く。


「さあ、肺助さん。ご飯にしましょう」


 椎子が促す。


「そうだよ肺助。なんか色々あったけど、これからもよろしくね!」


 そういうと、ノツルは肺助の右手に自身の左手の指を絡め、腕を巻き付けるように身を寄せた。そのままノツルの左肩は、まるで撫で上げるようにして肺助の上腕を這う。思わずノツルに視線が動いた肺助は、上目遣いにこちらを見る、潤んだ瞳を認識する。


「なに? 恥ずかしがってんの? ばかみたい!」そう言って、太陽のような笑顔を向ける。


 ついで、鼻腔が彼女のシャンプーか何かの匂いを感知する。緊張して固くなった全身、特に腕は、指先は、彼女の感触を今、遅れて脳に刺激として返す。途端、耳まで熱が通うのを肺助は感じた。


(勘弁してくれ!)


 肺助は唾を飲んだ。


 その時、合儀肺助が思い出すのは、すっかり古びた記憶達。


『すごいね肺助くん! 本当ににゃんこがこっち来た!』

『ありがとう! ちゃんと鞄、見つかったよ!』

『肺助くん、大丈夫? ほら、この前おばさんに怒られてたでしょ? 今度はわたしが呪文使ってあげるね!』

『大丈夫だよ! わたし、ずっと肺助くんのこと見てたもん!』

『肺助くんがすごいってこと、わたしだけは知ってるよ』


「ノツル……」


「え、情緒滅茶苦茶じゃん。どうしたの?」


 ず、と鼻水を啜って顔を逸らした肺助に、ノツルはその大きな瞳をさらに広げて驚いて見せる。


「ほら。まずは顔やばいから拭きな」


 右手で食卓の上のティッシュを数枚とると、肺助に差し出す。肺助は震える指先でそれを受け取り、顔を拭った。そして、漸く彼は、おのれの顔面からやばい量の液体が吹き出ていることを知った。


「もー、やっぱり先輩とかに肺助は預けてらんないね。大丈夫、わたしがいるよ」


 この先、合儀肺助が直面する問題に、瀬路原ノツルに何かができるわけがない。それはわかっている。だが、それでも、なぜかこの時合儀肺助は、自身の涙腺が勝手に収縮し涙を絞り出す運動を止めることはできなかった。故に、少しノツルの腕が緩んだ隙に、大きく身を翻した。


「ごめん、頭冷やしてくる!」


 そして、肺助はくるりと三人に背を向けて走り出した。


「ちょっと肺助!」「肺助さん!」「どうしたの?」


 三者三様、誰がどれを言ったのかわからないセリフを背に受けつつ、合儀肺助は家を飛び出した。


「逃げた!」


 そんな声が最後、玄関口で肺助の背を刺した。


 その通りであった。


 合儀肺助はいよいよ、脳の処理の限界を超えて逃げたのである!


(それに、ノツルには何となく何かが悪い気がするが、これ以上なんかあの状態のおれとノツルを阿賀谷戸先輩には見せたくないような気がしないでもない!)


 この期に及んでしかし、合儀肺助の目は情けないことに、腕を絡め指を組み合う幼馴染二人を前に、スポーティーなタンクトップとショートパンツという、相変わらず胸の曲線と豊満さを隠さぬ凶悪なスタイルを誇示する彼女の姿を克明に視ていたのである。特に彼が記憶してるのは、そんな阿賀谷戸命香の、もはや形容しがたい『どんより』とした表情と視線である。


(どういう感情なんですか先輩は!)


 そして、こうも思う。


(勘違いしていいんですか……? 否、この場合勘違いが正だった場合勘違いではないから確信? 確信していいのか? 思い上がりではないか?)


 合儀肺助は走った。走りに走り、疲労と困憊により、あらゆる邪な考えができないほどになるまで、全力で走った。


 ――そして、その二時間後。


 日に焼けた褐色の肌に、見事な金色に髪を染めた女子高生、夜風和留と出会い、彼女の胸の中で慰められ、最上級の幸福な時間を覚えることになる。


(もうここで、終わってもいいかもしれない)


 それが、『新たなる敵』の策略であるとも知らずに。


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