グリーン・グリーン
「ナイススイング正隆が、二人……!」
命香は思わずそう呟いていた。本来の彼女の計画でもそうする予定ではあったが、こうしてやはり、同じ人物が二人並んでいるのは奇怪でしょうがない。ただ、問題は二人目を呼んだのが自分ではないこと。
「肺助さん、呪いに詳しくないんだからそういうことをあなたがしても何も解決は……」
しかし、命香の言葉を押し退けるように、ナイススイング正隆同士が向き合った。
「うーん、命香君を守るために肺助君自身が呪いを被るとは。英雄的行為ではあるが……じゃあ、約束通り、ノツル君の呪いは解くから、あとは君に任せたよ」
ノツルのナイススイング正隆がやれやれ、と肩を竦めて肺助のナイススイング正隆へ言う。
「いや、君だってわかっているだろう。男を依り代にしてもつまらない。わたしが消えるから、君が残ってはくれないか」
肺助のナイススイング正隆がノツルのナイススイング正隆へ上から目線で言う。
「なんだと、君こそ、後から出てきていけしゃあしゃあと、先に出てきた私の言うことに従えないのか」
「何が先に出てきた、だ。わたし達に優劣はない。お互いに、ナイススイング正隆的にしっくりする行動をとろうじゃないか。男を依り代にするのはつまらないというのはわかるはずだ」
「何を言っている。わたしは式神である前にやはり呪術師だが、呪術師以前にそもそもゴルファーであり、つまりは紳士だ。約束を違えることなどしない。消えるのはわたしだ」
「何をいまさら欲望にまみれた願いのためにスマホ式神になって半端に蘇った奴がかっこつけおって!」
「うわあ、本当に喧嘩してる……」そして、命香は計画通り、或いは恫喝に含めた通りとはいえ、本当に二人のナイススイング正隆がしょうもないことで喧嘩をし始めたことに顔をしかめた。
「落ち着け。二人とも。おれから提案がある」
そんな二人のナイススイング正隆に、肺助は語り掛けた。
「おれは、お前達にキャディとかいうわけのわからん仕事を頼もうとは思わない。どっちが残るべきか決着がつかないなら、とりあえずゴルフでもしたらいいんじゃないか」
「なんだって?」「なんだって?」
二人のナイススイング正隆は、同時に言った。
「ここを、ちょっとしたゴルフ場にしてもいい。お前らは気持ち悪いし好きになれそうにはないが、手伝ってやってもいい。道具ならある」
肺助は例の小屋を指した。チェーンソーや斧など、簡易的な林業ができるだけの道具はある。
「いいのかい?」ナイススイング正隆が言う。
「あんたらがうるさいからな」
「ほう、面白い。わたしの主が言うのだから仕方がないし、やってやろうじゃないか」ナイススイング正隆(肺助)もういう。
「え? え? どういこと?」この状況、たった一人命香だけが置いていかれ、
「じゃあわたしも手伝います!」とノツルは手を上げ、
「そうね、ノツルちゃんは昔、うちの森の整備、ちょっとだけ手伝ってくれたものね」といつの間にか合儀椎子もそこにいた。
「木を切り倒してスペースを作るぐらいしかできないと思うけど、いいか?」
「構わん。本物のゴルファーはコースを選ばないからね」と、ナイススイング正隆は言い、
「その通り。クラブは式神だからなんか勝手に出てくるし、好きにさせてもらう」と、ナイススイング正隆(肺助)は言う。
そうして、合儀家の敷地内でちょっとした林業が始まった。正隆たちとなるべく平坦な場所を見つけ、邪魔な木々を伐採することにした。
主に、椎子と肺助が中心になって邪魔な木を切る。それを命香は縄でくくって邪魔にならないところへ運搬する。
ノツルは箒で落ち葉を掃いて、なるべく邪魔にならないように、そしてコースの形が見えるようにした。
正隆たちはお互いに、今できる範囲で考え得るコースの特徴について言い合いながら、肺助たちに指示を出し、時に自分達でも小枝や石ころの掃除をした。
丁度昼、十二時。
こうして、合儀家の敷地内に、ゴルフ場が建設された。
「いや、二百ヤード(約百八十メートル)ぐらいしかないじゃないか……」
しかもでこぼこで見栄えも悪い、と絶望してナイススイング正隆は言った。
「しかもコースも一つだけだ。全然グリーンじゃないし、これじゃ神になれない」
ゴルフ場なんて口が裂けても言えないぞ、とショックを隠さずナイススイング正隆(肺助)は言った。
「文句があるなら今すぐにでもスマホを壊す」
むっとして合儀肺助は言った。すると、二人のナイススイング正隆は静かになった。
「まあいい。勝負だ、ナイススイング正隆」
「いいだろう。受けて立つぞナイススイング正隆」
もはやどっちがどっちかわからない二人はそう言いあうと、クラブを取り出した。
「あー、汗かいた。命香ちゃんとノツルちゃん、一緒にシャワーでも浴びに行く?」
椎子は興味なさそうに二人の少女に笑いかけた。
「はい、行きます!」と命香は答え、「わたしも行きたいです」とノツルも応ず。
「よし、じゃあわたし達は帰ってるから」
そういって、三人は早々に椎子の運転する車に乗って下山した。
一人残った合儀肺助は、二人のナイススイング正隆のゴルフを眺め続けた。何度か、ひょん、という心地よいスイングの音がし、時折鳥の鳴き声がぎっ、ぎっ、と森を抜けていく。木が減ったおかげか、風も心地よかった。
そんな時間が、三時間ほどが過ぎた頃合い。椎子たちが戻ってきた。
「まだやってるの?」命香がやや呆れ顔でいう。
「はい。何が楽しいのかわかりませんが」肺助は正直に答えた。
やっぱり十八ホールやってこそのゴルフだ、とか言ってましたよ、と付け足す。
「結局、ホールって何なんだろうね。前に一度、ずーっと話されたんだけどよくわかんなかった」顔色がよくなったノツルも頷く。
「ほら、肺助さん。みんなでお弁当作ったから食べましょう」
椎子はレジャーシートなどをひいて誘った。椎子は大きな鞄の中から、おにぎりが入った容器を次から次取り出した。
「こんなことまで……」肺助は呆れてしまった。遅いと思ったらそういうことか、と笑う。
「いいでしょ。わたしも、朝からご飯食べてないし」
どっかの誰かのおかげで、儀式しっぱなしで寝てもいないし、と命香。そんな彼女はすでに、おにぎりを一つ齧っていた。
「ごめんなさい……」ノツルは慌てて謝った。すると、命香はふふ、と笑った。
「別に。いいよ」命香はノツルに微笑んだ。肺助の知らぬ間に、少しは仲が良くなったようである。
「先輩は寝ててもいいと思いますけど……」
そして、肺助もまた、おにぎりを食べながら考えを口にする。なにせ、彼女は確かにある種、最大の功労者であるからして。
「でもね、肺助。先輩って実は、車の中でめっちゃ寝てたよ」ノツルは麦茶を肺助に渡しながら告げ口した。
「あの、ノツルさん、そういうのは……」命香が顔を赤くして手を突っ張る。
対して、ノツルはにやりと笑んだ。
「なんか先輩、意外にほっぺもちって感じがして可愛かった」
「やめてください、もう!」急に顔を真っ赤にして命香は言う。
「えー? おばさんにもそういうのは教えてよ! 写真は?」さらに椎子まで参加するのだから話が面倒になり始める。
「ところで、麦茶もいいですが、ゴルフ観戦にはビールも大事ではないかな?」
「その通り。それに、その土地ならではの食事も大事ですぞ」
「お前らはゴルフしてろよ」
いつの間にか混ざろうとしているナイススイング正隆たちに、肺助は冷ややかな視線を送る。
「まあまあ。いいじゃないですか」椎子は笑いかける。
そんなこんなで、時間は賑やかに、冷ややかに過ぎていく。
ひゅん!
ずっと鳴っていたような気さえする、そのスイング音がぴたりと止んだ。夕方、真っ赤な日差しが荒く作られたゴルフ場を染める。
「でね、お洗濯してた時に気づいたんだけど、命香ちゃんのブラ、これがまたおっきくて……」
「あの、お母さん、そういう話はちょっと」
「おばさん、それ普通にセクハラですよ。肺助もいるのに」
「ごめんね、でもおばさん、ノツルちゃんの味方でもあるから」
「な、なんのはなしですか……!」
そんな会話が大きく聞こえた。四人はあることを察す。
そしてふと、ノツルは顔を上げた。そこに、ナイススイング正隆が一人、立っていた。
「……あなたは、どっちですか?」
ノツルは恐る恐る訊ねた。




