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呪術恋愛戦線 山奥に隠れていた陰キャ呪術師の俺が都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ  作者: 杉林重工
二章 彼女の名前は瀬路原野弦

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突入せよ、突入せよ

 一晩掛った呪い返しに疲れた身を、改めて川の水で清めた阿賀谷戸命香は、小屋を片付けて身支度し、帰途についた。


 合儀家に付属する『会館』は、合儀椎子が呪術を執り行ったり、客をもてなしたりするほか、宿泊施設としての側面も持つ。当然風呂なども完備されており、現代人として、命香は改めてそちらでもシャワーを浴びる。シャワーの湯や、シャンプーの泡、石鹸の香り。禊などとはまた別種のさっぱりした感覚が髪の間や皮膚を刺激する。


 そして、タオルで髪や体の水分をふき取り、ドライヤーで乾かす。ふと見た鏡に、やつれた表情の自分が映った。顔色も悪い、目元も暗い。当然である。一晩起きていただけではない。呪術を行使していたのだ。仕方ない。


「……大丈夫。まだできる」


 そう自分に言い聞かせ、深呼吸。命香は、あらかじめ用意していた緋袴や真っ白な小袖、耐呪術に優れた真黒な羽織を着こむ――合儀肺助との呪い合いと同じ服装であった。


 時刻を確認する。午前十時。まだ、大丈夫だろうと踏んだ。あてがわれた自室に戻り、懐に五鈷杵、念珠、各種呪符を用意し、こっそりと会館を出る。


「先輩、どこへ行く気ですか」


 そんな彼女の背中に声がかかる。丁度、会館を出てすぐの角で待ち伏せをされていたらしい。


「……学校、行ってないんですね」命香は振り返らず、言う。相手は、合儀肺助だった。


「ナイススイング正隆とのまだ決着はついていない。そうですよね」


 肺助は命香に問うた。彼もまた、黒の法衣に身を包み、錫杖を手にしていた。


「肺助さんは呪術師同士の殺し合いに慣れていない。呪い返しも知らない呪術師が、これ以上関わるのは危ないですよ。わたしに任せてください」


「先輩がそういうのは、多分違う意味でしょう。おれにもわかります」


「ナイススイング正隆は、名前こそバカバカしいですが、その実力は本物です。二十代の頃に、九州のとある地方で闇ゴルフ場建設の地鎮で才能を開花させて以来、あんな感じになっちゃったらしいけど。それでも、完全オリジナルの真言を唱えて、それで呪術を成立させるなんて、並大抵の相手ではありません。来ない方がいいですよ」


「それくらい、殺されかけたんだからわかってます。でも、先輩は今、一人で全部背負おうとしている。それは、おれにはもう見過ごせない」


 肺助は唾を飲み、言葉を継ぐ。


「相手は、ナイススイング正隆だけど、瀬路原も関わっている。そうでしょう。変な夢を見ました。ですが、あれが夢で終わるとは思えない」


 対して、命香はしばし黙っていたが、結局、諦めを持って溜息をついた。


「……覚悟ができているなら、いいです。何があっても、何を見てもわたしの邪魔をしないこと」


 命香はわずかに肺助を振り見、そしてついてくるように促した。


 合儀家から少し歩くと、大きな一軒家の多い住宅街に差し掛かる。


「多分、ここが敵の呪術師の本拠地でしょう」


 命香は、とある家の前に立ち、その表札を指す――瀬路原。肺助は静かに頷いた。


「瀬路原は、あいつを匿っているのか?」


「どうでしょうね。それから、少し強引な手を使いますが、諦めてください」


 そういって、インターホンを押す。女の声が応答した。瀬路原ノツルの母だろう。


「ノツルさんの友達です。学校から頼まれて、来ました」


 まだ午前中なので、嘘にしては下手なきらいもあるが、相手は簡単に外へやってきた。


「あの、ノツルちゃんは今日、外に出たくないって……」


 外に出てきたノツルの母の額へ、間髪入れずに命香は取り出した呪符をぱしり、と張り付ける。そしてそのまま刀印の指の形でもって真横に薙げば、ノツルの母は足元から崩れる。それを、命香はやさしく受け止めると、そのまま玄関の奥へ押し込み、丁寧に横たえる。


「失礼します」


 命香は履物を脱いで家に上がる。肺助もそれに倣いつつ、こっそりノツルの母の様子をうかがった。意識を失っているが、呼吸はある。


「長くても一時間ぐらいだから大丈夫。これでも、あなたの知り合いを傷つけたことになる?」


「いや、気にしないでください」


 肺助は首を振る。命香はその様子をちらと確認した後、さらに家の奥に入る。


「誰かを匿うなら、二階にいくつか部屋があるはず……」


 肺助の助言を聞く前に、命香は二階に通じる階段を上っていた。そして、一つの部屋に至る。


 慌てて追いついた肺助はしかし、命香が開けようとしている部屋を見てぎょっとした。


『野弦の部屋』


 小学生か、幼稚園生の頃に作ったであろうプレートがかかったドア。


「待て、相手はナイススイング正隆だろ? え、同じ部屋に二人が……」


 肺助はさすがに動揺した。相手は四十代後半の男、かたやうら若き花の女子高生である。


「……ショック、受けるんだ」命香は言う。


「だから、来ない方がいいって言ったのに。ちなみに、呪い返しが成功した以上、逃げるのは無理だと思うから、間違いなくここにいるよ。どれだけ痛いかは、肺助さんが一番よく知ってるだろうけど」


「まさか、そんなことが……」


 命香は肺助の動揺を置いて、躊躇なくドアを開けた。途端、猛烈な腐臭、獣の死体を彷彿とさせる異臭が吹き出、二人は鼻を覆った。しかし、目はその中から逸らさない。


「……やっぱりね」


 命香は部屋の容態を見て頷く。対して、肺助は命香を押しのけて部屋に入ろうとした。


「ノツル!」


 部屋の中央、そこに、ベッドから転がり落ちたらしい瀬路原ノツルたった一人が、浅く呼吸を繰り返しながら倒れていた――何を考えていたのか、黒い法衣に身を包んでいる。そんな彼女の手足に、無数のゴルフボールの痣があった。奇異なのは、その手足を異常な方向へ曲げ、全く動かないこと。まるで枯れ木のふりでもしているようだった。肌の色も青黒く、顔は苦悶の表情のまま動かない。


「おい、ノツル!」肺助は堪らず声を上げて彼女の傍に寄ろうとしたが、命香がそれを手で制す。


 代りに前に出た命香は、素早くノツルの額に、胸に、腹に、手足に呪符を張り、傍に座り込んでから手印を結ぶ。


「オン・キリキリ・バザラ・ウン・ハッタ」と真言を複数回唱えると、突然ノツルは全身から力が抜けたようにその異様な姿勢を崩した。同時、ほとんどしていなかったらしい呼吸が再開され、その胸が大きく上下した。


「ノツルは……」


 しかし、それには答えず、命香は部屋中の引き出しを開け、その中身を検めていた。


「せ、先輩……何を?」


「探し物。必要なことだから、後でノツルさんにも謝る。でも、今は時間がないの。ノツルさんは多分、これ以上は対処のしようがない」


 肺助は改めてノツルを見た。今は静かに寝ているようだった。顔色や痣を除けば。


「対処のしようがないってどういうことですか。そうだ、ナイススイング正隆はどこですか。あいつ、動けないはずなのに!」


 肺助は命香へ半ば詰め寄る。命香は手を止め、肺助に向き直る。そして、彼の手を握り、目を見た。


「聞いて、肺助さん……ナイススイング正隆は、いないの」


「え?」


 流石にそれはないだろう、と肺助は思う。何せ、殺されかけた本人であるからして。


「ナイススイング正隆は、確かに有名で、実力もあったはぐれ呪術師だけど、二年前に自殺したの。それでね」


 肺助の手が、より強く握られた。


「彼が死ぬ直前まで研究していた呪術が、スマホを呪符に見立てた式神術なの。それなのに、自殺した彼の遺留品に、スマートフォンは一つもなかった。この意味、わかるでしょ?」


「じゃあ、おれが戦っていたナイススイング正隆は……」


「呪い返しは当然、術者に行使される。もしもナイススイング正隆が生きていたのなら、当然死にかけているのは彼のはず」


「だけど、呪い返しを受けたのは瀬路原、ですよね」肺助はノツルを見つめて言う。命香は頷いた。


「でも、あの痣はナイススイング正隆の呪術で間違いないと思う。形代を使った呪いとはいえ、伝統的な刃物や毒を使わずに人を傷つけるなんて普通は無理。だから、なりすましでもない。じゃあ、どういうことか、肺助さんにもわかるでしょう」


 ノツルは、続きを肺助に促す。肺助は、恐る恐る結論を述べる。


「……ナイススイング正隆は、瀬路原が使っていたスマホ式神なのか」


 震える声でそう言う肺助へ、命香は頷く。




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