一つ屋根の下先輩とチョコレートパフェの味
合儀肺助の晩御飯は、相変わらず味がしなかった。別に、チョコレートパフェ(半分)を食べきっていたから、とかそういう理由ではなく、相も変わらず嫁姑ごっこをする実母と、学校の先輩が目の前にいるからである。
「今日は帰りが少し遅かったから心配したのよ」自身の皿に盛られたぶり大根を箸で切り分けながら、合儀椎子は言う。
「もう、お義母さまったら過保護なんですから。高校生なんですから、少しぐらいそういうこともあります」命香は高野豆腐を口に運ぶ。
「なーに、二人で内緒のお出かけだったりしたの?」
「ふふ、勿論それはヒミツです!」
「まー!! もう、何々、どうしたの? お義母さんにも教えて!」
きゃっきゃっ!
(よっぽどおれより母さんが先輩とイチャイチャしている……!)
肺助の頭に過るのは、自身を『嫁』と自称した阿賀谷戸命香のことだった。相変わらず家の利権を狙ってこの家に残留しているのか、呪術を学びたいという向上心からまだいるのか、それとも……!
(だめだ、先輩のドルフィンパンツから見える太腿が気になってしょうがない!)
相変わらず、家の中の命香の格好はラフであった。着古したシャツはややサイズが小さく、へそあたりが見えそうで見えない。
(どうしてあんなにサイズの違う服を……いや、そういえば先輩はまた大きくなっている、といった旨の話をしていた。そういうことか……?)
と、視線を彼女の腰から上にあげようとして、肺助は頭を振った。煩悩退散、煩悩退散。
「ごちそうさまでした」
肺助はいちゃついている二人より早く食事を終えると、素早く席を立った。
「あら、少し早いわね」
「ちょっと長めに走って、夜の修業をします」
「そう。気を付けてね」
あまり気にした様子もなく、椎子は肺助を見送った。
別に問題はない。肺助は真っ白な道着に着替え、下駄を履き、錫杖を手に外へ出た。午後八時前。少し走れば、あっという間に森の中。時間以上に闇夜が視界を覆い、たった一つの月明かりが強烈に差して見える。
時節は五月末。都会ではすでに夏日を観測、などと言われているが、標高もあってか、この辺りは夜になるとまだ寒い。
そんな中でもきちんと、肺助は『持禁』に基づき、敷地内を流れる川の傍に作られた小屋の中で禊の準備をする。小屋には一応電気が引いてあり、玄関の荷物置きだけは裸電球一つだが、灯りが取れる。
(今日のチョコレートパフェ分を清算しつつ、気持ちを新たに心身を削ぐ)
肺助は決意を新たに、道着を脱ごうと手を掛けた。小屋は主に三つの部屋で構成されている。玄関兼荷物置き、それから祈祷や儀式ができる部屋、それと禊用の三つである。合儀家の習わしでは、一度儀式用の部屋で祈祷し、小屋の水で身を清めてからと川に入り禊をすると決まっている。
「失礼します」
ところが、そんな肺助の背中に声がかかり、小屋の戸が開く音がした。
「阿賀谷戸先輩!?」
はっとして振り返った肺助の目に入ったのは、同じく真っ白な道着に身を包んだ阿賀谷戸命香だった。黒いゴムで髪を一つ結びにし、平然と入ってくる。
「あの、どうして先輩が……」
そういってから、肺助は目を逸らす。
「お義母さまから、こちらで禊をしてから修行をなさいと伺ったので。わたしも、肺助さんと同じく呪術師として修業をする身なんですよ」
忘れたんですか、と命香は首を傾げ、そのまま、肺助の隣の棚に荷物を置く。
「え、ああ、そうですか……」
対して、肺助は歯切れ悪く返事をする。視線は彼女に行ったり、床の簀の子を見たり、壁やら天井やらと落ち着かない。
「ところで、一応、おれはここで道着を脱いだりするんですが……」
「そうですか。わたしもですよ」命香は手にかけていた念珠を外しながら言う。そして、自身の道着の首元に指を掛けた。
「あっ……」
肺助は消え入りそうな声を漏らして、それ以上何も出なかった。
(阿賀谷戸先輩が、この小屋で、脱ぐ!)
肺助は思わず唾を飲んだ。煩悩退散どころではなかった。
「どうしたんですか、先に行かないですか?」
肺助がちらと命香の様子を伺うと、彼女は不思議そうに首を傾げていた。まだ脱ぎ切ってはいない。だが、その道着の隙間から見える、もうこれは見えちゃまずいだろ、という胸元の白い肌に、肺助は露骨にたじろいだ。
「あ、はい、それはその! すぐに!」
肺助は認識を改めた。肺助と命香が同時に、ということはない。とっとと肺助が身を清め、そのあとに命香がすればよいだけのこと。肺助は己の浅はかさを呪った。
「そんなに時間がかかるなら、わたしが先に」
ばさり。道着が脱ぎ捨てられる音がする。肺助は慌てて顔を逸らし目をきつく閉じた。
「おっと!」
合儀肺助は思う。緩いシャツから見える胸元やドルフィンパンツから突き出た太ももなどに喜んでいる場合ではなかった。今、音を聞くに阿賀谷戸命香が肺助の隣であっさりとその道着を脱ぎ、畳み、棚に収めている。
(もう、何かの罪とか罰に問われてもいいかもしれない……だって、仕方ないじゃん、禊だもん)
肺助は今確かに、Fカップ(自己申告)の阿賀谷戸命香がその胸を五月末、この山中の小屋の中の冷気に曝すところを思わずじっくりと見ようと……ところがその時、ふと玄関を風が吹き去ったように感じる。裸電球が揺れた。
「いってえぇ!」
そして、突然爪先に走った激痛に耐えられず、肺助は玄関に敷かれた木製の簀の子の上に倒れ込んだ。
「なんだこれ、これが、罰……?」
「罰って何、どうしたの?」
ぱっと顔を上げた肺助は、すっかり道着を着込み、眉を顰める命香と目が合った。
「いや、なんか今、足が滅茶苦茶痛くて……」その痛みは、まるで打撃。しかも、じりじりといまだに皮膚をこするように、しかし不思議と、じっと肌を貫き、肉を蝕もうとしているようでもあった。
「もしかして、なにかいやらしいことでも考えてた? 下から見ても何もないよ」命香は倒れた肺助に向かって肩をすくめた。
「違うんです! だって……痛ッ!」
肺助の足に、再び激痛が走る。流石に命香もそれを異常と捉えた。
「ちょっと見せて」
肺助は恐る恐る、激痛の走った右足を伸ばす。その足の甲と脹脛に、見覚えのない、赤黒く丸い痣が複数個ついていた。
「何これ」「……呪いだ」
肺助の反応と異なり、命香はそれを確かに呪いと断じた。
「誰かが今、肺助さんを呪殺しようとしてる」




