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呪術恋愛戦線 山奥に隠れていた陰キャ呪術師の俺が都会から来た陰陽師美少女に狙われる異能バトルラブコメ  作者: 杉林重工
二章 彼女の名前は瀬路原野弦

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はじまる幼馴染と

 呪禁師の一日は、日の出とともに始まる。日の出とともに目を覚まし、外に出て駆け足で修練場へ出向き、川辺に至り禊をして身を清め、野に出て自然の空気と自分を綯交ぜにする。卜占で得た方角に出向き、太陽に向かって座禅を組み瞑想する。或いは真言を唱えるなどをして心身を調える。


 そして、下山ののち、川の水で身を清めてから小屋で一休憩。そのあと、家に帰るのだ。これが、主な合儀肺助の呪禁師としての持禁の一環である。


 だが、この日。家の前で肺助は足を止めた。


 合儀家の表札が、ない。


 それは、肺助自身が破壊したからである。昨晩はいろんなことがあった。いつの間にか黒髪ロングのFカップ女子高生(清楚系の先輩)と結婚したことになっていて、当然それはまやかしであった故、なんとかその悪しき『まじない』を看破した肺助は、いよいよその張本人と対決、勝利した。


 だが、その勝利の代償は大きかった。


 肺助はその表札のない家の前と同じく、何か大事なものが欠けた気持ちでそこにいた。


(違う! あれは忘れろ!)


 首を激しく振って、邪念を払う。


(おれは、この家や土地の人たちを、守る。それでいいんだ。何が結婚だ、何が清楚系なのにちょいちょい動作がかわいい先輩だ、惑わされるな。これから先、また別の呪術師がここに来るらしいが、負けはしない。今日からおれの新しい日々が始まるんだ)


 肺助は大きく深呼吸して気を落ち着け、家のドアを開けた。


「ただいま帰りました」


「お義母さま、お味噌汁の味見、お願いしてもいいですか?」


「もちろんよ。いただくわね!」


「……様子がおかしいな」肺助はつぶやいた。


 玄関にはすでに、本日の朝餉であろう味噌汁や白米の炊ける匂いが充満していたが、それに交じって賑やかな会話が跳ねていた。


「おいしい! やっぱり命香ちゃんはお料理が御上手ね」


「いえ、お義母さまの教え方ですよ。こんな素敵なお家の娘になれて、わたし、幸せです」


「命香ちゃん……本当にいい子……」


「どうなってんだよ!」


 台所に駆け込んだ肺助は思わず怒鳴った。


 コンロの前には、ぴったりと身を寄せ、肩を合わせながらみそ汁の味見をしあう嫁姑……ではなく、母・合儀椎子と『???』・阿賀谷戸命香(長い髪を一つ結び、制服+エプロンの姿)がいた。


「肺助さん、お帰りなさい」「お帰りなさい」


 これまた、椎子と命香は同じタイミングでそう言った。


「いや、あの、状況を説明してください」


 肺助は目を白黒させながら言う。


「それとも、これは夢の続きか……? いや、呪いだ! またくだらない呪いを……」


 肺助は命香を頑張って敵とみなして睨みつけた。ところが。


「いいえ。いいですか、肺助さん」


 椎子は、ずい、と前に出て肺助に言う。


「命香さんには、見所があります」


「……見所が……ある……?」


 理解不能であった。肺助はあんぐりと口を開ききり、母の次の言葉を待った。


「そこで、お帰りいただく前に、合儀家の呪術を学んでいかれるよう、説得しました」


「ちなみに、わたしは二つ返事でオッケーしました」


「それは説得じゃないだろ」


「というわけで、これから命香ちゃんはうちで呪術を学ぶ妹弟子です。弟子なので一緒に住みます」


「わたしから、月謝をお家賃込みで毎月百万円ほどお包みする契約です。まあ、折角いい機会だし、ちょっとわたしもお勉強したいなって思ったから」


「じゃあもうそれは生徒だろ。っていうか、師匠と弟子なのにお義母さんとか言ってなかった?」


「それは、楽しいからです」


「……楽しいから……です……?」


「ねー、命香ちゃん?」


「はい、お義母さま!」


 肺助はもう考えることをやめた。そんなことはない気もするが、この家の中で家長の言うこと、決定は絶対である。つまり、この事態に向き合うことの面倒くささから、肺助は逃げた。


(落ち着け、向かってくるなら戦うだけだ。おれはそう決めたはずだ!)


 着替えて今に戻ってきた肺助のテーブルに、阿賀谷戸命香は先んじて着いていた。いただきます、と手を合わせて細い箸で焼き魚(干物・鯵)の小骨を分けつつ丁寧に食べるその姿を見ながら、肺助は味噌汁(豆腐とわかめ)を啜り、自身の決意を必死で唱えた。


(落ち着け……確かおれは、向かってくるなら戦うだけのはず……おれはそう決めたはずだ……)


「今日のご飯も本当においしい! 命香ちゃんの旦那さんになる人は幸せね!」


「もう、やめてください! 褒めるの禁止、恥ずかしいです!」


 きゃっきゃっ!


(くそ、人の家を荒そうとした敵の癖に!)


 その日の朝食は、まるで味がしなかった。


「冴えない顔してるなあ! 肺助!」


 学校にいても、肺助は今朝の出来事が頭から離れなかった。そうして、教室でボーっとしている肺助の背中を叩く女子生徒がいた。


「なんだよ、瀬路原」


 肺助は少しむっとして相手の顔を見る。瀬路原ノツル。小柄だが、随分と活発そうな少女が肺助に満面の笑みを向けている。


「もう、水臭いなあ。聞いたよ、肺助」


 そう言って、ぎゅう、と肺助の肩を掴み、瀬路原ノツルは体を密着させて囁いた。ノツルは陸上部に所属している。きっと朝練から戻ってきたばかりであろう彼女の制服の下から、制汗剤のシトラス系の香りが広がり、それを感知した肺助の小鼻が動いた。勿論、匂いだけではない。肺助の背中にノツルの胸が密着し、その感触と一緒に体温が伝わってきた。身を震わせることを何とか抑えつつ、しかし、肺助は浸透する彼女の体温に熱せられる皮下を自覚した。


「呪い、使ったんだって? 幼馴染のわたしに、そういうことを内緒にするっていうのは、なんだかいけ好かないなあ」


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