阿賀谷戸命香の敗北
『命香チャンへ[手紙の絵文字][星の絵文字]
おつかれサマ〜(^o^)丿 お父上の天森ダヨンww
ところでサ〜、例の肺助クンの呪殺、進捗どぉ? やっぱ気になっちゃってネ〜(^_^;)[汗の絵文字]
ほら、早めに合儀家に食い込んで利権ゲットしないと、コッチも次のカード切らざるを得ないワケよ[汗をかいた顔の絵文字]
でもさでもさ、やっぱ自分のカワイイ娘ちゃんが大活躍してくれたらパパ的には鼻が高いってモンでしてネ(≧▽≦)v
だからさぁ、失望させないでくれると嬉しいナ〜な〜んて思ってるヨ[ハートの絵文字]
ガンバッテね[力こぶの絵文字] [星の絵文字]
呪いパワー全開でファイトだよッ☆彡
で、ところでどう? うまくイケた? 勝てた? わくわくで結果待ってるヨ〜(^_-)-☆
じゃ、またメッセしてネ[挙手の絵文字]ww
阿賀谷戸☆天森パパより』
(相変わらずなんて気持ち悪くて終わっているメッセージ……)
阿賀谷戸命香は、合儀椎子の運転する車の中で、実父・阿賀谷戸天森から送られてきたメッセージアプリの文面に辟易とした。
『合儀肺助の呪殺、もしくは合儀家懐柔の任務』
阿賀谷戸命香が合儀肺助の通う高校、県立罪斗罰高等学校に入学したのは、一か月前に遡る。合儀肺助の入学に二週間遅れての『転入』だった。
それから、ずっと見ていた。
約一か月間、普通の新入生に紛れて普通の人間のふりをしている呪われた少年を。
呪禁師に限らず、呪術師は自らの生活を規則で縛り、呪い続けている。阿賀谷戸命香もそうであった。
『お前は、〈正当な〉わが家の陰陽道を継ぐことはできない。代りに、せめて役に立て。合儀家という、はぐれ呪術師を見つけた。その支配地域を奪い、正当陰陽道たる阿賀谷戸流の新たなる礎とする。いいな』
『はい、お父様』
父から渡された呪いを、命香は忠実に受けた。
(それにしても、あれが本物の呪禁か)
肺助は毎明朝に起きては修行をし、決まった時間に食事をとり、学校へ行き、戻ってきては修行、睡眠をとる。或いは、卜占で決まった時期に断食をし、ひたすら滝行や禊にいそしむこともある。あらゆる呪術に取り込まれて消えてしまった、悪しき習慣を禁じて心身を健全に保つ呪禁の基本、持禁の本来の姿。
部活にも入らず、毎日を決められた習慣に則り進行する。呪うためにやっているのか、それとも何かに呪われてしまっているのではないかと思うほどだった。
(だけど、それが呪術師だ。そして、呪禁の性質を理解したのち、わたしは合儀家に取り入って潰す)
命香は呪いに忠実に生きていた。禁歌は未知の呪術だ。下調べは重要である。
『阿賀谷戸命香様へ』
そんな彼女の下駄箱に、一通の手紙が入っていた。高校に潜入してからというものの、彼女は目立たぬよう呪術で自身の存在を薄くしていた故、そんな手紙が来るとは露程も考えていなかった。
(わたしの作戦の邪魔になる)
命香は勿論、真壁動太を無視しようとも思ったが、その日付、わずかな時間であれば別に自身の呪術師の習慣を乱すものでもないと判断し、試しに乗ってみることにした。
(それに、絶対に告白が成功する木の下というのも気になる)
ところが、相手は来なかった。次の日、式神を使って調べてみると、単に真壁動太は怖気づいたことを命香は知った。
(情けない奴)
以後、二通の手紙が来た。無視してもよかったが、命香は結局、なんとなく顔を出しては、誰もいない校舎裏で欠伸をした。
(なにやってんだろ)
動太は、隠れて命香の様子を伺っては逃げていく。バカバカしいと思う。命香も、自宅で瞑想する時間が近くなると、さっさとその場を離れた。
(まあいいか。わたしが来ていなかったら、真壁とかいう生徒も傷つくだろう。姿ぐらいなら見せてもいい)
ところが、四通目の手紙が命香に届く前、異常を察知した。校舎内に放っていた式神が、命香に以下のことを伝達した。
『真壁動太が合儀肺助に接触した』
そして、事もあろうに肺助は、動太の依頼に乗じ、次から次へと呪いを使うではないか!
阿賀谷戸命香が合儀肺助の監視に乗り出してから初めてのことだった。さらに、家に帰って修行に行くふりをして、護摩行の準備を行い、校舎裏で一晩中儀式をしている。
(持禁を崩している。しかも滅茶苦茶必死になって護摩行してるし。うわあ、なんてお人よし……)
命香は目を丸くした。呪術師、そのなかでも呪禁師の行いとは思えない。ただ、しゃべったこともない人間に頼まれれば、呪禁師としての在り方をあっさり切り捨てたのだ。
(でも……)
ふと、命香は思う。
(あれが、わたしのしたかったことではなかったのか)
どうせ来ないとわかっていた動太の呼び出しに応じたのは、彼を傷つけないためだ。だが、それ以上のことを自分はできなかった。
(まあ、間違っても付き合う気にはならないし)
とはいえ、こっそりと校舎裏に潜入し、照り返す火に汗をかき、延々と真言を唱えて儀式に没頭する彼の姿から、不思議と命香は目が離せなくなっていた。否、拳をきつく握り、奥歯を深く噛んでいた。
――彼は、誰かのために必死になって役に立とうとしている。
『ありがとう、命香ちゃん。命香ちゃんの呪術で、お母さんもすこし、体が楽になったわ』
『これくらい、いつでもしてあげるから! 今度は一緒にお料理したり、服とか買いに行こうね!』
『でも、いいの? 命香ちゃんはまだ修行が……』
『平気だって! お母さんは心配しないで!』
翻って、今のわたしはどうだろうか。
『命香。またハルへ呪術を使ったな。陰陽師にもなれん奴が何をしている。そんなお前が贄になるための修行すら捨てたら何が残る』
父の言葉。
『本当にありがとう。お前に出会えて、まじないを掛けてもらって本当に良かった!』
真壁動太から、合儀肺助への言葉。
(わたしは、呪術師としてその使命に、呪いに忠実に従ってきたのに!)
目の前の少年は、そんなことをあっさりと捨て、誰かのために呪術を捧げた。握り締められた命香の拳はいよいよ爪を自身の手のひらに食い込ませ、奥歯は噛み砕かれんばかりだった。
『もういい。今日中に合儀家はわたしがもらう。わたしが本物の呪術というものを教えてやる。負けるわけがない』
命香は、かねてより用意していた呪術を発動させることとした。その内容とは、
(中略)
そして、阿賀谷戸命香は、近所のスーパーで買い揃えた肉じゃがの材料でぱんぱんになったエコバックを片手に、合儀家へ勝手に作った合鍵で堂々と侵入し、言う。
『ただいま帰りました、お義母さま!』
(わたしは合儀家を乗っ取る。わたしの呪いは合儀肺助に勝つ!)
――命香は、溜息を一つ吐いた。車の窓の外を見る。流れていく山の景色。月だけが明瞭に、命香のことをじっと見ている。
『お父さんへ
戦いは先ほど終わりました。わたしは、負けました』
命香はハイエースに揺られながら、父親のメッセージにそう返事を書いた。
「わたしも、馬鹿だなあ」
そういって、この先合儀肺助に襲い来る、新たなる敵のことを考えた。
――わたしに、何かできることは、ないだろうか。




