第7話 彼は、今も?(※主人公、一人称)
廃墟の中に住んでいる。それは一体、いつからだろう? この場所が廃墟になった時からか? それとも、廃墟の姿になった時からか? その答えはついに分からなかったが、彼女が僕に話した内容を纏める限り、「その真ん中くらい」が妥当な様だった。彼女は自分の所に少年達を戻して、その手にまた掃除用具を持たせた。「ダメじゃん、サボっちゃ! 君達の罰はまだ、終わっていないんだからね?」
少年達は、その言葉に項垂れた。「それに従うしかない」と、そう諦めたのかも知れない。彼等の内心は僕にも分からないが、彼等が浮かべる憂鬱な表情、今にも泣き出しそうな目、覇気のない態度からは、彼等がこの仕打ちに苦しんでいる一方、自分達の行いにも悔やんでいる様子が窺えた。彼等は本当はやりたくないだろう廃墟の通路を掃き、その瓦礫やら埃やらを集めて、彼女が決めたであろう場所にゴミを捨て始めた。「ああもう、嫌だ! アヤメちゃ、アヤメ様! もう、勘弁して下さい!」
そう彼等に願われたアヤメ様だが、「それ」を聞き入れる積もりはないらしい。彼女は彼等の願いを一蹴、それも「だぁめ!」の一言に纏めてしまった。「君達は、すごく、すごく、悪い事をして来たんだから! その罰は、受けなきゃいけません。その性根? 根性? を叩き直す為に! 君達にはもっと、働いて貰います!」
少年達はまた、彼女の言葉に項垂れた。それも、只項垂れた訳ではなく。心の底からガッカリしている様だった。少年達はある意味で恐怖、廃墟の中で現実的な労働を強いられ続けた。
僕は、その光景に頬を掻いた。その光景にどう言えば良いのか、僕自身にも分からなかったからである。彼等の事は確かに「かわいそうだ」と思うが、それに全て頷く事は出来なかったし、その反対に「もっとやれ」とも思えなかった。否定と肯定が入り交じっている状態。それが今、僕の中で渦巻いていたのである。僕はその気持ちに促されて、目の前の少年達に手を合わせた。「どうか、彼等にお慈悲を」
それに呆れる、お華ちゃん。その反対に爆笑する、狼牙。彼等は己の性格に合った反応を見せたが、アヤメ様に「ダメ、ダメ」と言われると、今までの反応を忘れて、彼女の顔に視線を移した。彼女の顔は、見た通りに怒っている。
「確かにね。これはどう見ても、自業自得だわ。彼等の行いを思うと」
同情の余地はない。その部分は、お華ちゃんと同じだが。それにしたって、やはり辛辣。清廉潔白の鉄槌が、僕の前に見える様だった。お華ちゃんは怒り心頭の御様子で、目の前の彼等に溜め息を付いた。「これは、当然だわ。学校の決まりも破って、夜中にバイクを乗り回すなんて。普通なら有り得ない。貴女が怒るのも」
それを遮った狼牙も、「当然」の部分まではお華ちゃんと同じだった。狼牙は少年達の顔を暫く見ていたが、やがてアヤメ様の顔に視線を移した。
「まあ、アヤメちゃんの気持ちも分かるけどね? でも、この辺で許してやれよ? 此奴らは今、世間で言う所の行方不明なんだからさ? 警察も、此奴らの事を捜している。人間でないアヤメちゃんが、『人間の法律に裁かれる』とは思えないけど。これ以上は、流石に『ヤバイ』と思う。学校や警察だって」
「いつまでも隠し通せない? 三人が本当に居なくなった事を?」
「うん。人間の情報操作には、限界があるからね。俺達の様には、行かない。思わぬ所で漏れる時もある。俺の知っている限りでは、『隠蔽』って言うのは難しいんだ。どんなに上手くやっても、誰かが何処かでヘマをする。今回の場合も」
「そうなるかも知れない?」
「そう言う事。現に、ほら? 俺達にも見られちゃったし。俺達は、この三人を捜しに来たからね。それを見付けたのに『居なかった』って言うのは、色んな人に対して失礼だよ。こんな奴等でも、それを待っている人は居る。『此奴らと血の繋がった親』とかね? 今も」
アヤメ様は、その言葉に押し黙った。その言葉に頷けないのか、兎に角「うん」と言えないらしい。少年達の事をじっと見る眼差しからは、彼女の葛藤らしき物が感じられた。彼女は悔しげな顔で、狼牙の顔に視線を戻した。狼牙の顔は、その視線をじっと見返している。
「この子達が、この場所に入った時」
「うん」
「心の中を覗いたの。この子達が、どんな人間か? それを『知ろう』と思って、彼等の記憶を辿ったの。そしたら!」
「『とんでもない奴等だった』って訳ね? 学校の皆に恐れられている、本物の不良。不良よりも悪い、チンピラ擬き。アヤメちゃんが、この場所に此奴等を閉じ込めたのは」
「更生、かな? 本当は、そんな積もりはなったけど。四人の性根が余りに腐っていたから、それについ怒っちゃって。この場所に閉じ込めちゃった」
「でも、その一人には逃げられた。彼等の頭を張っていた少年に?」
アヤメ様は、その言葉に眉を寄せた。それを見ていた少年達も、悔しげな顔で「それ」に溜め息をついた。彼等は陰鬱な顔で、お華ちゃんの顔を見続けた。
「正直、怖かった。彼奴の事がずっと! 毎日、毎日、彼奴の顔に」
これは、少年の一人。少年は彼との関係に苛立っているのか、アヤメ様は勿論、残りの少年達から「もう良いよ」と止められても、それを只聞き流すだけで、自分の口を閉じようとはしなかった。「アヤメ様の罰は正直、辛いけどね? その反対に……こう言うのも変だけど、実は少しホッとしているんだ。此処に居る間は、彼奴の命令に従わなくて良いし。自分の服はボロボロになっちゃうけど、アヤメ様からは飯が貰える。それでも辛い事には変わらないけどね? それでも彼奴のパシリに成るよりは、ずっとマシだった。その意味では、アヤメ様には感謝している。最初は怖くて、辛くて、苦しかったけど。廃墟の中が綺麗に成って行くのを見て……その、嬉しくなったんだ。今まではそんな事、ちっとも思わなかったのに」
残りの少年達も、その言葉に頷いた。彼等は各々に僅かな違いこそあっても、その本質は彼とそう変わらない、「反省」と「後悔」の気持ちを抱いていた。自分達が今までやって来た事に対する、「懺悔」と「謝罪」の気持ちを。彼等はアヤメ様の罰を受ける中で、それらの感情を自然と感じていたのである。
「アヤメ様、いや、アヤメちゃん!」
「な、なに?」
「俺達、直ぐには無理だけど。ちょっとずつ良くなろうと思う。自分の事、少しは省みるとか。『兎に角、変わらなきゃ行けない』と思う。今まではずっと、自分の損得しか考えていなかったから。その根性は多分、直さなきゃ行けない。今回の事はきっと、それを感じるのに必要なキッカケだったんだ」
少年達は、その言葉に顔を見合った。それにどこか気恥ずかしさを感じる様に。「御免ね、アヤメちゃん。俺達、本当に無神経だったよ」
アヤメ様は、その言葉に首を振った。それどころか、嬉しそうに笑っている。彼等の変化を心から喜んで、その口元に笑みを見せていた。アヤメ様は少年達の顔を見渡したが、やがて眉の間に皺を寄せた。「でも、一つだけ……一つだけ嫌な事がある。皆の事を巻き込んだ張本人、彼が未だ変わっていない。自分の世界に逃げて、目の前の現実から目を逸らしている。彼は、今も?」