第22話 処刑場(※主人公、一人称)
そう呟いた彼が一体、何をしたのか? それは、霊能者の僕でも分からなかった。彼は応接間の扉をじっと見て、それに「此奴は、邪魔者だ。早急に潰した方が良い」と呟いた。「家の未来に大きく関わる。此奴は、此の寺を潰す疫病神だ」
僕は、その言葉に押し黙った。それは余りに心外、僕としても許せない言葉だったからである。「疫病神」なのは、どう考えても彼等だった。何らかの事情で、人々の人生を脅かしている存在。今も尚、人間の尊厳を壊している存在。
彼等は(恐らくは)自分達の利益を守る為、或いは、誰かの利益を守る為にこんな……そう考えた僕だったが、それも直ぐに遮られてしまった。僕は応接間の異変に気付いて、その室内をぐるりと見渡した。「なっ! そんな! 応接間の中が?」
変わっている。先程までは、普通の部屋だったのに。今は、真っ黒な空間に変わっていた。空間の中には、ある種の気配すら漂っている。僕の周りを取り囲む様な気配が、そこら中に広がっていた。
僕は「それ」に驚きながらも、冷静な顔で自分の周りを見渡した。僕の周りでは今も、先程の殺気が渦巻いている。「此れは? 一体?」
何なのか? それは、考えるまでもなかった。此処は、敵の本拠地。得体の知らない者が治める領域である。侵入者の命を奪う領域。そんな領域にもし、僕の様な人間が這入り込んだら? ほぼ間違いなく、殺すだろう。
自分達の利益(または、命)を脅かす存在であるならば、その命を直ぐに「奪おう」とする筈だ。それらの権利を守る為にも、その邪魔者には「即刻消えて欲しい」と思う筈である。僕はそんな事を考える一方で、相手の目から視線を逸らさなかった。「何です? 貴方が使った、この力は?」
若い僧侶は、その質問に応えなかった。それに答える積もりもなかったろうし、彼が「それ」に苛立った所で、応接間の扉もゆっくりと開かれたからである。彼は扉の音に眉を寄せながらも、その音自体には全く驚いていなかった。「親父か?」
相手は、その質問に応えなかった。それに応えなくても、質問者には「それが分かる」と思ったらしい。彼が質問者の前まで歩み寄った時も、質問者の「泳がせて置いて良かったよ。応接間の結界を解いて置いたお陰で、此奴の目論見も直ぐに分かった」には応えたが、それ以外の事にはずっと黙っていた。
相手は鋭い目で、僕の顔を睨み付けた。「やはり、そうか。墓地の中で彼を見付けた時、ふとそんな気はしていたが。まさか、『本当に密偵だった』とは。一応の仕掛けもして置いて良かったよ」
僕は、その言葉に驚いた。驚いた上に苛立った。自分がまるで、「それ」に気付かなかった事も。そして今も、その罠が続いている事にも。自分の未熟さや無能さに合わせて、その悔しさを何倍も感じてしまったのである。僕は自分がとても不利な立場、かなり劣勢な立場にある事を認めながらも、僅かな可能性に賭けて、「彼等から事の真相を聞き出そう」と試みた。
「冥土の土産に」
「うん?」
「聞かせて下さい、事の真相を。貴方達がどう、あの儀式に関わっているのかを。僕はきっと、助からないけど。それだけは、どうしても知りたいんです」
二人の僧侶は、その言葉に黙り込んだ。それに答えて良いか、彼等なりに考えているらしい。不機嫌な顔で互いの顔を見合っている様子からも、その心情が何となく察せられた。二人は互いの顔を暫く見て、僕の顔にまた視線を戻した。「まあ、良いだろう」
そう答えたのは、父親の方。それに「親父!」と怒鳴ったのは勿論、その息子だった。息子は僕にどうしても話したくないのか、父親に「どうせ直ぐに消えるんだ」と言われても、それに中々頷かなかった。「分かった、よ。でも、俺は!」
父親は、その続きを遮った。「その続きは、言わなくても良い」と言う風に。彼は無感動な顔で、僕の目をじっと見始めた。
「坊や」
「はい?」
「坊やも、霊能力者だろう? 俺の見た限りでは?」
僕は、その返事に迷った。それに「はい」と頷いて良いのか、その判断に迷ったからである。僕は返事の中身を暫く考えたが、やがて「そうです」と答えた。「貴方も当然、霊能力者なんでしょう? 僕が見る限り」
相手は、その質問に「ニヤリ」とした。「ニヤリ」の中に不気味な殺気を込めて。
「坊や」
「はい?」
「坊やは、お金は好きかい?」
その返事に一瞬迷った、僕。僕は質問の意図を探ろうとしたが、直ぐに「此処は、無難な事を答えよう」と思い直した。此の質問には多分、彼の邪悪な意図が含まれている。
「普通一般程度には。でも」
「『がめつい』とまでは行かない?」
「……はい」
「そうか。まあ、君くらいの歳では」
「普通かどうかは、人それぞれです。僕と同じくらいでも、がめつい人間は居ます」
僕は、相手の目を睨んだ。目の奥に潜む、相手の本質を暴く様に。「貴方は、がめつい人間ですか?」
相手は、その質問に微笑んだ。「それが自分の答えだ」と言わんばかりに。
「がめつい人間だよ、俺の先祖達も含めて。皆、救いようのない連中だ。自分が儲かる為だったら、他人の命も平気で奪う。俺達は」
最低最悪の人間。だからこそ、あの儀式を生み出した。少数の人間を殺す事で、多数の人間を生かす。極悪非道な儀式を。彼等は、自分達の力を使って……。
「寺の財を築いた訳だが。全く、有り難い話だよ。家の先祖が、そう言うのに長けていたお陰で。こうも贅沢な生活を送れているんだから。本当に感謝してもし切れない。町のお偉方とも、宜しくやれているしね?」
「お偉方」
それは多分、町の統治者だろう。(表面上では)正当な選挙で選ばれた、「市長」や「知事」と言った統治者。それ等が何らかの形で、目の前の彼等と繋がっているのだ。それも「昨日」や「今日」の話ではなく、何百年も前から彼等と繋がっているのである。僕は、そんな彼等の性根に思わず苛立った。「偽りの安寧」
僧侶は、その言葉を嘲笑った。「そんな物は、只の戯れ言」と言う風に。彼は勝ち誇った顔で、僕の目をじっと睨んだ。
「安寧は、金に成る。いつの時代、どんな人種も。安寧は、永遠不変の需要なんだ。俺達は只、その需要を満たしていただけ。俺達自身が『それ』を求めていた訳じゃない」
「で、でも!」
僧侶は、その言葉を遮った。「それ以上は、聞いても無駄だ」と言わんばかりに。「さて、無駄話もこの辺に。君には早速、墓場に行って貰おう。彼処は、文字通りの処刑場だ」




