第16話 君を手伝いたい(※主人公、一人称)
「え?」
「君は、誰だよ? 他人の事、あれこれ調べて。こんな」
「御免」
「え?」
「不快な思いをさせる積もりは、なかったけど。君が不快な」
「う、ううん」
外村秀一は、自分の足下に目を落とした。彼の足下には、一つのゴミも落ちていない。
「ねぇ?」
「うん?」
「もう一回聞くけど。君は」
それに応えてくれたのは、彼の相棒(と思われる)だった。相棒は彼の顔に視線を移して、彼に「怖がらなくて良い」と微笑んだ。「彼は、霊能者。ボクとはある意味同じ、霊との関わりを持てる人間だ。彼の後ろに隠れている二人も」
少年は、その言葉に目を見開いた。言葉の内容だけでも驚きだった様だが、「後ろの二人」はもっと驚きだった様である。その二人が現に現われた時も、二人の存在が余りに衝撃だった所為か、相棒の後ろに隠れて、自分の頭を「う、うううっ」と唸り始めた。「もう、許して下さい! お願いします!」
狼牙は、その言葉に呆れた。お華ちゃんも、それに「大丈夫よ」と返した。二人は秀一君の精神がもう限界に成っている事を察して、彼の不安を和らげたり、何らかの言葉を送ったりした。だが、それでも駄目らしい。狼牙の言葉には「わ、分かった」と応えていたが、お華ちゃんの方は(人形が喋っている事もあって)やはり怖がっていた。
二人はまた、彼の反応に呆れた。彼の反応が「普通だ」とは言え、その怖がり様にはやはり呆れてしまった様である。二人は互いの顔を見合って、僕に「悪いな、天理。此処から先は、お前に任せるわ」と言った。「『霊能者』とは言え、お前は此奴と同じ人間だし。人間と話した方が、此奴も話し易いだろう」
僕は、その言葉に頷いた。それは、ご尤も。僕は二人の存在に慣れているが、秀一君には文字通りの怪異なのだ。普通の人間が怪異を受けいれるのは、善人が悪人の思考を受けいれるよりも難しい。その意味で、二人の判断は正しかった。僕は古風な少年に目配せして、彼に「彼と二人きりにさせて欲しい」と訴えた。「大丈夫?」
少年は、その言葉に頷いた。彼もどうやら、その言葉には賛成だったらしい。彼は神社の表側に狼牙達を連れて行って、僕が彼と話し易い環境を作ってくれた。
「御免ね?」
「いや。此方こそ、ありがとう」
僕は少年に頭を下げて、秀一君の顔に視線を戻した。秀一君の顔はやはり、今も僕の事を怪しがっている。「さて、それじゃ」
その返事は、無言。僕が二人分の座れそうな場所を指差した時も、それを只見詰めるだけで、その声自体には応えよとしなかった。秀一君は、石段の表面を暫く見続けた。
「名前」
「え?」
「君の名前、まだ聞いていない」
「そう、だったね。御免、君とは初対面なのに」
僕は石段の方に彼を促して、その上に彼を座らせた。僕も、彼の隣に腰掛けた。
「鞍馬天理です、宜しく。僕は」
「れい、のう、しゃ? 幽霊とか、お化けとかと話せる。それが」
「う、うん、信じて貰えるかは分からないけど。僕はその、霊能者なんだ。悪霊の邪気を祓う人間。さっきの二人は、僕の守護者なんだ」
「大きな狼と、喋る人形が?」
「そう。僕の命を守る守護者。守護獣の狼牙と、守護人形のお華ちゃん。二人はいつも、僕の事を助けてくれる。僕が霊能者に目覚めてからずっと、僕の傍に居てくれたんだ」
秀一君は、その言葉に眉を寄せた。それに複雑な気持ちを、ある種の苛立ちを覚える様に。彼は僕の顔から視線を逸らして、自分の正面に向き直った。彼の正面には、深い森が広がっている。
「君は」
「うん?」
「彼奴の手下じゃないよね? 僕の事を騙す」
「仮に『そうだ』としたら、こんな搦め手は使わない。君が彼の前に現われた時点で、その命を奪っている。彼は……変な表現だけど、この町では『封じられた者』と言われているらしいからね。そんな彼が、一人の人間に時間を割く訳がない。『自分に何らかの不利益をもたらす』と見做せば、君を直ぐに殺している筈だ。自分に対する見せしめの為にも」
秀一君はまた、僕の言葉に眉を寄せた。それに苛立つ気持ち半分、逆に「ホッ」とする気持ち半分で。僕が彼に「無理に信じなくても大丈夫」と言った時も、それに何度か頷いただけで、その言葉自体を否めようとはしなかった。彼は、両手の拳を握り締めた。
「外村秀一、僕の名前」
「知っている、君のお祖父さんから聞いた」
それに驚いた秀一君だったが、その表情も直ぐに消えた。秀一君は森の先を見詰めて、その行き止まりに舌打ちした。
「人柱の話は?」
「それは、僕のお祖父ちゃんから。僕のお祖父ちゃんも、この町に住んでいる」
「そう、なんだ。君は……鞍馬君は、学校の夏休みで」
「うん、お祖父ちゃんの家に来た。君も、同じ?」
「うん。本当は、余り来たくなかったけど。お母さんの意見には、逆らえなくて。お祖父ちゃんの家は、お母さんの実家だから」
「ふうん」
「君の方は?」
「僕の方は……うん、まあ色々」
「『色々』って? まあ、いいや。兎に角」
「気乗りしなかったのは、同じ?」
「『そうだ』と思う。実際……」
「睦子さんは」
「睦子の事も知っているの?」
「知っている。と言うか、睦子さんの方が最初だけど。僕は色んな人から今回の事を聞いて、それを『何とかしたい』と思ったんだ。自分の力を使って」
秀一君は、その言葉に目を見開いた。それも「え?」と驚く程に。本気の驚きを見せてしまったのである。彼は真剣な顔で、僕の顔を見返した。
「鞍馬君」
「何?」
「僕の」
そう言って、俯く秀一君。秀一君は何やら戸惑ったが、やがて何かを決めた様に「うん!」と頷いた。「我儘なのは、分かっている。分かっているけど!」
僕は、その言葉に頷いた。それに「応えたい」と言う気持ちを込めて。「手伝うよ、その為に来たんだから」




