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衝突

「きゃっ!」

「うっ」


 日差しの強い夏の朝。俺はいつも通りに高校に向かっていると、曲がり角で女子高生とぶつかった。頭と頭をガツンと打ったせいか、夏の暑さのせいか、くらくらする。


「す、すみません。怪我してないですか?」

「や、大丈夫っす。すみません」


 俺から声をかけてみると、彼女はそう言って申し訳なさそうに俯く。彼女も暑さと痛みにやられているのかもしれない。

 その後、俺が通学路を歩いていると、後ろを彼女がついてきていた。おそらく、同じ高校に通っているのだろう。



 結局、その後は何もなく登校した。教室に入り、席に座った。すると、友人の結奈が、いつもより興奮したようすで話しかけてきた。


「今日、二年生に転校生が来るんだって」

「へー」


 正直あまり興味のない話なのでスルーする。部活に入っているわけでもないから、後輩と関わることはなく関係のない話だったからだ。

 興味なさげに返事をしたつもりだったが、興奮した彼女には通じないのか、話を続ける。


「女の子でさ。めっちゃ可愛いんだよ!見ちゃったの!」

「へー」


 態度を変えず、興味がないと伝えられるよう、精一杯つまらなさそうに相槌を打つ。やはり伝わらず、話を続けていた。


「黒い髪で、可愛い感じの顔でね。可愛いんだよ」


 もはや相槌を打つ事すらやめて、俯き、机の天板にある傷を見詰める。きっとこれは、先輩が定規やシャーペンの先でコツコツと削り続けてきた、無駄な努力の結晶だろう。


「聞いてる?無視しないでよー」

「はっ!俺は何を…」


 何か意味不明で無駄な思考をしていた気がする。彼女の声で目が覚めたところで、先生の声がけでクラスが静かになった。学校生活の始まりだ。



「やっぱ人気だね」

「何が?」

「転校生。彼女、確か沙奈だっけ」


 初めて名前を聞いた。幼馴染だったり、知り合いだったりもしない。知らない名前だ。


「ねえ。このあと、校門で待ち伏せしない?話しかけるためにさ」

「いや迷惑だろ。やめとけって」

「いいでしょ。話すだけだしさ」


 彼女にも予定があるだろうに、校門で待ち伏せるのは迷惑でしかない。なんとか彼女を説得し、その日は二人で下校した。




 朝、目が覚めてすぐに時計を見ると、いつもより遅い時間で、遅刻する可能性が頭に浮かんだ。すぐに制服に着替え、カバンを手に取り、早歩きで玄関をでる。

 早歩きで歩いて、曲がり角を曲がる。


「きゃっ!」

「うっ!」


 奇跡のような確率だった。昨日から転校してきた、名前は確か、沙奈。彼女とまたもや衝突した。昨日の帰りに見た顔と一致していた。そして、彼女とは昨日も衝突していた。


「すみません、大丈夫ですか?」

「や、大丈夫っす。すみません」


 彼女と昨日と似たような会話をして、登校を再開した。

 学校の自分の席に着席する。昨日は気づかなかったが、周りは賑やかだ。おそらく、転校生の存在に興奮しているのだろう。昨日の出来事だというのに、まだ話題になっているとは、驚きだ。

 初日なら話題になっているのに納得いくが、二日目となれば、落ち着いてくるはずだ。最近の流行の変化は早いと聞くぐらいだ。このくらいの話題はすぐに消えると思っていた。


 結奈に話しかけられた。俺はそのとき、今日という日を疑った。


「今日、二年生に転校生がくるんだって」


 最初は聞き流していたが、その後耳を疑った。結奈は今、何と言ったか。今日、転校生が来る。そう言った。転校生が来たのは昨日ではないか。そう思い、周囲の会話に耳を澄ませると、彼らも今日、と言っている。


「聞いてる?沙奈ちゃん、可愛かったな〜」


 沙奈。名前まで同じだ。何が起きているのか把握できず、戸惑う。とりあえず、いつものように会話をするように心がける。


「朝、ぶつかったんだよな」

「え?」

「転校生と」


 そう言うと彼女は急に立ち上がり、ぽっかり開いた口を手で覆う。


「…よくあるラブコメの始まりじゃん!?ほんとに存在するんだね、転校生とぶつかるなんて」

「あ、ああ、うん。ほんと、奇跡みたいだ」


 何故か二度ぶつかったしな。と心の中で付け足す。


「…そう。ち、ちなみに、幼馴染とかだったり?」

「いや、まったく知らない人だ。幼馴染は結奈だけだ」

「そっか。いやー、何と言うか、運命的だね」

「そうかもな」

「……そうかもね」


 彼女は少し俯き、あからさまに落ち込んだ。喜んだり落ち込んだり、いつもより感情の変化が激しい。今日は色々とおかしいことが起こる。


 学校生活を終えて、帰路を辿っているところ、一つ確認すべきことを思い出した。日付だ。確か、今日は五月四日のはずだ。ちなみに、転校生とぶつかったのは昨日、五月三日だ。

 スマホの画面には『五月三日』と表示されていた。間違いない。俺は五月三日を繰り返している。




 ぶわっ。俺はいつもより早く布団を蹴飛ばし、起床する。いつもより二分だけ早い。そのままいつも通りに通学路を歩く。

 五月三日の繰り返し、その原因は転校生、沙奈と衝突することだ。そう考え、いつもと時間をずらして登校した。

 運命の曲がり角をいつも以上に警戒しながら歩く。


「きゃっ!」

「うっ!!」


 また、ぶつかった。時間の調整が足りなかったのではないか。そう考えながら、いつも通りの一日を過ごした。



 結果から言えば、失敗した。俺は十分前、十五分前、十分後、と試したのだが、どこでも沙奈とぶつかった。もちろん、遅刻しようが関係なくぶつかった。また対策を考えながら一日を過ごす。



 次の対策を思いついた。少し自分に呆れながらも、その新しい策に興奮していた。それは通学路を変える、それだけのこと。今まで思いつかなかった自分には呆れるが、いい案だと確信した。

 家を出て、すぐ右に曲がる。いつもは左なのだが、今回は変えていく。

 前方に曲がり角が見えた。嫌な予感を感じながらもその角を曲がる。その瞬間、身体全体に衝撃を感じる。また、失敗だ。

 だが、いつもと違う点があった。それは、ぶつかり方だ。いつもはただぶつかるだけ、今日は、顔がぶつかった。何が言いたいのかと言うと、キスのようなことをした、ということだ。


「す、すみません。大丈夫ですか?」

「ぁ…」

「あ、あの?」

「運命…」

「は?」


 おかしい。今までとは違う展開。これ自体は喜ばしいことではある。彼女との衝突は回避できなかったものの、会話が違う。


「あ、あの覚えてますか?私のこと」

「え?いや、初対面、ですよね?」

「私は覚えてますよ。星華先輩」

「…誰だ?」


 名前を知っているということは、知り合いなのだろうな。そんなことしか考えられなかった。頭の中で沙奈、という名前を思い浮かべるが、まったく該当者が見つからない。


「とりあえず、私と登校しましょう。そしたらきっと、思い出せるっすよ」


 彼女の口調が変わる。確か、普段の話し方もこんな感じだった。俺は必死に人の顔と名前を思い浮かべながら登校した。



 結局、誰でも、なかった。幼馴染と再開どころか、再開すらしていない。これではラブコメなど始まらない。別に求めてないのだが。


「今日、二年生に転校生が来るんだって」


 何度も聞いた話を聞き流す。何も変化はないだろう。


「で、星華が一緒に登校してきたのが、転校生の女ってわけ。で、なんで一緒だったの?」


 唐突な会話の変化にびっくりする。水を飲んでいたら、吹いていただろう。これは、どういうことだ。二人で登校したことによって、疑問が生まれたのか。これはチャンスかもしれないが、同時にピンチである。

 結奈は今にも殴りかかってきそうな、怒りを露わにした表情で問いかけていた。おかしな回答をすれば、死が待っているかのような緊張感がある。


「朝、たまたまぶつかって、そのまま登校してきたんだ」

「ぶつかった、ねえ。だからといって、初対面の女と、一緒に登校する理由にはならなくない?」

「し、知り合いらしくて。忘れてるだけかもだから、思い出せるかなあ、と」

「知り合いかあ。でも私、あの女のこと知らないよ」


 底知れない恐怖を感じた。彼女は、自分の知り合いではないから俺にとっても知り合いではない。そう言ったのだ。つまり、彼女は俺の知り合いを全員知っている。もっと言えば、ずっと見ていた。そう言いたいのだろう。

 さらに顔が暗くなり、怒りも膨れ上がっていく。ここで、死ぬかもしれない。


「でも、珍しいこともあるね。転校生とぶつかるとか、ラブコメじゃん!」


 先ほどの会話が嘘のように、パッと顔を明るくして、興奮気味にそう言った。奇妙で、さらなる恐怖を感じる。


「あ、でも幼馴染と再開、て展開じゃないし、ラブコメには発展しないか!」

「え、あ、ああ、うん」

「よかった」


 彼女が最後に小さく言った、よかった、とはどんな意味なのだろうか。俺に理解できることではなさそうだ。



「さ、今日も一緒に帰ろ」


 結奈はそう言って席を立ち、俺の前に立つ。俺も席を立って彼女と並んで廊下を歩く。

 下駄箱から靴を取り出し、玄関を出る。夕方の橙色の光が眩しくて、手で遮ろうとする。


「あ、今日、うちに泊まってかない?今日は特別で…」

「ちょっと待ってくださいっす!」


 結奈の言葉を遮って、女の子の元気な声が響く。沙奈、転校生だ。


「あ、初めまして。結奈先輩。私は今朝、星華先輩と唇を合わせた女、沙奈です」


 随分と長い自己紹介である。唇は合わせていない、合わせたの額と唇だと訂正したい。


「…そう。私のことは知ってるんでしょ。じゃあ、いいや。私は星華と帰る約束してたの。だから一人で帰って」

「いや、別に三人で帰っても…」

「うるさい。私の想いがわからないくせに口出ししないで」

「そっすね。先輩は少しだけ、黙っててください」


 二人から黙れと言われたら、黙らざるを得ない。俺は黙り、二人の争いを見届ける。自分が関わっていなければ、面白い展開だったのになあ。


「そういうわけですから、私が先輩と帰ります」

「でも、忘れられてるくらいだし、星華はあなたのこと、何とも思ってないんじゃない?そんなことのために、私たちの時間奪わないでくれる?」


 まだ喧嘩を続けている。もう帰りたい。ので、そろりそろり、と彼女らを横切り、地獄から抜け出す。


「逃げないで」

「逃げないでくださいよ」


 地獄は俺を追ってくる。

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