第9話「結婚してから、好きになると言われましても」
「俺は?」
「俺は、……君を愛せるように努力する!」
(は、ぁ?)
突然何を言い出すかと思ったら、『君を愛せるように努力する』ってなんなの?!
好きって努力するものなの? そもそも愛するってなに?
唐突に吐き出された台詞が理解できず、私は変な顔をする。
「おっしゃっている意味がわかりません」
「結論を言う。俺と結婚して欲しい」
「……」
アシュレイはどこかで頭を強く打ったみたいね……。突拍子もない求婚を受けて、私の頭痛は眩暈まで起こす。
「顔を合わせたのは二回ですよね」
牢獄で一回、謁見の間で一回。それ以外で顔を合わせたことはないと、私は記憶を探るが、それは間違いない。まさか一目惚れしたとか言うの?
ん? さっきアシュレイは努力するって言わなかった? つまり、好きじゃない相手に結婚を申し込むほど相手に困っているの?
どう見てもイケメンだし、王太子殿下だし、世の女性が放って置かないのでは? と、当然の答えが導き出される。しかし、アシュレイから出た言葉はさらに耳を疑う台詞。
「君じゃなきゃダメなんだ」
「いや、だめと言われましても……」
「俺は次期国王、自慢じゃないが、顔も容姿もいい、当然金もある」
もちろんそうですけど。王太子殿下なら世の令嬢が放って置かないでしょう。なにせ、超イケメンだし、どうしてわざわざ隣国の平民の私に求婚してくるのか、さっぱりわからない。
「申し訳ありませんが、私には不釣り合いです」
我が家はごくごく平凡な家庭。聖女として祀り上げられたせいで、ランデリック王子と婚約なんて運びになったけど、今は偽物として正式に認められた堕ちた聖女。
というか、そもそも聖女なんて役柄じゃなくて、兵器で化け物でしょうね。
「俺では不服か?」
「逆です。もったいないくらいです」
王太子殿下に求婚されて喜ばない女性など万に一人、その一人が私だっただけだと、掴まれた手を引いたんだけど、離してくれない。
王族の方と一緒の馬車に乗っているのでさえ場違いだし、まして、王太子殿下と二人きりなんて贅沢の極み。恐れ多くて、すぐにでも馬車を降りたい。
「必ず愛すると約束する。だから頼む」
だから必ず愛するとか、努力するとか、そこがおかしい。好きじゃないなら、放っておいて欲しい。見合う女性なら山ほどいるでしょう。
なんでわざわざ私なのよ。
「別に愛していただかなくて結構です」
一人で生きていけます! そう強く言えば、握られた手をもっと強く握られた。
「何が欲しい。なんでも与える。だから俺と結婚してくれ」
「お断りします!」
「望みはないというのか?!」
「切実な望みは、今、ここで、降ろしてほしいだけです」
馬車の中で揉めていたら、国境を越えていた。だから私は、この辺で馬車を降りたくて仕方がない。
助けてもらったことは、心から感謝している。けれど、好きでもない相手との結婚には同意など出来るはずもないし、王太子殿下と結婚なんて、どうあってもおかしいのだ。
一目惚れしたとでも言われれば、考える余地もあるけど、『努力する』って、どう考えてもおかしいでしょう。どうして努力してまで私と結婚したいのか、意味が分からない。
「君を降ろすことは出来ない」
アシュレイは腕を引く勢いで掴むと、どうしても馬車からは降ろせないと強く言う。このまま城まで一緒に来て欲しいと、さらにとんでもない事まで言い出す。
「理由はなんですか?!」
訳も分からず好きを押しつけてきて、おまけに城まで連行しようとする、その意図が分からず、私も手をギュッて握り返しながら、ちゃんと説明して! と声を張る。
そうすれば、アシュレイは俯いて、握った手の力を少しだけ緩めて、
「口外しないと約束してくれ」
と、切実な声を出した。
山中に馬車を止め、アシュレイはどうして私と結婚したいのか、その理由を静かに話してくれた。
現王妃である聖女が病に倒れ、結界に綻びが生じていること。それから、聖女の力が弱まっているせいで、雨が降らず日照りが続いていること、次期聖女が見つからないことなどを話してくれたアシュレイは、隣国に聖女が二人現れたことを知ったことも、痛みを吐き出すように声を出す。
ライアール国に聖女が二人も存在するなら、私にアラステア国に来て欲しいとのことだった。
確かに街中で会った女の子の父親を救ったのと、街中に治癒をかけたのも私で間違いないけど、ここで全部自分がやったなんて言えば、ライアール国でも聖女として扱われる。
自由を奪われる。
(やっと解放されたのに、また軟禁状態になるなんて、絶対に嫌!)
そもそも聖女って、国を守る存在であり、癒しを司る女神様みたいな人のはず、どう考えても、攻撃魔法が超得意な私は聖女じゃなくて、魔術師でしょう。
だから、ちょっとだけ嘘を混ぜる。
「女の子の父親を救ったのは私ですが、街を救ったのはレイリーンで間違いありません」
あの女の名前を口にするのも嫌だったけど、聖女は彼女だと信じ込ませたかった。
それなのに、アシュレイはしっかりと証拠を握ってて。
「では聞くが、そのブレスレットは魔法制御アイテムだろう」
「うっ、……ち、違います。これは……」
「ただのアクセサリーだというのなら、それを外して水魔法を見せてくれないか?」
完全に痛いところを突かれた。ブレスレットを外して魔法なんて使ったら、倍以上の威力が出ちゃうじゃない! 精一杯自力で抑えて頑張っても、たぶん普通に無理。
反論できなくなって口を閉じたら、アシュレイは意地悪な笑みを浮かべていた。
「どうした、出来ないのか?」
完全に挑発。
「分かりましたっ、結界は私が引き受けます」
こんなところで高魔力の化け物だなんて、知られたくなくて、私はアラステア国に結界を張ることを約束する。
「それでは、聖女として我が国に来てくれると言うことでよいな」
「それはお断りいたします」
「結界を張ると約束したではないか?!」
約束が違うとアシュレイが大声をあげたが、そもそも結界の作成方法が聖女様とは違うのだから、城に出向かなくても全然大丈夫なので、私は安心させるべく、優しく微笑んで見せる。
「聖女ではありませんが、結界を作るのは得意なので、ご安心ください」