第26話 許されなくとも「王太子殿下を愛せません」
「ア、アシュレイ王太子殿下?!」
「式はまだだが、今すぐにでも結婚する予定だ」
何を血迷っているのか、アシュレイはすぐにでも結婚するとレンブラントに言い切る。
(正当聖女様がいるし、婚約破棄もしたでしょうが!)
との心の声は、なんとかうちに留めることに成功したが、アシュレイはその勢いのまま、走ってくる。
「おぬしが婚約者だと」
「俺はアシュレイ=アラステア、元王太子です」
(だから、『元』ってなんなの?!)
まだ正式にヴァレンス様が王位継承したわけじゃないでしょう、と、私は思いっきりツッコみたかった。
当然レンブラントも『元』に引っ掛かる。
「元王太子とは、どういう意味じゃ」
「アリアと一緒になるために、王太子の座を弟に譲ったからです」
「では、お前は平民に成り下がったと申すか」
「一から出直す覚悟です」
堂々と宣言するアシュレイに、レンブラントの顔が渋くなる。
「大事な孫をそのような輩に嫁がせるわけにはいかぬ」
苦労など絶対にかけさせるわけにはいかないと、レンブラントが声を荒げれば、その肩にヴォルフガングの手が乗る。
「誰が孫だ。アリアを貴様の孫にした覚えなどない」
「細かいことを言うでない! マリアの娘ならば、儂の孫に変わりない」
どうしてそうなるのか全然分からないけど、レンブラントはそこは譲れないとヴォルフガングに噛みつく。当然ムカッとくるヴォルフガングの表情が怒りに……。
「今すぐ教会へ行くぞ」
そんなどさくさに紛れて、アシュレイが私の手を引く。瓦礫が散乱するこの場所から、教会まではそれほど遠くないと、アシュレイが微笑んでいるけど、この結婚に賛成してるのって、アシュレイ以外いないでしょうと、私は必死に足を止める。
「私、婚約破棄したんですけど……」
「問題ない」
(いやいや、問題しかないでしょう! この人、状況把握できてる?)
「小僧、孫を誘拐するかっ」
「俺様はまだ認めておらぬぞ」
勝手に先走ったアシュレイに、低い声がかかる。人型とはいえ、ドラゴンの気迫は消えず、圧が凄まじいが、アシュレイは怯むことなく私を掴む。
「俺が生涯で愛する人はアリア以外いない! すでにアリアしか見えない」
強く言い切ったアシュレイに、ドラゴンの二人は瞬間動きを止めたが、地位も名誉も捨てた男がアリアを幸せにできるとは思えず、口を揃えて叫ぶ。
「孫は渡さぬ」
「娘は渡さん」
「アリアは俺が貰う!」
完全に泥沼化状態。
「お取込み中のところ、ちょっといいかしら?」
それを打破したのはルーフェス。
もちろん邪魔された3人がルーフェスを睨むが、指でとある場所を指され、3人の視線はそこへと向かう。
そこには王様、王妃、ヴァレンス、セリーナ、ローレンにティムが立っていた。
6名の存在に気が付くと、ヴァレンスがアシュレイに向かって走り、セリーナが私に向かって走ってくる。
「兄さまっ、どうか考え直してください!
「ヴァレンス」
「このような置手紙、承諾できません!」
アシュレイが王位を譲ると書き残した手紙を握り締め、ヴァレンスが必死に食らいつく。
と、同時にセリーナが私の前までくると、いきなり頭を下げた。
「アリアさん、ごめんなさいっ」
髪を振り乱して、思いっきり頭をさげたセリーナだったが、私にはなんのことか全くさっぱり分からない。
「えっと、何のことかしら?」
素直に謝られる理由が分からないと口にすれば、セリーナは顔をあげて泣きそうな表情を浮かべる。
「聖女でありながら、王太子殿下以外の方を愛してしまったのです」
「……、は?」
「許されないと分かってはいます、けれどっ、わたくしはアシュレイ王太子殿下を愛せません」
アシュレイ本人真横にして、とんでもないことを言いだすセリーナに、約一名を覗いて目を点にする。
私以外にもアシュレイとの結婚をお断りする人がいたのね、なんて、他人事のように耳に入ってくる。
「王太子殿下、処罰は如何様にも受ける所存です」
いつの間にやってきたのか、第一師団長のティムがアシュレイの前で膝をつき、深く頭を下げる。つまり、セリーナの愛してしまった人は間違いなくこの人。
首を跳ねられても文句など言えないと、ティムは詫びと命を捧げる覚悟を示す。それを見たセリーナがティムを抱きしめるように庇う。
「違うのです。わたくしが一方的に愛してしまったのです」
「いえ、全ては私の不徳の致すところです」
「ティム様は何も悪くありません」
だからどうか許してほしいと、セリーナは涙を浮かべてアシュレイに訴えるが、この状況はアシュレイにとって願ったり叶ったりであり、聖女自らが結婚を破棄してくれるなら本望だと、ティムに顔をあげるように言う。
「咎めるつもりはない」
「しかしッ」
「幸せに出来ぬというのなら、処罰を考えるが……」
「そのようなことは。必ずや幸せにいたします」
ティムは力強くそう誓うとセリーナを優しく見つめる。




