第8話「偽りの愛は、砂を吐く」
「どういうことですか?」
「死罪になりたくないだろう。俺に話を合わせればいい」
「助けてくれるのですか?」
「ああ、君を助けたい」
アシュレイに持ち掛けられた提案は、すごく魅力的で、私はそれに乗ることを決める。
だって、脱獄なんかしたら、国を追われるどころか、本当に罪人になってしまって、生きにくくなってしまうし、自由な生活ができなくなってしまう。
だったら、逃がしてくれると言ったアシュレイに助けてもらえば、罪人ではなく、普通にここから逃げることが出来るのだから。
「アシュレイ様」
周りに聞こえるように声を張って、私はアシュレイを抱きしめ返す。それを了承と得たアシュレイもまた演技を続ける。
「君を想わない日などなかった」
「私もです」
「俺の愛するアリア」
「ええ、私も愛しております」
砂を吐きそうな台詞を吐き出しながら、私とアシュレイは周囲に、以前から想いあっていたと言う風に見せかけ、愛し合う姿を見せつける。
それを見た王様がようやく一言。
「アシュレイ王太子よ、この者は偽りの聖女であったのだぞ」
負傷する民を捨て、一人逃げた罪人だと再度告げる。それについては、皆が同意見だったが、アシュレイは王様を見つめて、「構いません」と断言する。
「アシュレイ、考え直さないか?」
これはアラステア国にとって良くないことだと、心配したランデリックが声を掛けるが、アシュレイは首を振る。
おまけにレイリーンも口を挟む。
「アリアは、民を見捨てるような女性ですのよ」
誰もがアラステア国とアシュレイを気遣って声を掛けるが、抱きしめる腕を解かないどころか、アシュレイは私の顎に手を添えると、じっと見つめてきた。
背が高く、近くで見たら凄いイケメンに見つめられたら、さすがに顔が赤くなる。
「ああ、なんと愛しい。今すぐにでも君を奪ってしまいたい」
しかし、赤くなった頬も青ざめるような台詞を吐かれ、私は背筋に冷たい汗が流れ、危険を察知する。軽く顎を持ち上げられたら、これはもう……。
マズイ! これは唇を奪うつもりなの? と、危機感を持った私は声を潜める。
「待って、……キスするつもりなの?」
「そこまではしない」
「じゃあ、どこまでするのよ」
「皆が納得するまでだ」
こそこそと言い争いながらも、私とアシュレイは愛し合うように体を密着させる。
こうなったからには、恥も羞恥も捨てて、とことん演技に乗るしかない!
全ては自由のために。
「アシュレイ様、みんなが見てる前で口づけなんて、恥ずかしすぎます」
これから口づけをすると思わせての台詞。
「俺は見せつけたいが、君が恥ずかしいなら後でたっぷりとしてあげよう」
「もうアシュレイ様ったら、いつもそうではありませんか」
「君が可愛すぎるから、つい手加減を忘れてしまうよ」
完全に二人の世界が出来上がって、周りはこの甘いやり取りをただただ見せられている。
この二人はすでに口づけ以上の関係を持っていると思わせつつ、なんとかアリアをもらい受けることを願うアシュレイは、あと一押しかと、心を決める。
「アリアの身体で、俺の触れていない場所などないだろう」
完全にそういう関係だと暴露し、アシュレイは王様を見る。
さすがにそこまで言われるとは思わず、真っ赤に沸騰した顔が信じられないほど赤面。もちろんレイリーンおよび、周囲の者たちも赤面中だ。
(さすがに、恥ずかしすぎるでしょう!)
若干言葉を失ったランデリックが、フラッとアシュレイに近づこうとしたが、ここで王様から決断が下された。
「二人の関係はよく分かった。アシュレイ王太子よ、アリア=リスティーの死罪を取りやめ、国外追放とする」
罪名が変わり、私は晴れて国外追放となった。
「ライアール国王よ、寛大な処置、誠に感謝いたす」
「アリア=リスティー、お前は二度とこの地を踏むことは許されぬ、よいか」
二度とライアール国に入ってはならぬと、言い渡され、私は笑顔で
「承知いたしました」
と、返事を返したのは言うまでもない。
気まずい、非常に気まずい。
あれからすぐに城を追い出され、私は今アシュレイの馬車の中にいる。もちろんアシュレイも一緒に。
一緒にアラステア国に戻ると言う設定のため、これは仕方のない行動。
演技だったとはいえ、あんな恥ずかしい台詞を言い合ったなんて、どんな顔をすればいいのか分からず、互いに目を泳がせている。
もうすぐライアール国の国境に差し掛かる。私は国境を越えたら捨ててもらおうと、ようやく口を開いた。
「あ、あの……、助けていただき、誠にありがとうございました」
死罪から助けてもらったのだから、ちゃんとお礼をしないとと、私は座ったままだけど深く頭を下げる。
「いや、大したことはしていない」
思い出すだけでも恥ずかしすぎると、アシュレイは口元を抑えて顔を赤らめる。当然私だって記憶から抹消したい出来事だ。
「国境を越えたら、その辺に捨ててください」
「捨てる?」
「一人でもちゃんと生きていけますから」
適当なところで馬車を下ろしてほしいと頼んだ。ちょうど山奥だし、ここならきっと誰も来ないし、のんびり暮らせそうだと、私は心躍らせたのに、アシュレイが突然手を握ってきたのだ。
「それは困る」
眉を寄せて馬車を降りられては困ると言う。
「私も困ります」
このまま一緒にアラステア城に行くわけには行かないでしょうと、私も言い返す。
全て演技だったわけだし、ただの平民が城に入れるはずもないわけで。
むしろ街中で降ろされた方が困ると、私は森の中に捨てて欲しいと願ったけど、アシュレイは俯いたまま手を離してくれない。
(優しい人なのかしら?)
女性を何もない山奥に捨てることなど出来ないと思っているのかと、私は安心させるように掴まれた手にそっと手を乗せる。
「魔法は得意なので、ご心配ありません」
獣や魔物に出会っても自分で対処できると、強さをアピールしたんだけど、アシュレイはなぜか酷く困った顔をして私を見つめてきた。
何か思い詰めてる? その表情からは明るさが消えていた。
「アリア、俺は……」