第18話 愛がゆえに、ドラゴンと一騎打ち?
アシュレイのとった愚かな決断を正すと、ルーフェスは手にした剣先をアシュレイの正面に向ける。本気だと語る、冷酷な瞳の輝きと、決して引くことのない剣。
アシュレイは地に落ちる剣を拾うと、自らも構える。
「俺が勝てば、アリアと一緒になる」
「了承した」
ルーフェスは短くそう答えると、スッと剣先を振る。
「……ッ」
見えなかった。剣が下に振り下ろされただけだったのに、アシュレイの頬からは微かに血が滲んだ。
おそらく剣を下ろす前に僅かに手前に振り、頬を掠めた。相手はドラゴン、勝ち目など始めからないと分かっている、それでも譲れないものの一つくらい自分にもあるのだと、アシュレイは左足を後ろに引く。
「手放せないと、初めて思った……」
グッと踏み込んでルーフェスに剣を突き刺すが、風のようにかわされ、剣は空を突く。
「得手勝手だな」
「何と言われようとも、譲れないものは譲れない」
背後に回ったルーフェスに、大地を蹴ってアシュレイが切り込むが、剣は軽く弾かれルーフェスを掠ることもできない。
「自らの立場を弁えよ」
そう口にしたルーフェスが、剣を振ればアシュレイの腕の服が破れ、傷口から血が滴る。
「ルーフェスさんッ、やめてくださいっ」
アシュレイが死んでしまうと、私は結界の中から叫ぶけど、ルーフェスはこっちを見てくれない。
「愛するアリアを守れないような奴が、国など守れるはずがない!」
「言い訳か」
「言い訳だ、と……」
「国を背負う覚悟がなく、逃げてきたのだろう」
鼻で笑うようにルーフェスは挑発する。それを聞き、アシュレイは切れた腕をそのままに再び剣を構える。その表情は何かに耐えているように苦しそうだった。
「……、俺は……」
そこで言葉を切ったアシュレイは再び、大地を蹴る。
真っすぐに突進すれば、ルーフェスはひらりとそれを避け左に逃げたが、アシュレイはすかさずルーフェス目掛けて剣を振る。全てかわされる攻撃と、無数に切り込まれ、隙あれば柄で殴られる体が感覚を失い、アシュレイは剣を落とした。
カラン
と、手を離れた剣が大地に転がる。攻撃を避けながらもルーフェスは、何度も攻撃を繰り返し、致命傷を与えない程度の傷を無数につけており、アシュレイの全身からは、血が滲み、打撲の跡が痛々しく露になる。
顔から足まで負わされた傷のせいで、服はボロボロになり、深く切られた太ももからは、血だまりができるほど血が滴った。
「お前の居場所はここではない」
血が付着した剣から血を拭うように強く振り払ったルーフェスは、アシュレイにいるべき場所に戻れと指示を出す。
手が痺れる、視界が霞む、足が動かない。アシュレイは絶対的なドラゴンになど人が敵うはずもないと分かっていても、引き下がれないと唇を噛み締める。
「俺は、アリアを失いたくないッ」
鉄の味が広がる口を思いっきり開いたアシュレイから、血飛沫が飛び、同時に大地に落ちた剣を足で蹴りあげるとそのまま柄を思いっきり蹴とばす。
氷の剣は一瞬姿を消し、ルーフェスの足を掠めていった。
「な、なんだ?!」
アシュレイが蹴った剣が見えなかったと、ルーフェスは驚きに目を開き、僅かに血が流れる足を横目に飛んでいった剣を見て、思わず笑みが浮かんでしまった。
飛ばされた剣には、ヴォルフガングの鬣が1本巻きついていたからだ。
全て回収したと思っていたが、アシュレイはまだ1本持っていて、その使い方を分かっていると、なんだかドラゴンの意志を汲んでもらえたようで、なんだか嬉しくなった。
鬣は守りのようなものだが、使い方次第では強力なサポートになる。それをアシュレイが実践してくれたことが、素直に嬉しいと感じたのだ。
だが、次の瞬間アシュレイは大地に倒れ込んでしまった。
「アシュレイ王太子殿下ッ!」
指一本動かせないと、倒れ込んだアシュレイは、虚ろな瞳でアリアを見るが、その姿がぼやけてしまって全然見えない。
「……すま、な、い。君の姿が見えない」
こんなにも見たいのに、黒い人影にしか見えないと、アシュレイはそっと口元を緩めてそっと手を伸ばすが、手が届く距離ではなく、ただ伸ばすだけ。
「どうして……、私なんかの為に、どうしてこんなこと!」
「君を愛していると、……言っただろう」
嘘じゃないと、アシュレイは本気だと口にする。国を捨ててもいいとさえ考えてしまったほど、愛してしまったんだと、困ったように苦笑するアシュレイは、伸ばした手をゆっくりと落とす。腕をあげている力も、瞳を開く力もなくなっていくと、ゆっくりと瞳を閉じかけた瞬間だった。
「私を一人にしたら、許さないんだからっ」
嗚咽交じりの必死の悲鳴が耳に届く。
何も見えなくとも、泣いていると感じた。だからアシュレイは、必死に閉じる瞳を開こうとする。抱きしめてあげなければと、アシュレイは大地を掴もうとするが、感覚がなく、土を掴んでいるのかさえ分からない。
アリアが泣いているのに、自分はなぜこんなにも無力で、涙を拭ってやることさえできないのかと、アシュレイは途切れそうな意識の中で、自然と涙が溢れてきた。
「命が惜しくないと見た」
「ヒィッ、ぃぃ~~、誤解よ、誤解」
「弁解はあの世でしろ」
「待ってぇ、ヴォルフちゃん……」
突然聞こえてきた声の方を見れば、いつの間に現れたのかヴォルフガングが、ルーフェスの首元に鋭く長い爪を突き立てていた。
このまま突き刺すか、それとも切り落とすか、そんな雰囲気だった。




