第7話「突然の愛の告白」
自分で言うのもどうかと思うけど、好意を寄せる女性の数は数えきれない。夜会に顔を出せば、あっという間に女性たちに囲まれるのはいつもこと。
おそらくそろそろ結婚してもいい頃だと、国王が口にしたことが原因ではあるが。
「しかしだな……」
アリアは隣国の民。アシュレイのことなど王太子程度の知識しかない。
「兄さまは誰よりもカッコよくて強い。惚れない女性などいないのです」
「ヴァレンス、それは言い過ぎだ」
「言い過ぎではありません。女性たちから、兄さまのことをしつこく聞かれる僕が証明します」
少し年の離れているヴァレンスは、まだ幼さが残り、女性たちも近づきやすいのか、アシュレイについて「好きなものはなにか?」「どんな女性がタイプなのか?」「どんな本を読んでいるのか?」などなどいろいろと聞き出しているらしい。
それを聞き、アシュレイは益々頭を抱え込む。
「最近やたら好みの物がプレゼントされると思ったら、お前だったのだなヴァレンス」
贈り物と称して、ご令嬢から贈り物が届くことがあったが、最近は全て好みの物ばかりで、少し怯えていたアシュレイは、その原因が判明してため息が出た。
結婚を拒否しているわけではない、好きになる相手がいないだけなのだと、アシュレイは眉を下げる。どれほど綺麗な令嬢を前にしてもそれが恋にはならない、ただそれだけ。
自分の好きなタイプの女性すら分からない状態だ。
「兄さま?」
全身から力が抜けてしまったようなアシュレイの姿に、ヴァレンスが慌てて声を掛ければ、「問題ない」と、苦笑を返された。
好きな女性もいない自分は、国の為に偽装結婚すべきだろうと、心のどこかでそれを承諾した。
薄暗い牢獄は今日も冷たい空気を生む。
「この手枷、邪魔過ぎる」
一日二回、食事が運ばれてくるが、手枷のせいでスプーンもフォークも使いにくい。
偽物とは言え、聖女だった経歴もあり、魔力を封じ込めるための手枷なんだけど、はっきりいって、私には通用しないわけで、ただの重りと変わらない。
こんな枷で私の魔法を封じられるのなら、はじめから身に着けて生活してるわ、とさえ思った。
「壊さずに外す方法ってないかしら?」
せめて食事と寝るときくらいは外して、またつけられる魔法がないかと考えてはみたけど、そんな便利な魔法などなく、結局肩を落とす。
どうあっても破壊しか方法が見つからなかったから。
「そういえば、私の刑……、明日決まるんだっけ?」
ふと嫌なことを思い出して、私はこれ以上ない深いため息を吐き出して、今日も冷たい床で眠りにつく。
国外追放してくれたら、もうそれでいいんだけど、と、淡い望みを胸に抱いたまま。
翌朝、朝日が昇るとともに私は謁見の間に連行され、刑を言い渡された。
聖女としての役目を放棄し、逃亡を図った罪により、
アリア=リスティーを
『死罪』
とする!
「………嘘」
下された判決に、頭の中は真っ白。
逃げただけで死罪って、どうなってるのよ!
国外追放くらいが妥当でしょう。聖女不在で、国民を危険に晒したまでは素直に受け入れたけど、街中に治癒を施して、魔物退治までしたのは、わ・た・し。
冗談じゃないわと、メラメラと怒りが込み上げてくる。
「処刑日は、追って知らせる。この者を牢へ連行しろ」
王の声で、私は兵士に両腕を捕まれ立たされ、歩かされるが、その途中で耳に入った声に、私はそいつを睨みつけた。
「聖女は二人もいらないわ」
レイリーンは、扇で口元を隠しながら、クスッと笑った気がした。
「あの程度の魔法で、よく言うわ」
「負け惜しみかしら? わたくしはこの国を救ったのよ」
「それはご立派ですこと。それでは魔物も討伐してくださったのかしら?」
救ったと言うのなら、当然郊外に現れた魔物も街中の魔物も討伐もしたのかと問えば、レイリーンは少しだけ表情を強張らせて、扇を口元から外す。
「わたくしが出向くまでもなく、騎士様たちが討伐してくださったので、わたくしの魔法を披露する場がありませんでしたわ」
レイリーンは、魔法の威力を見せる場が失われてしまって残念だわと、強気に出た。
なんかムカつく。
「あなたの魔法力では、足手まといになるだけですもの、行かなくて正解だったのでは」
「な、んですって!」
魔法力を馬鹿にされ、レイリーンが顔を赤くして怒る。
「あら、聖女さまでも怒るのね」
癒やしを象徴とする聖女。誰もが思い描くは女神様のような姿。だからか、レイリーンはすぐに取り乱した自分を整え、フワフワとした扇を仰ぐと、
「偽物は、とっとと消えなさい」
勝ち誇ったような笑みを浮かべて、そう言った。
「ええ、あなたに言われなくとも、消えて差し上げますわ」
(絶対、脱獄してやる!)
城の人たちも、街の人たちも、全員眠らせて完全逃亡してやるんだからっ。
そう心に決めて、私はそのまま大人しく連行されるはずだったんだけど……。
「その罪、少し待ってくれ!」
ドカッと扉が開かれて、一人の男が飛び込んできた。
「アシュレイ!!」
見覚えのある男に、ランデリックが声を上げた。そう、飛び込んできたのは隣国の王太子殿下のアシュレイ。
何事かと、謁見の間は緊張感に満たされる。
「国王よ、アリア=リスティーの死罪、俺に免じて免除していただけないか?」
部屋に入ってくるなり、王様の目の前で膝を付き、頭を下げたアシュレイは、アリアを救ってほしいと願い出る。
本当に突然の申し出に、皆が目を点に変えたが、王様は冷静にそれを受け止める。
「それはどのような了見か?」
「ライアール国の聖女であると知りながら、俺はアリアを愛してしまったのだ」
次いで唐突の告白まで飛び出し、誰もが口を開いて呆然とその驚きを耳にする。
もちろん私だって何がどうなっているのかと、開いた口が塞がらない。一体どこで愛してるなんて関係になっているのかと。
(この人、何を言い出すの?!)
全然訳が分からないと、私は唖然とアシュレイを見つめる。
「……アシュレイ王太子」
「手が届かぬと諦めかけていたが、アリアは偽物とのこと。俺の妻にしても差し支えないだろうか」
再度頭を下げたアシュレイは、偽聖女だったのならば、ぜひ妻にしたいと申し出る。
当然王様も王子も、レイリーンでさえ、ポカンと口を開ける。
平民の私が隣国の王太子殿下と恋仲などと、誰が信じると言うのか?
(はぁぁぁ〜?! まだ一度しか会ったことないのに、どうしてそうなるのよ!)
私も半開きの口のまま、唇を震わせながら脳内でそう叫んだ。
だが、アシュレイはとても真剣な表情をしたまま、王様に深く頭を下げると、私の方に歩いてきた。
「アリアを離せ」
両腕を掴んでいた兵士に命令し、束縛を解くと、アシュレイはなんの前触れもなく、いきなり抱きしめてきた。
「君が偽物であったこと、これほどまでに喜んだことはない!」
「ちょ、と、……」
展開がいきなり過ぎて、私はアシュレイを引き離そうとしたんだけど、物凄い力で抱きしめてきて、ついでに耳元に口を寄せてきた。
「話を合わせろ」
周りに聞こえないようにアシュレイがそう囁く。だから私も抱きしめられるフリをしながら、耳元に口を寄せる。