第13話 浮気男の始末は、完全犯罪可能
「どうして旦那さまを捨ててこいなんて言うのよっ、――あ! まさか浮気、浮気なのね」
そりゃあ、こんなにイケメンですもの、女性だけじゃなくて、男性だって放っておかないわ。遊びが過ぎたのね。
ルーフェスは勝手な妄想を繰り広げて、アシュレイが浮気して捨てられたと勘違いする。
この際どうでもいいが、目を覚ます前に片付けてほしいとヴォルフガングは、弁解はせずルーフェスに、元の場所に戻してくるように言いつける。
が、しかし、ルーフェスはなぜか怒り出して、アシュレイを軽く足蹴りに。
「可愛いアリアちゃんがいるのに、浮気なんて許せないわ!」
顔がいいからって、よそにいい人を作るなんて絶対許せないと、ルーフェスは顔を赤くしてアシュレイをフミフミと踏みつける。
「待って! 浮気じゃないのよ!」
王太子殿下を踏みつけるなんてダメだと、慌てて仲裁に入れば、ルーフェスに両肩を掴まれる。
「浮気男なんて庇わなくていいのよ。王子だろうと、王太子だろうと、浮気は罪よ」
「浮気じゃないんです、本当に!」
「結婚してなくても、婚約者がいる時点で他の人に手を出すのは、立派な浮気よ」
ルーフェスは、アリアとアシュレイがまだ結婚していないことは理解しているようだったが、アシュレイがよそにいい人を作ったと完全に誤解している。
それを踏まえたうえで、ルーフェスから恐ろしい言葉が飛び出す。
「安心して。ここで始末すれば、死体は隠せるわ」
ドラゴンの聖域で殺害すれば、証拠も遺体も見つからず、アリアが疑われることなどなく、完全犯罪が成立するから、何も心配いらないとまで口にされた。
(こ、怖い……)
温度のないサファイア色の瞳で見つめられ、アリアは背筋が凍る。一見ふざけているようなルーフェスだったが、真剣な表情でそう言われると、本当に怖い。
どうしようかとヴォルフガングに助けを求めるため、視線をゆっくりと向ければ、額を抑えて頭を悩ませていた。
そして、顔を上げたヴォルフガングは、ツカツカと足を進めて、
「頭を冷やしてこいっ!」
と、ルーフェスをまたもや湖に放り投げた。
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「そういうのは、ちゃんと説明してよ」
意識のないアシュレイをひとまず部屋に運び、ベッドに寝かせ、ヴォルフガングは無事に湖から戻ったルーフェスに、婚約破棄に至った経緯を手短に説明した。
「話を聞かぬお前が悪い」
「つまり、アリアちゃんは身を引いたわけね」
正当聖女が現れたから、婚約破棄はアリアからしたのだとしっかり説明。
当然、ルーフェスもそのことについては、正しい判断だと下す。
けれど、アシュレイがこんなところまで足を踏み入れるのは、おかしいと顎に手を添える。
例え、鬣を持っていたとしても、マーキングされていたとしても、ここまでたどり着くにはかなりの労力が必要であり、ましてや聖域にドラゴンの許可なく踏み入れようものなら、体が引き裂かれるような苦痛さえ伴うだろうと。
だからこそ、アシュレイは未だに目覚めないのだろうと、ルーフェスは言う。
聖域に足を踏み入れた報いなのだが、命があるのはヴォルフガングの鬣のおかげ。本来なら人間も魔物も決して立ち入ることのできない世界なのだから。
「傷だらけね」
「治癒してあげたいけど、目を覚まされると面倒だから……」
「そうよね、意識が戻ったら面白くなりそうだもの」
ふふふ、と、ルーフェスは修羅場になりそうな場面を想像してなぜか浮かれる。
「ルーフェス」
絶対面白がっているとヴォルフガングが睨めば、ルーフェスは残念そうな表情を浮かべて、軽く手を振る。
「起こさないわよ。……修羅場は見たいけど……」
「ルーフェス!」
「はいはい、イケメン王太子様はこのままね」
問題を起こさないようにしますと誓って、ひとまずルーフェスは大人しくする。
本当は今すぐにでも怪我や傷を治してあげたいんだけど、会話するのが怖いのが正直なところ。こんなところまで追いかけてきて、一体何を言われるのかと、考えれば考えるほど胸が痛くなる。もしかしたら胸ポケットに結婚式の招待状とかがあるのかも、なんて考えだしたら気持ちが落ちる。なので、治癒魔法は一旦しない方向で、このまま放置することにした。
「それにしても、アシュちゃんは、誰に会うつもりだったのかしら?」
「アシュレイ王太子殿下です」
「長いのよ、アシュちゃんでいいじゃない」
(ドラゴンって、どうして長い名前に弱いのかしら?)
ヴォルフガングといい、ルーフェスといいアシュレイ王太子殿下は呼びにくいと、勝手に省略した。
「アリアに決まっておる」
ヴォルフガングは、娘に会いに来たと断言したが、ルーフェスは眉を寄せて唸る。
「選ぶ道を誤るような人には見えないのだけど」
わざわざ偽者を選んで、国民から反感を買うようには見えないと、頭を悩ませた。
確かにアシュレイなら、聖女を選ぶべきだと理解しているはずだし、それが正しい選択だとも分かっているはず、なら、私じゃなくてヴォルフガングに用事が?
(至って平和な国に、ドラゴンの力が必要なの?)
謎は深まる。
「御託はいい。ルーフェス、アシュが目を覚ます前に、きっちり捨ててこい」
「どうしてそんなに冷たいのよ」
「揉め事は好かん」
目を覚ませば、必ず問題が起きる。その前になかったことにしろと、ヴォルフガングは指示を出す。
「死にそうなイケメンを捨てるなんて、酷いわっ」
「その程度で死ぬか」
「きれいな顔に傷がついてもいいなんて、ドラゴンの風上にもおけないわ」
ああいえば、こういう。ルーフェスとのやり取りに終わりが見えず、ヴォルフガングは落胆のため息をこぼす。
「アリア、頼む」
自分では押し問答だと、ヴォルフガングはアリアに続きを託す。けど、引き継がれてもどうしようもないのが現状。
「人に押し付けないでよ」
「お前から捨ててこいと言ってやれ」
「捨てるって……」
せめて、戻してきてくらいでいいじゃないと思いつつ、チラッとルーフェスをみれば、なぜかキラキラした眼差しを向けられる。
「どこまでいったの?」
唐突に奇妙な質問をされて、私は首を傾げる。
「口づけまでは当然だとして、夜の……」
「ルーフェスさんッ!!」
何を聞かれたのか分かった私は、ダンッと足を鳴らして立ち上がり、怒鳴るように言葉を続けた。
「何もありません!」




