第10話 蒼髪の美しい人の正体
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「えっと、ここって昨日の場所……、じゃないわよね、間違いなく」
テントから外に出たら、真っ白な花の咲く草原が広がり、底まで見える透明で綺麗すぎる湖が目の前にあって、背後には暗雲立ち込める山々が聳え立っていた。
昨日からあるものは、このテントだけ。
「……どこ?」
見回す限り、全然全く知らない土地で、しかも昨夜までいたはずのヴォルフガングまでいなくなっていて、私は嫌な汗をかきながら呆然と立ち尽くす。
「みぃ~いつけたぁ」
背後から少し甘い声がして振り返れば、透き通るような蒼い長い髪の人が、風のごとく猛ダッシュしてきた。
「キヤァァァァァァッ!」
変な人が突然抱きついてきて、私は思いっきり悲鳴をあげてしまった。
そうすれば、見慣れた顔が洞窟から出てきて、こちらも俊足で走ってくると、蒼髪の人の首根っこを捕まえて、軽々と湖に放り投げた。
バッシャンッ
水しぶきがあがり、蒼髪の人は湖に沈んでいく。
「大丈夫か、アリア」
「お、父さん?」
「まったく、油断も隙もないな」
そう言いながら私を抱きしめてくれたけど、湖に投げられた人は大丈夫なのかしらと、不安しかない。
「お父さんっ、死んじゃうわ」
盛大な水しぶきをあげて湖に沈んだ人が死んじゃうと、慌ててヴォルフガングを引き離そうとしたんだけど、
「酷いじゃない、ヴォルフちゃん」
湖の方角から声が聞こえ、自力で這い上がってこれたのかと、ちょっとだけ安心したけど、ヴォルフガングは私を隠すように前に立ちはだかる。
「……ぇ、?」
私を守るように前方の立つヴォルフガングの向こう側には、信じられない光景が。ついさっき投げ飛ばされたはずの蒼髪の人が、濡れた髪を掻きあげながら、あり得ない場所にいて、私は口をパクパクと動かしながら驚きで声が詰まる。
だって、水の上を歩いていたのよ!
「我が娘に触れるな」
「いいじゃない、減るものじゃないし」
「貴様に触れられたら、減る」
ヴォルフガングは、確実に何かが減ると言い切った。
「減らないわよ!」
人をばい菌みたいにと、ブツブツと文句を言いながら湖の上を歩く蒼髪の人は、陸に上がると、パチンと指を鳴らした。
そうすれば、濡れた髪も服も一瞬で乾く。一体どうなってるの? それにこの人は誰なの?
ここはどこ? と、聞きたいことが大渋滞。
「挨拶くらいさせてよ」
ヴォルフガングの目の前まできた蒼髪の人は、少しむくれながらも私に挨拶がしたいと申し出る。
「触るなよ」
そう忠告して、ヴォルフガングは横に避けてくれた。
「もう、過保護なんだから」
触るくらいいいじゃないとさらに文句を呟きながらも、蒼髪の人は右手を胸に宛がい、綺麗な所作でゆっくりと礼をする。
「申し遅れました。私は蒼き竜のルーフェスと申します」
(蒼き竜って、この人もドラゴンなの?!)
ぽかんと開いた口が塞がらない。ヴォルフガングはイケメンだけど、ルーフェスは綺麗だと思った。たぶん、切れ長のサファイアの瞳と、麗しい長い髪、そして、細く長い指がそう見せるのだろうと思う。
「美しくて見惚れちゃった?」
じっと見つめていたら、ルーフェスがそんなことを尋ねてきた。透き通る髪も顔立ちも整っていて、美しいかと聞かれれば、そうだと答えられる容姿。
だけど、ヴォルフガングが私の腕を引き、とんでもない事実を教えてくれた。
「ルーフェスは男だ。勘違いするな」
(は? 男? この美しさで?)
完全に負けたわ。女として男に負けるなんて、私はガックリと肩を落として、自分の容姿に全然自信が持てなくなる。
そういえば、アシュレイも美形だったわね。なんて、思い出さなくてもいい事まで思いだす。
「それにしても本当、そっくりね」
まじまじと覗き込んできたルーフェスは、母であるマリアに顔が似ていると言う。
「当たり前だ」
「お父さんに似なくて良かったわね」
「どういう意味だ、ルーフェス」
にやにやとしながら、ルーフェスはヴォルフガングを挑発するように言えば、ムキになったヴォルフガングが詰め寄る。
「可愛いの要素なんて欠片もない、ヴォルフちゃんに似たら大変でしょう」
特に目元なんて可哀想よ、と、涙を拭く真似までする。
(た、確かに、お父さんみたいな鋭い目つきはちょっと遠慮したいわね)
「踏み潰すぞ」
最愛の娘が欠片も自分に似てないと言われ、ヴォルフガングはルーフェスを鋭い眼光で睨みつけるが、全然気にせずにルーフェスはなぜかにこやかに笑みまで浮かべる。
「このやり取り、久しぶりだわぁ~」
「相変わらず、気色の悪い趣味だ」
「そうかしら? もう何十年も眠っていたから、嬉しくない?」
ルーフェスは、ずっと眠っていて久しぶりに目を覚ましたら、ヴォルフガングがすぐにここを出て行ってしまったのよ、と、寂しそうに声を落とす。
久々に会話したかったのに、聖域に置いて行かれたと拗ねる。
「眠っていたって? ドラゴンってそんなに寝るの?!」
存在自体が架空だと思っていたから、生体が不明で、私は眠っていたと言う時間に驚く。もし本当にそんなに長く眠ってしまうなら、ヴォルフガングと顔を合わせられるのは、今だけになると、急に寂しくなる。
次に目覚めるときには、きっと私は寿命を迎えているだろうと。
「お寝坊さんだと、何百年も寝てるけど、起こせば起きるわよ」
「何百年?!」
「ルーフェス、お前は追加で100年ほど寝ていろ」
起きるのが早いと、ヴォルフガングはルーフェスに嫌味を言いつつ腕組をする。
「酷いわ、せっかくヴォルフちゃんの可愛い娘を口説くために起きたのにぃ」
「娘を口説くなッ」
「下界にこんな美しくて強い男はいないと思うけど」
サラっと髪を掻き、ルーフェスは私を嫁にしたいと冗談なのか、本気なのか分からない話をする。当然ヴォルフガングの髪がパチパチと火花を纏う。
「俺様を倒すと言うのだな」
メラメラと燃える髪とオーラが凄まじい。




