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第9話 最後の別れと深謝

一方、アリアが出ていったこと、婚約を破棄されたこと、足取りが追えないこと、いろいろなことが頭を駆け巡り、アシュレイは、眠れぬ夜を日々過ごしていた。


「なぜ今更、聖女など……」


アリアと出会う前なら、快くセリーナを迎え入れていただろうが、心からアリアを愛してしまった今となっては、興味すらでない。

ヴォルフガングが認めたというなら、セリーナは間違いなく聖女であり、自分はアリアではなくセリーナを選ぶべきだとも理解はしている。しかし、共に歩んでいきたいのはアリアただ一人。


「愛していると言う言葉だけではダメだったのか……」


甘く溶けてしまいそうな口づけさえ交わしたというのに、どうしてこんなにもあっさり出て行けるんだと、しまいにはアリアにさえ苛立ちが起こる。

居場所さえ分かれば、どんな手を使っても会いに行くが、本当に行方が分からない。領土が二倍になったこの国では、アリアの足取りを追うのは困難過ぎる。

アシュレイはベッドに倒れ込んだまま、行き場のない思いを抱え込む。こんなに探しているのに、どうして手がかり一つ出てこない。


「まさか、もうこの国に居ないのか?!」


聖女が二人になったことで、結界は強化されているはず。つまりアリアは結界補強を行わなくて良くなった? それで国を出て行った?


「落ち着け、俺」


ガバッと起き上がったアシュレイは、取り乱した自分を鎮める。アリアは城を出て行くとき、アラステア国に何かあれば駆けつけてくれると言ったと聞いた。それが意味することは、この国にいるということだ。やはりアリアはアラステア国にいると、アシュレイは乱れた髪をかき上げる。


「ヴォルフガング殿と一緒に居ることは明白。それなのに、なぜ見つからない」


あれほど目立つ男はいないだろうと、アシュレイは頭を抱える。一人くらい見かけたものがいてもおかしくないが、足取りが追えない。どうなっていると、不安に襲われる中、アシュレイはサイドテーブルにあった水に手を伸ばす。

落ち着きを取り戻そうと一杯飲み干せば、真夜中には不釣り合いな音がした。



コンコン



月が頭上で輝く頃、誰かが窓を叩く音がした。

この高さまで一体誰が上ってこれる? アシュレイは警戒しながら窓に視線を向ければ、暗闇でも映える鮮やかな髪を見た。


「ヴォルフガング殿!」


バルコニーに見えた人物の名を叫びながら、窓を壊す勢いで開け放つ。


「夜更けに邪魔する」

「アリアはどこだっ」


掴みかかる勢いで声を荒げれば、ヴォルフガングは腕を組んで壁に背を預けた。どうやら部屋に入るつもりはなさそうだ。


「今宵は、アシュに礼を言いに来ただけだ」


ここにアリアはいないと言いながら、アシュレイを見る。


「アリアに会わせてください」

「それは出来ぬ」

「なぜだ」

「我が娘を苦しめることはできぬ」


アリアは潔く身を引いた。アシュレイに会えば、傷つくことは目に見えて分かっている、だから会わせられないとヴォルフガングは説明する。


「俺はセリーナとは結婚できない」


アシュレイははっきりとそう告げた。例え聖女だとしても、共に歩んでいくことはできないと、ヴォルフガングに伝えれば、紅蓮に染まる瞳が細く光った。


「愚かな」


自分の選ぶ道を間違えるなと、鋭い眼光を向けられる。聖女と同じ役割をこなせても、アリアは聖女ではない。アシュレイが選ぶべき者は、すでに決められているのだと、ヴォルフガングから冷たい視線を受け、アシュレイは喉を鳴らす。


「俺が地位を放棄すれば……」

「血迷ったことを申すな」

「しかしっ」

「アリアは、我が世界に連れ行く」


アシュレイが王位を放棄するなど、ふざけたことを抜かし、ヴォルフガングははっきりとそれを伝える。


「ドラゴンの世界?」

「人間が住まう世界とは、別の次元にある」


よって、二度と会うことはない。ヴォルフガングはこれで別れだとアシュレイに告げた。


「待ってくれ! 一度でいい、アリアと話しを……」

「アシュには感謝しておる」


アシュレイの言葉を遮り、ヴォルフガングは静かに礼をする。死罪を受けた娘を救い、城に置き、人間離れした娘を愛してくれた。父親として心から感謝していると、深く深く頭を下げる。


「俺は今でもアリアを愛している」


その言葉に、ヴォルフガングは柔らかな笑みを浮かべて顔をあげ、髪を数本抜く。


「その言葉、有難く受け取ろう。して、これは礼だ」

「礼?」

「我が鬣には力が宿っておる。何かの時にきっと役に立つであろう」


大切にするとよいと、ヴォルフガングはバルコニーの柵に寄ると、夜の闇に飛んだ。


「ヴォルフガング殿! 待ってくれッ」


闇に溶けるように羽ばたく翼が、風を生み、空の彼方へと飛んでいく。追いつけないと分かっていても、アシュレイは手を伸ばさずにはいられなかった。


「頼む、待ってくれ……」


手がかりが空に溶けていく。二度と会えないなど、そんなこと納得などできないと、アシュレイは北の空に去っていくドラゴンの姿に手を伸ばし続けた。

届くはずないと分かっていても。






「馬を借りるぞ、ローレン!」


深夜に宿舎に乗り込んできたアシュレイは、ローレンを叩き起こすと、馬を一頭借りると叫んで、馬小屋に走り去る。


「何があった?!」


緊急事態か? と、ローレンが声を掛けるが、アシュレイは一番足の速い馬小屋に向かってひたすら走る。


「王太子殿下! 一体何があったのですか?!」

「北へ向かう」

「北へ?」


事情も分からないまま、ローレンも一緒に馬を用意する。真夜中に馬で出るなど、よほどのことがあるに違いないと、息を飲んでローレンはアシュレイを見る。

まさか奇襲か? そんな事態が脳裏をよぎり、アシュレイ王太子殿下だけでも守らなければいけないと、馬に乗ったアシュレイを追うようにローレンも馬にまたがる。城を離れ草原に出れば、ローレンは「どうした?」と、友人らしく口調を変えた。


「アレを追う」


視線を上げたアシュレイと同じく空を見上げれば、黒い塊が飛んでいた。大きな翼を広げて飛び去るその姿に、ローレンは一瞬目を見開き驚く。


「まさか、ヴォルフガングか?!」

「ああ、見失えば二度と会えない」

「……遠目に見ても、化け物だな」


元ライアール国から戻ってくる姿を一度だけ見たが、やはりこれだけの距離があっても、その姿に恐怖すら覚えると、ローレンは息を飲むが、アシュレイはスピードを緩めることなく後を追う。

とても追いつけるとは思えないが、アシュレイは真剣にその姿を追う。


「アリアともう一度話がしたい」

「一緒に居るのか?」

「いや、ヴォルフガング殿一人だった」


アリアは別の場所に居ると言われ、ヴォルフガングの後を追えば会えると信じるアシュレイ。前方には聳え立つ山々が見え、


「国境にある、集落か?」


山の向こう側には確か小さな集落があったと記憶するローレンが声を発する。つまり、その集落にアリアがいるのなら、それほど急がずとも会えるだろうと、ローレンは夜更けに危険を冒してまで追う必要があるのかと、眉を潜める。


「山越をするつもりなら、夜明けを待った方がいい」

「ダメだ」


野生動物遭遇や、道に迷う危険性、足場の悪い場所からの滑落もありえると、ローレンはアシュレイの前に出る。


「夜の山は危険だ」

「承知の上だ。ヴォルフガング殿は、ドラゴンの世界にアリアを連れて行くと言った」

「ドラゴンの世界?」

「ああ、人間界とは別の次元で、二度と会うことはないと」

「永久の別れか」


アリアの元へ戻ったヴォルフガングは、きっとそのまま自分たちの世界へ娘を連れていく、そうなれば、本当に会えなくなる。だからこそアシュレイは危険を冒してまで後を追っているのだと、ようやく理解できた。

と、同時に、それほどまでアリアのことを想っていたのかとも知ることになった。


「本当に好きなんだな」


ローレンは思わずそう言葉が出ていた。普通と言えば普通の女性。貴族の令嬢でもない、貧しい村娘で、容姿も至って普通だった。


「アリアといると、自分でいられる気がするんだ」

「アシュレイ?」

「王太子として凛と振舞わなければと気負うことも多いが、アリアの前ではそれが崩されてしまう」


苦笑するように笑うアシュレイは、他の女性たちのように扱おうとしても、アリアには通じないと思い知らされたと、白い歯を見せた。

知らず知らずのうちに、苛立ちを募らせ、アリアを落とすことに意地になっていたと。普段誰にも見せないような自分が自然と表に出ていたと話す。つまり、自然体でいられたのだと。


「確かに、アシュレイらしくなかったな」

「ローレン、お前も随分腹を立てていたな」


女性には興味がないと誰にでも冷たく接し、いつも軽くあしらう程度なのに、ローレンでさえ腹を立て、ムキになっていたように思うと、互いに笑う。あんなに振り回された女性は初めてだったと。

素の自分を晒すことのできる唯一の女性。そして、初めて一緒に居たいと願った人だった。


「非常識すぎだ」


ローレンは視線を遠くに向け、王太子殿下と師団長に対する態度が常識を外れていると、声を漏らす。

嘘をついて騙すなど論外だと、顔を顰めた。


「だからこそ、惹かれたのかもしれない」

「父親がドラゴンなどと、規格外にもほどがあるぞ」

「ははは、聖女様より頼りになりそうだ」

「だろうな。あんな女、世界中探しても見つからない」


失うわけにはいかないだろうと、ローレンはアシュレイに笑みを見せると、「追うぞ」と、馬の腹を蹴とばした。



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