第8話 優しい嘘、DIYは難しい、ドラゴンは夜に羽ばたく
しかし、『嘘つき女』そう呼ぶのに相応しいアリアは、最後に優しい嘘を残していった。
愛ではなかったと言った嘘は、セリーナを傷つけないため。
時々顔を見せると言った嘘は、王や王妃、城の者を悲しませないため。
そして、アシュレイが戻る前に姿を消したのは、アラステア国を思ってのこと。そこまで思い描いたローレンは、ふと空を見上げる。
「女神様、か……。いつかの村人たちがそう呼んでいたな」
当たらずとも遠からずかもしれないと、ローレンは何か文句の一つも言ってやりたくなり、調査を続けることを選び、その場を後にした。
見つけ出したら、どうしてやろうかと口角をあげて。
その頃、アリアとヴォルフガングは慣れない大工仕事に悪戦苦闘中。
木を切り倒すは簡単だったが、それを使って壊れた小屋を修復するのは困難すぎた。
「ここを塞げばよいのか?」
「そうね、風が入ってこないようにしないと、眠れそうもないわ」
「ふむ、釘とは小さすぎる代物だ」
長く伸びた爪で小さな釘を掴んだヴォルフガングは、これで木材を固定することを教えてもらったが、少し力を入れれば、すぐに曲がってしまって、取り扱いに困っていた。
数十キロも離れた場所にある村で、いろいろ教えてもらったが、素人にはやはり難しすぎた。しかし、職人に頼めば、誰かに居場所がバレてしまうため、仕方なくアリアとヴォルフガングは、二人で小屋の修復を日々頑張っているが、当然、全然進んでいない。
「いっそ、結界を張れば良いではないか」
小屋全体にアリアが結界魔法をかければ、事足りるとヴォルフガングが口にすれば、最愛の娘から物凄い顔で睨まれる。
その鋭い眼差しに、ヴォルフガングはビクッと肩を震わせたほどに。
「何のために婚約破棄してきたと思ってるのよっ」
魔法なんか使用して場所が割れたらどうするのかと、責められる。確かに、こんな山中で魔力を放ったら、見つかるのは時間の問題だ。
だから、「すまぬ」と思わず謝罪の言葉が口をでた。
そうすれば、アリアからため息が漏れる。
「揉め事に巻き込まれるのは、遠慮したいの」
二人を祝福したいけど、今はそんな気分にはなれそうもないのだと、アリアは正直に自分の気持ちを吐きだす。もちろんアシュレイ王太子から、直々に婚約破棄を言い渡されるのが嫌な訳で。
いっそ初めからアリアなんて人物はいなかった、そう思ってもらった方が気分が楽だと、アリアは魔法を使用することを自ら禁止していた。
「国を出るか?」
「え?」
「アラステア国と契約は成立している。正当聖女も出現した、離れても問題ないが」
聖女の王妃様と、新しく来た聖女セリーナ、現在アラステア国には二人の聖女が健在している、よって、アリアが結界を強化せずとも国は守られるだろうと、ヴォルフガングは無理をしてまでこの国に滞在しなくても大丈夫だと言う。
そうすれば、アリアの表情がとたんに明るくなる。
「もっと早く言ってよ!」
「い、いや……、当然結界は補強した方がよいに決まっておるが……」
「でもそれって、時々アラステア国に来ればいいってことよね」
「ああ、まあ、そういうことになるがな」
契約が成立しているということは、この地を離れても問題ないということなのね。まあ、他の国には結界を張れない制約はあるのだろうけど、自分の身は自分で守れるし、特に問題はないでしょう。
パンッ
満面の笑みで手を叩くアリアは、ヴォルフガングに詰め寄ると、にこぉ~と笑いながら、両手を握り締めてくる。
嫌な予感がすると、ヴォルフガングは足を一歩引いたのだが、アリアも一歩前に出る。
「南国がいいわ」
アラステア国から出られるなら、暖かい地方に行きたいと瞳を輝かせて口にする。
「暑い国はすかん」
「だったら、私だけで……」
「愛しの娘を一人にはできんッ」
ヴォルフガングは絶対に傍を離れないと断固として、一緒に居るという。
だからといって、寒い地方には行きたくなくし、結局現状が一番最適なのでは? と、行き先はまた今度考えることにしようと決めた。そうよ、時間はたっぷりあるのだから。
夢は大きく持たなきゃね。私はどこに行こうかとワクワクが止まらなくなった。
最愛の娘アリアが眠りについた頃、ヴォルフガングはそっとその場を離れた。
そろそろテントや周辺に自分の匂いがしっかりついただろうし、野生動物が襲ってくる可能性がないことを確認し、静かに翼を広げた。
「すまぬ、しばらく一人にする」
眠るアリアにそっと声をかけたヴォルフガングは、なるべく風を起こさないようにゆっくり翼を動かすと、夜空へと羽ばたいた。




