第6話「予想外の提案」
「他に気づいたことはある?」
女性という情報だけじゃ、見つけることは難しいと、アシュレイはサラに何か他に情報はないかと尋ねれば、サラは必死にあの時の記憶を探す。
「あ、そういえば、お姉ちゃん、ブレスレットをしていた」
「ブレスレット?」
「うん。月の飾りのついた綺麗なブレスレット」
魔法を唱える前に外したから、そこだけよく覚えているとサラが元気よく教えてくれた。
「……詠唱前に外した?」
つまり、魔法増強アイテムではなく、制御アイテムなのか? と、アシュレイは眉間に皺を寄せる。これだけの範囲に治癒魔法をかけられるとすれば、聖女をおいてほかにいないはず。
しかし、たとえ聖女とはいえ、街全体に治癒魔法をかけられるとは思えない。
聖なる魔力が高いとはいえ、全員を救うのは到底無理だ。
「お兄ちゃんは、信じてくれる?」
頭の中で様々な考察をしていたら、サラが潤んだ瞳でお姉ちゃんは絶対にいたのだと、信じて欲しいと見つめてくる。
サラが嘘をついているようには見えない。アシュレイは、もう一度頭を撫でて笑ってあげる。
「俺は信じるよ」
そう言えば、サラは涙を拭って笑ってくれた。
アシュレイは、ライアール国内であった出来事をヴァレンスに話し、二人で頭を悩ませることになった。
「アリアさんが本物なら、どうして制御など」
聖女は国を守るために結界を張り、人々を救うのが役目。魔力を制御してどうするんだと、ヴァレンスは変な頭痛がしてきた。
「だがライアールには、結界がきちんと張られていた」
「それは後から見つかった、聖女レイリーンさんが張ったものですか?」
「そこまでは分からない。そもそも聖女は祈りを捧げるだけで、結界を張れる。二人同時に祈っていたら、益々分からない」
そう、聖女に選ばれし者は神に祈りをささげることで国を守る。どこの国もそうやって結界を張っているのだが、アラステア国はもうすぐその結界が消滅しそうなのだ。
長きにわたり聖女であった王妃が病に倒れた。このままでは聖女不在となり、脅威にさらされるがため、新たな聖女を探すことになったのだが、そう簡単に見つかるはずもなく、困っていたところに、隣国で偽物聖女を捉えたとの情報が入り、聖女が二人いるということに目を付けたアラステア国は、それを確かめに行ったのだ。
だが、囚われの聖女は本物であるとともに、真実を口にしない。
「アリアは、一体何を考えている」
アシュレイは、何か企んでいるのではないかと不信感を持ち、ヴァレンスは本物の聖女はアリアとレイリーンどちらなのかと思考する。
「ヴァレンス、お前の意見を聞きたい」
「兄さまのお言葉が真実ならば、おそらく真の聖女はアリアさん。だけど、制御アイテムについては分かりません」
街で聞いた女の子が話した通り、アリアは月の飾りのあるブレスレットを確かにしていたと聞かされ、それについては確信を持てるが、魔法制御アイテムについては、何も分からないと正直に答えた。
「なぜ本当のことを言わないんだ」
本物であるなら、おそらくレイリーンよりも上。その力を王に、国民に示せば偽物を払拭できるはず。それなのに、アリアはおとなしく牢獄に入った。
「しかし、これは我が国にとって願ってもないチャンスです」
「ヴァレンス?」
「アリアさんがもし追放されれば、わが国でその身を預かれます」
聖女を見極められないようなライアール国から、本物の聖女を受け入れることができる。ヴァレンスは、これを逃す手はないと、アシュレイに迫るが、アリアの目的が分からないのは危険だと言う。
「聖女が何かを企むなど、あり得るのですか?」
国を守り、繁栄をもたらすと言われる聖女が危険な存在なわけがないと、ヴァレンスが声を荒げ、アシュレイは顔の表情を緩めた。
「確かにお前の言う通りだ。誠の聖女ならば裏があるはずもないな」
「けれど、アリアさんがライアール国から出たことで、何か影響が出るのではないでしょうか?」
「それについては、ないとは言い切れない」
おそらく本来選ばれるべきは、アリア=リスティーで間違いない。だが、聖女がもう一人現れた。レイリーン=ハインリヒという女が聖女の役目を担えれば、それほど影響は出ないのではないかと、アシュレイは考えるが、問題はそれだけではない。
もしもライアール国が、正当聖女に気が付けば、取り戻しに来る。それだけは阻止したい。仮にレイリーンという聖女が正当聖女ではないとしてもだ、聖女は二人も要らないだろうと、アシュレイは何としても聖女を一人譲ってほしいと願う。
それも、あたかも自然にアラステア国に居たようにしたいと思う。ライアール国と争いの種を作りたくないのだ。だからこそ偽聖女を譲ってほしいなどとは決して口には出せない。
このままもし国外追放になったとしても、レイリーンよりも優れた能力を持っていたとなれば、必ず取り返しに来るだろう。それにより戦争などが起これば、多くの民が犠牲となり、国もただでは済まない。ゆえにライアール国に悟られずに、聖女を我が国に引き入れることが必要となる。
しかも問題はそれだけじゃない。果たしてアリアは本当に聖女なのか? それすら分かっていない状態だ。どうすべきかと、アシュレイは再び険しい表情を浮かべる。
隣国の聖女を我が国に留める手段が見つからない。
「兄さま?」
突然黙り込んで難しい顔をし始めたアシュレイに、ヴァレンスが心配そうに声をかける。
「聖女を我が国に匿うには、リスクが大きすぎると思ってな」
「何をおっしゃっているのですか、兄さまがご結婚なさればよろしいではありませんか」
「け、結婚だとっ」
ヴァレンスからとんでもない発言が飛び出し、アシュレイは椅子を倒す勢いで立ち上がると、机に手をついた。
「わが国の王妃を奪うような、愚かな行為はしないでしょう」
後々になって、真の聖女はアリアだったと気づいたとしても、アラステア国の王妃となれば、連れ戻すことも、奪還することもできないはずだと、ヴァレンスはこれ以上ない策を告げる。
「それについて異論はないが……、俺は……」
「もしかして、兄さまには心に決めたお方が」
「いや、いない。だが、突然結婚などと……」
不自然すぎないか? まだ一度しか会ったことのない俺と、果たして結婚などを承諾するのか?
どう考えても裏があると疑われ兼ねないし、ましてや罪人にされた女性といきなり結婚など、ライアール国からしたら、不自然極まりない事柄だ。……絶対無理だろうと頭を抱える。
その上、何も知らないアリアという女性を愛することができるのか? そもそもアリアは俺に好意を持てるのか? アラステア国で堂々と聖女を名乗ってもらっては困るし、平民と結婚するなど国民にはなんと説明したらいい? 我が国を守りたい、だがしかし、障害の壁も高い。
偽装結婚するのはいいとしても、そこまでの道のりは遠すぎると、アシュレイは項垂れるように椅子に座った。
「どうしたのですか、兄さま!」
「素直に結婚してもらえるとは思えなくてな」
初対面も同然で求婚して、OKをもらえるとは思えないと正直に口にすれば、ヴァレンスが笑顔でアシュレイの手を握る。
「兄さまの申し出を断る女性などおりません」
と、自信に満ちた眼差しを向けられた。