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第3話 「本日、婚約を破棄させていただきます」

「本日を持ちまして、私は婚約を破棄させていただきます」


丁寧にお辞儀をして、短い間でしたがお世話になりましたと、さらに深く頭をさげると、私は謁見の間を出て行く。

後ろから引き留める声が聞こえるけど、未練がましいのは苦手なの。

アシュレイに会えば、気持ちが揺らぐと分かっているから、どうしても不在の間に城を出て行きたかった。

部屋に戻った私は荷物をまとめ始めたのだけれど、侍女たちや王様、王妃様までやってきて、なぜか引き留めようとする。


「アリア様、どうかお考え直しを……」

「アリア様、城を出て行かないでください」

「アシュレイ王太子殿下がお戻りになるまでは、どうか……」

「アリア=リスティー、息子が戻ってくるまで待ってくれないか」

「アリアさん、お願いです。アシュレイが城に戻るまでは居てちょうだい」


部屋の入り口であたふたする人たちが、大勢押しかけてきたせいで、ちょっとした騒動。


(アシュレイ本人から、婚約破棄なんか言い渡されたくないのよ!)


これでも女の子なのよ、好きな人から別れ話なんか聞きたくないでしょう。

それに、本物の聖女様がいたのよ、当然婚約破棄するに決まってるじゃない。大勢の前でそれを言い渡されるくらいなら、王太子殿下不在時に逃げるのがいいに決まっている。

心の傷は浅く、最小限にしたい。

戻ってきたときに、邪魔者の偽物がいなければ、セリーナと何の障害もなくご結婚できるじゃない。そもそも私との婚約は公にはなっていないのだから、初めから婚約者などいなかったことにもできるわけで。


(正当聖女様とご結婚できれば、アラステア国は安泰だわ)


もちろん、聖女様がいても結界補強や国の危機には駆けつけるつもりだし、ひっそりとだけどアラステア国にも住まわせてもらうわけだし、私のできることは当然するわよ。

ただ、影から見守るというだけのこと。


「心配には及びません。アラステア国の危機には必ず力になります」


なんなら契約書も誓約書もお書きしますと言えば、私に飛びついてきた男の子がいた。


「出て行かないでください!」

「ヴァレンス様っ」

「兄さまがお戻りになるまで、待ってください」


必死に服を掴み、ヴァレンスは引き留めるが、その魂胆は分かっている。だから私はそっと肩を掴む。


「アシュレイ王太子殿下が戻ってきても、乗せてあげませんよ」


ヴァレンスの目的は、ドラゴンに乗せてもらうこと。私が出て行ってしまえば、ヴォルフガングも出て行く。だから、必死なのだ。


「……う゛っ、どうしても?」

「ええ、危険ですから」

「兄さまだけズルいです」


頬を膨らませたヴァレンスは、ドラゴンの背に乗せてもらえないことにむくれる。しかも、ヴォルフガングが怖いのか、自分から乗せて欲しいとは言わない。

ひとたび怒りを露にすれば、髪が炎を纏い、眼光が紅に染まる。さすがドラゴンといったところだろうか、正体を知っているからこそ、近づけないのが分かる。

それに、ヴォルフガングがドラゴンであることは秘密で、正体を知る者は限られている。だからこそ、城に滞在することが出来ていたのだけど。


「ヴァレンス様がもっと大人になったら、考えましょう」

「本当ですか、アリアさん!」


大人になったらと口にすれば、ヴァレンスはキラキラした瞳を向けて期待する。さすがにこれは無視できない。


「ええ、約束よ」


口約束になってしまうかもしれないけど、私はひとまずそう口にした。すると、ヴァレンスにガシッと手を掴まれた。


(この兄弟は、揃いも揃って、どうして掴むのが好きなのよっ)


何かにつけて掴まれると、私の眉はピクピクと上がる。


「きちんと約束をしてください」


掴んだ手を引かれて、私に小指を差し出してきた。

なんとも可愛い約束だわと、私も小指を差し出し、二人は指切りを交わした。


(ひとまず、これで出て行けそうだわ)


と、安堵したのもつかの間、私はとっても大事なことを思い出して、王様の前に駆け寄る。


「実は、アシュレイ王太子殿下とお約束していることがあるのですが……」

「息子と約束とは?」


かくかくじかじか、で。


と、ざっくり説明し、私は婚約者役を引き受けたときの報酬を貰っていないことを告げ、王様から土地とお金をいただくことに成功。


「誠に城を出て行くのか?」

「王様や王妃様には大変お世話になりました」


こんな私を城で丁重に扱ってくれたことには、感謝しかない。


「何をおっしゃるの、お世話になったのは私の方です」


死を待つだけだった病から救ってくれたのは、アリアとヴォルフガングなのだと王妃様が、目尻に涙を浮かべた。まるで永遠の別れみたいね。


「アシュレイの帰還を待つことはできぬのか?」

「王太子殿下にも、心より感謝しておりますとお伝えください」

「しかしだな、一方的に婚約を破棄など」

「それでしたら、時々こちらに顔を見せるというのはいかがでしょうか?」


また嘘を重ねてしまった……。

アシュレイには会いたくないと、正直に言えばいいのだけど、自分が傷つきたくないからとはどうしても言い出せない。未練がないわけじゃないのよ。こう見えても。

だって、アシュレイは本当に素敵な方よ。化け物みたいで、人間離れした私を好きになってくれた人だもの。

またすぐに顔を見せますと伝えれば、王様や王妃様からアシュレイとちゃんと話をして欲しいと頼まれた。

当然、「もちろんです」と、真っ赤な嘘を吐きだす。


(邪魔者はとっとと姿を消すべきよ)


内心ではそう考えても、顔には出さないように笑顔を作る。

その笑顔に騙されてくれたおかげか、アシュレイが戻るときは連絡をしてくれると言われる。王様から土地を譲ってもらうのだから、当然居場所は把握できるわけで、王様は安心したように城を出て行くことを許可してくれた。

それから私は、さっきからずっと黙ったままのヴォルフガングに視線を向ける。


「お父さんは?」


一応、一緒に行くか確認すれば、ヴォルフガングは「娘に同行するに決まっている」と、吐き捨てるように言い放つと、先に部屋を出て行ってしまった。


(もしかして、怒ってる?)


相談もしないで勝手に決めてしまったことに、腹を立てたかもしれないけど、後でいっぱい謝ろうと、私も後を追うように部屋を出たら、セリーナが立っていた。


「……アリアさん」


小さく声を掛けられ、足を止めた私にセリーナが近づいてくる。そして、頭を下げられた。


「な、に?」

「ごめんなさい。私のせいで出て行くと決めたのでしょう」


突然聖女だと名乗り出て、城に来たから、聖女の地位を譲ってくれたのでしょうと、セリーナに言われ、間違ってないけど、間違っていると私は微笑んであげた。


「私はこの国の聖女ではないのよ」

「でも……」

「アシュレイ王太子殿下は、聖女様とご結婚したいと申していたの」


確か、私が聖女だと思ったから結婚なんて話がでたわけだし、アラステア国に聖女を引き留めるために結婚という選択をしたのも聞いた。つまり、聖女だと思い込んでの行動だったわけだし、こうして正当聖女様が登城してくださったのだから、私の役目は完全終了で問題ないわけよね。


(聖女じゃなかったら、声もかけられてないはずだし)


今のところ何も問題はないだろうと、セリーナに教えてあげたけど、表情は浮かばない。


「けれど、アリアさんは婚約をされています」


それは愛し合っていたからなのでは? そうセリーナに問われ、私はまた嘘を重ねることになる。好き同士でも身分差は埋めることのできない事実であり、アラステア国のためを思えばこそ、私は身を引きべきなのだとちゃんと理解している。


「誤解よ。私が聖女だと思ったから、婚約されたの」

「それは?」

「王太子殿下は、聖女様とご一緒になるべき人だから、皆に示しがつくように私を選んだだけよ」


そこに恋も愛もないと、大嘘を塗り重ねていく。

ヴォルフガングやローレンがいたら、怒鳴られそうだけど、セリーナを説得するにはこれしかないもの。

だって、セリーナはきっとアシュレイに好意を抱いている。元婚約者が傍に居たら、妻の座を譲ってきそうだし、かといって愛人になるなんて願い下げよ。


「セリーナさんは、王太子殿下のことがお嫌い?」


好きでもない相手なら、無理強いはできないけどと、私は一応尋ねる。そうすれば、セリーナの顔はみるみる赤くなった。


「嫌いでは……」

「好意があるのなら、きっと受け入れてくれるわ」

「それではアリアさんがっ」

「これは内緒なんだけど、……実は私、他に好きな人がいるのよ」


ふふふと、軽く笑いながら、私は最後の大嘘を吐き出した。ここまで言えばきっとセリーナも納得してくれるはずだと信じて。

それを聞いたセリーナは驚いたように目を見開いたけど、私は「聖女様、どうぞ、アラステア国に寵愛を」と、言い残して城を出て行った。



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