第53話「全て終わる」
アリアの結界はアラステア国に効力を発揮している。ライアール国を吸収合併することで、おそらくライアール国全域にも魔法がかかるようになるはず。そうなれば、元ライアール国は引き続き、安心して住める国となる。
だがアリアの負担が増すのではないかと、アシュレイは心配そうにアリアに視線を向ける。
「アリア……」
「アシュレイ王太子様、心配なさらないで。きっと結界は作動するわ」
「ありがとう」
「王太子殿下にお礼を言っていただけるなんて、光栄です」
私は優しく微笑むと、アシュレイに結界は任せてくださいと声にした。
ライアール国民に罪はない。ライアール国が消滅してしまえば、私の魔法はきっと効力を発揮すると、今まで通りの平和な国を保てるはずだと信じた。
王様が継承に必要な書類を集め戻ってくると、ヴォルフガング立ち合いの元、ライアール国王とアシュレイが向き合い、ライアール国の領土を全て受け渡すと調印を行った。
それにより、ライアール国という国は存在しなくなり、アラステア国は大国へと生まれ変わった。
それを見届け、私はすぐにでも結界魔法を施すためヴォルフガングに声を掛ける。
「お父さん、お願いがあるの」
「ちゃんと受け止める、安心せよ」
部屋の中心部に立った私は、結界魔法を発動した後、きっと倒れてしまうからヴォルフガングに支えてくれるようにお願いしようとしたら、全部分かっていると説明しなくても理解してくれた。
それは大聖女様がそうであったと覚えていたら。母であるマリアも結界魔法を使用した後は、動けなくなっていたとヴォルフガングは知っていたのだ。
さすがに二か国分の結界魔法なんか使ったことがなく、自分がどうなってしまうのか分からず、ヴォルフガングに後のことを託す。
(気を失って倒れた姿をみんなに晒すのは、さすがに恥ずかしいでしょう)
寝顔を見られるのと変わらないのよ。と、ヴォルフガングに救助して欲しいと願う。
ブレスレッドは外したままだし、私は両手を広げると天を仰ぐ。
『眩耀境界、……アライア。新生アラステア国に恩寵を与えよ』
正式詠唱を唱え、手に口づけを落とせば、光を放って身体が宙に浮く。さすがに広範囲の結界魔法に、全ての魔力が失われていく感覚があり、意識を保つのが精いっぱい。
これは三日くらい動けないかもと、ゆっくりと倒れる体をどうしようもできなく、約束通りヴォルフガングに支えてもらうはずだったのに。
(えっ、ちょっと、話しが違うんですけどぉぉ)
声を出す気力はなく、私は支えてくれた人物に心でめいっぱい叫ぶ。
だって、私を受け止めてくれたのはヴォルフガングではなく、アシュレイだったのだから。確かにヴォルフガングが腕を伸ばしていたはずなのに、どうしてアシュレイに変わっているのよ! って、盛大に叫びたいのに、本当に声の一つも出てこないし、指の一本も動かせない。
崩れる娘を受け止めるため腕を伸ばしたヴォルフガングだったが、咄嗟に走ってきたアシュレイが受け止めようとしたので、譲ったのだ。
「無理をかけてしまった。すまないアリア」
(謝罪はいいから、今すぐ私をヴォルフガングに渡してください)
このままでは意識が途切れてしまう。アシュレイに寝顔を見られるなんて、絶対に嫌! と、必死にもがこうとするのに、本当に動けない。しかも瞼も重い。
「アリア、俺は……」
真剣な表情で何かを言おうとしたアシュレイの言葉は、途中でプツリと途切れた。私が完全に意識を失ったからだ。
「アリアッ」
「魔力と体力が切れ、気を失っただけだ。三日もすれば元気になる」
「良かった。本当に良かった」
「結界も無事張られた。魔物が侵入してくることはないであろう」
しかと感謝せよと、ヴォルフガングはランデリックたちに冷たい視線を送った。
「それは誠かっ」
王様が声をあげ、ランデリックは静かにアリアとヴォルフガングに頭を下げていた。が、やはり気に喰わないというか、許すつもりはないと、ヴォルフガングはさらに凄みを効かせる。
「二度と我が娘に近寄るな」
「了承した」
「ふん、貴様のような男に娘をやらずに済んで良かったわ」
腕組をしたヴォルフガングは、ランデリックに嫁にやらずに済んで心底良かったと、顔を背ける。それからそっとアシュレイに視線を移し「良い男ではないか」と、声を漏らす。
アリアは、結婚する気もアシュレイのことも興味ないと言っていたが、もったいないとため息まで出そうだった。
しかし、娘がそれを望んでいないのならば、無理強いはできまいと、本当に残念だとヴォルフガングはちょっぴり肩を落とした。
■■■
三日後の夜。ふわふわっとした心地よい感覚に包まれながら、魔力が全て戻っていることを感じながら、私は静かに目を開く。
見たこともない天井が視界に入り、次に見慣れた顔が覗いた。
「目を覚ましたか、我が娘よ」
予想よりも目覚めが少し遅く、心配したとヴォルフガングは髪を撫でてくる。
「ここって?」
「アラステア城だ。アシュがアリアを連れて帰ると言ったので、背に乗せて戻った」
「それって、まさかアシュレイ王太子殿下が私を抱えて?」
「でなければ落下してしまうではないか」
気を失っている私を背に乗せて飛んだら、当然落ちると言われ、ずっと抱きかかえられていたのかと思うと、恥ずかしくて死ねるわと、顔が熱くなる。
「掴んでも良かったのに」
ドラゴンには手があるのだから、掴んで飛んでくれれば良かったのにと、ヴォルフガングを睨めば、「加減が分からず、握りつぶしてしまう」などと言われ、それはそれでゾッとした。
確かにあの大きな手で握られたら、潰れてしまうわね、と、妙に納得させられる。
だけど、アシュレイにずっと顔を見られたうえ、重たい私を抱えさせたなんて、詫びの度合いが高すぎると、私はその代償に背筋がひんやりした。
一体どうやって謝罪すればいいの。平民が王太子殿下にしてもらうことじゃないのよ。
「アリアッ!」
どうしようと悩んでいたら、部屋のドアが壊れるんじゃないかっていう音がして、びしょ濡れの男が突入してきた。
「……だ、誰?」
ストレートの少し長い髪からは水が滴っており、前髪も顔を隠すように降ろされていて、本当に誰だか分からない。
びしょ濡れの男はそのままの勢いで私の元までくれば、濡れた髪の水を飛ばしながら前髪を掻き上げた。




