第51話「遅すぎる後悔」
突然の告白に皆が息を飲む。レイリーンが聖女だと言い張っていたランデリックが、手のひらを返したように、それを否定した。誰もがなぜ今更と、ランデリックを見るが、その背後から、ヨタヨタと立ち上がった王様がふらつきながら駆けてきた。
「それはどういうことだ、ランデリックっ」
胸倉を掴んで、レイリーンが聖女ではないなどと、聞いていないと激怒して責める。だが、ランデリックはそれを止めることもなく、王様の手をそっと掴む。
「僕も知らなかったんだ。こんなことになるまで」
結界がいつまで経っても修復できなかった理由も、国の周りに魔物たちの数が増えてきていたことも、ワイバーンたちに攻め入られるまで知らなかったと、ランデリックは床に拳をつき、奥歯を噛み締めた。
「レイリーンは、治癒魔法を得意としていたではないか」
「父上、それは全て魔法増強アイテムが見せた夢です」
ランデリックは、祈りの間に散乱している無数の砕け散った破片がそれを証明してくれると、声を絞る。魔力が高いと見せていたのは、魔法増強アイテムが強力だったからであり、聖女ほどの治癒能力は元々持ち合わせていなかったのだと、吐き出す。
「レイリーンはどこにいるッ」
国家を騙したのかと、怒る王様だったが、ランデリックは項垂れたまま「昏睡状態です」と、答えた。
祈りの間に散乱していた魔法増強アイテムの数は、とてつもない数だった。それを全て砕くほどに使用した反動なのだろうか、レイリーンは意識を失っていると話す。
それに、そこまでしても結界の修復はできなかったと唇を噛み、聖女ではないと確信が取れてしまったのだと、正直に言葉にした。
それを聞き、私たちは何も言うことが出来なかった。全てはレイリーンの嘘が招いた悲劇なのだから。
「俺様は黒が見えると忠告してやったがな」
「あの時、あなたの言葉を信じていればと、後悔している」
「今更だな」
「ああ、今更だ。取り返しのつかない選択をしたのは、僕だ」
どれほど後悔しても現状はもう変わらないと、ランデリックは気力を失い、王様は崩れるように床にへたり込んでしまった。
いずれ全ての結界が消滅し、魔物が押し寄せてくる。そうなれば、皆が犠牲となり、国が滅ぶ。聖女不在となれば、ライアール国を守ることができないのは明白だった。一刻も早く国を捨てなければいけないと、考えはするがどうにも体が動かない。
「……ランデリック」
床を見つめたまま涙を流し始めたランデリックにかける言葉が見つからず、アシュレイはただ名を呼ぶことしかできなかった。
しばらくそうしていたランデリックだったが、ふと私に視線を向ければ、小さく口を開く。
「君に聞きたいことがある」
「どうぞ」
「君は聖女だったのか?」
あの時、アリアではなくレイリーンを選んだ。そこが間違っていたのかと、ランデリックは問うが、私は首を振る。
「ご期待に添えず申し訳ありませんが、私は聖女ではありません」
だって、祈りで結界を張れないのだから、やっぱり聖女と名乗るのは、何か違う気がして。
だから、
「魔法で結界を張っていました」
と、本当のことを話した。そうすれば、ランデリックは乾いた笑い声を出す。
「結界魔法とは、大きく出たな」
「嘘はついておりません」
「ライアール国全土を覆う魔法など……」
そんなことができる人間がいるはずがないだろうと、ランデリックは疑いの目を向けてきたが、ヴォルフガングが一歩前に出て、私の肩に手を置く。
「アリアは大聖女マリアと、俺様の娘だ。それくらい出来て当然だ」
歴代最強の大聖女様、そしてドラゴンの娘だと聞かされ、ランデリックも王様も腰を抜かすように後ろにのけ反った。
(余計な事言わないでよっ)
本当に化け物扱いされるじゃないと、ヴォルフガングを睨めば、冷めた眼差しで「何かほかに言い分はあるか?」と、ランデリックを見下していた。
人型とはいえ、ドラゴンに睨まれたランデリックは、ゴクリと唾を飲み込み、首を左右に振る。大聖女とドラゴンの娘、それならば可能かもしれないと思い直した。
「だから魔物が侵入してこなかったのか」
「それと、魔物が怖くて逃げたと申したあの日、街の人たちを救い、魔物討伐していました」
免罪だったと私は正直に全てを打ち明けた。先ほどワイバーンを一掃するほどの魔力をみせてしまったのだ、今更隠すよりは、罪を晴らした方がいいと思った。
それを聞き、ランデリックは泣きながらも笑い出す。
「街中に治癒魔法を施したのは、アリア、君だったんだな」
レイリーンがかけたと思った魔法は、アリアがかけてくれたものだったと気づいてしまった。街の人たちが眩い光に包まれ、怪我が治ったと話したので、レイリーンがそれをしてくれたと勘違いして、聖女レイリーンの名を国中に広めた。今思い返せばなんと愚かだったのかと、自分を嘲笑うランデリックは、涙を流しながらどれほど愚かだったのかと、自分を責める。
全てはアリアがしてくれたことだったのかと、何もかも遅すぎる後悔が押し寄せる。
「アリア、いや、アリア様。ライアール国にもう一度結界魔法を張ってくれ」
今までの話を聞いていた王様が縋るように、私にそれをお願いしてきた。しかも足元まで這ってくると、ゴマをするように手をこすり合わせて、泣き笑いのような顔を見せる。
聖女のいないライアール国が縋れるのは、もはやアリアしかいないのだ。
「欲しいものはなんでも与える。金か、地位か、宝石か、望むものを与える、だから頼む……」
結界魔法をかけてくれと懇願する身勝手な王様に、ヴォルフガングの米神に筋が入り、赤い髪が炎を纏う。アリアを罪人にした張本人がどの口を開くと、強く足を踏み出せば、それよりも早くアシュレイが動いた。
「恥を知れ! 貴様が何をしようとしたのか、忘れたとは言わせない」
怒りを露にしたアシュレイは、力任せに王様の胸倉を掴み持ち上げた。国を滅亡まで追い込んだ王など、もはや王ではなく敬う必要などないと、アシュレイの言葉は容赦がなかった。
「儂が何をしたと」
「アリアを死罪にしたのを忘れたのかっ」
アシュレイが突入しなければ、アリアは死罪を受け、処刑されるところだったと、怒りに満ちた視線を向ければ、王様はそれを思い出し、全身から力が抜けた。
刑を国外追放に変更したのは、アシュレイ王太子が突入してきたからであり、自分は処刑を言い渡したのだと記憶が蘇り、取り返しのつかないことをしてしまったのだと、口を開いたまま動けなくなる。
アシュレイ王太子が乱入してこなければ、いまごろアリアは……。それに、ドラゴンの娘を処刑したなどとなれば、今目の前にいるヴォルフガングに国を滅ぼされていてもおかしくはなかったと、背筋が凍りつくほどの恐怖が襲い掛かる。
「それと、国外追放を受けたアリアは、ライアール国には二度と結界は張れない」
「アシュレイ、それはどういう意味だ」




