第5話「見世物」
女性の腕をマジマジと見てくるアシュレイに、気持ち悪さを感じていたら、
「素敵なブレスレットをしている」
初めからそれを探していたかのように、ブレスレットを見つけると微笑んだ。
「友人からいただいた物です」
「ご友人はセンスがいい」
「あ、りがとうございます」
まさかブレスレット(魔法制御)を褒められるなんて思わず、出まかせで出た嘘に感謝する。
「アシュレイ、罪人に触れるな。穢れるぞ」
少し距離を置いた場所から、ランデリックが声を掛ければ、アシュレイは声を潜めて、
「君に会えて良かった」
と言いつつ、ランデリックから見えないように、「近いうちにまた来る」と口を動かす。
「――は?」
思わず漏れた声はどうやらランデリックには聞こえなかったみたいだが、アシュレイは最後に軽く手を振って立ち上がる。
「ありがとう、ランデリック」
「偽物の聖女が見たいなんて、モノ好きにもほどがあるぞ」
「本物の聖女様にも挨拶していく、許してほしい」
「レイリーンは僕の婚約者だ、変な気は起こすなよ」
「聖女様に手を出そうなど考えもつかない。それに、俺にも気になる人ができた」
「ほう、お前に見合う女性ができたのか。それはぜひお会いしたい」
二人はそんな会話を交わすが、私の苛立ちは止まらない。人の腕を気色悪い目で見ておいて、初対面の人に気安く手なんか振って。
「本当にレイリーンとは雲泥の差だな」
「何を……」
「お前みたいなのが聖女だなんて、とんだデマだったよ」
気品も礼儀もないアリアが聖女かもしれないなんて、どこのどいつが言い出したんだと、ランデリックが鼻で笑う。
(あのねぇ~、私は初めから人違いだって言ったわよ)
村に来た城の人たちにも、散々人違いですって言ったことを思い出し、頭に血が上るけど、王子と平民ではどうあっても勝ち目はない。というか、村に危害を加えられたら困るので、私は怒鳴り返したい衝動を必死に抑える。
心の中で言うけど、この国に今結界を張ってるのはワ・タ・シなの! 聖女様を見つけたなら、早く張り直してもらいなさいよ! 偽物なんかとっとと捨てればいいでしょう。叫べるなら、そう叫んでやりたかった。
「地下牢には結界が施してある。脱獄などできもしないが、精々そこで反省するんだな」
「……」
「行くぞ、アシュレイ」
言いたいことだけ言って、ランデリックはゴミを見るように私を見下すと、アシュレイを連れてようやく地下牢を出て行った。
「カーテンみたいな結界魔法でよく言うわ。……まったく」
地下牢に施されている結界魔法など、私にとってはレースカーテン程度。しかもこの魔法制御の枷だって、意味ない。普通に魔法使えそうだもの。
言い返せない立場の悔しさを飲み込んだ私は、再び一人ぼっちになった牢獄で、別の苛立ちに腹を立てる。それは先ほど腕を掴んできたアシュレイ王太子。
「完全に馬鹿にしてるわッ」
罪人がよほど珍しいっていうの! それとも偽聖女が面白いの! また来るって何?!
私のこと珍獣か何かと勘違いしてるんじゃないの。見世物扱いされ、腹の虫が収まらない。
確かに王太子殿下だけあって、顔立ちも綺麗で、声もすごく素敵で、さぞオモテになって、綺麗なご令嬢しか見たことないから、平民が珍しいのは分かるけど、あんまりだわと、ムカムカはどんどん増す。
「そもそも、“また来る”って、また冷やかしにでも来るつもりなの!」
ガンッと手枷を床に叩きつけて、私は真っ赤な顔をして怒り爆発。
「どうせ私は罪人よ。街中の人から偽物って罵られるんでしょう」
はぁぁ~~、嫌、もう何もかもぶちまけてしまいたい衝動に駆られるが、捨てきれないスローライフを夢見てしまう。
森の奥で誰の目も気にすることなく、好きな時に好きなだけ魔法使って、干渉されず、自由に生きていく。一人で自由に生活したい。
正当聖女様が現れたのなら、私は自由のはずだし、罪人なら国外追放が妥当。つまり、望む生活が目の前まで来ているはず。あと少しで叶うはずなの。
私は『今は耐えるのよアリア』と自分を励ました。
一方、自国に戻ったアシュレイは、第二王子のヴァレンス=アラステアの部屋に足を運んでいた。
「お帰りなさい、兄さま」
「今戻った」
「それで収穫は?」
アシュレイが椅子に腰かければ、ヴァレンスが側に寄る。
「魔法制御の手枷にブレスレット、おまけに結界、あれでは確かめることは難しいな」
軽く頭を抱えたアシュレイは、確定が出来ないと話す。
「兄さま、ブレスレットとは?」
「魔法制御のブレスレットをしていた」
「それは誠ですか?」
「ああ、間違いない」
アシュレイは、アリアが身に着けていたアクセサリーが制御装置であると見抜き、二重にも三重にも制御がかかっていたせいで、魔力を測ることが出来なかったと苦い顔をする。
それを聞き、ヴァレンスもまた真剣な表情で正面の椅子に腰かけた。
「どういうことなのでしょうか?」
脱獄などの防止のため魔法制御の枷は納得できるが、自らも魔法制御のアイテムを身についていたことに違和感しかない。
「誠の聖女であるなら、なぜ制御をかける必要があるんだ」
「兄さま、何か情報に間違いが……」
「現地で気になる情報を入手した。その話が誠であるなら、聖女は彼女で間違いない」
だが、アリアはそのことを沈黙し話さない。その上、逃げるように姿を消し、国家に嘘までついて犯罪者になっている。一体何が目的なのかと、アシュレイは眉を寄せて深く考え込む。
『ライアール国の聖女が偽物だった』
その噂を聞きつけ、アシュレイは急いで確かめに向かったのだが、街で叫ぶ女の子を見つけた。
「どうして誰も信じてくれないの!」
友達数人に囲まれた女の子がその中心で泣いていたのだ。
「街は本物の聖女様、レイリーン様が救ってくれたのよ」
「そうだそうだ、嘘つきサラ」
「嘘じゃないもん! お父さんを助けてくれたのも、みんなを助けてくれたのも、お姉ちゃんなんだから!」
グズグズと鼻を鳴らして、サラと呼ばれた女の子は、街を救ってくれたのはお姉ちゃんだと叫んでいる。
イジメかもしれないと、アシュレイは仲裁に入るべく子供たちに近づくと声をかけた。
「話を聞かせてくれないかい?」
「ぐ、……ず……誰?」
泣いているサラに優しく声をかければ、手で涙を拭いながら見上げてきた。だからアシュレイは自分のハンカチを手渡して、涙を拭いてほしいと言う。
集まっていた子供たちは、突然現れた大人にきょとんとしたが、アシュレイの後ろに数人の護衛が見えると、怖くなったのか皆口を閉じた。
「今の話、お兄さんにも聞かせてくれる」
「私のお話、聞いてくれるの?」
「もちろん」
優しく微笑んで、サラの目線まで腰を下ろせば、サラはひっくと泣き止んで、お父さんを助けてもらった時のことを話してくれた。
突然現れた女の人が、聞いたことのない長い魔法を唱えるとお父さんも街も全部包み込むような光が溢れて、みんなの怪我が治ったと話してくれた。
だけど、みんなは新しく聖女になったレイリーン様が治してくださったと信じていて、誰もサラの話を聞いてくれないと、また泣き出しそうになる。
「その女の人が、どんな人だったか覚えてるかい?」
アシュレイは、サラの頭を撫でながらどんな人だったのか聞き出そうとしたのだが、
「マントを被っていて、よく分からないの」
顔も髪も全然見えなくて、女の人だったことしか分からないと話す。
だからみんな信じてくれないのだと、サラは涙を滲ませる。