第49話「ドラゴンの背中」
「祈りで結界を張るだけが聖女ではない」
世界の理も、歴史も破るような発言が飛び出し、私もアシュレイも呆然とヴォルフガングを見る。一体何を言い出すんだと、目が点。
「アリアは結界魔法が扱え、治癒魔法も使用できる。聖女として何か問題でもあるのか?」
「大ありよ。聖女様が祈りを捧げられないなんて、聞いたことないわ」
「結界を張り、魔物の侵入を防ぐ。聖女の役割はできているではないか」
「……確かに役割は担えるけど、違うでしょう」
聖女様って綺麗で、神々しくて、国の為に祈りを捧げる、聖母みたいな人だと反論したら、
「アリアは、まさにそのものではないか」
「そうだな、アリアは聖女に相応しい」
ヴォルフガングとアシュレイがなぜか声を揃えてきた。
(親バカと残念な王太子すぎるわ)
こんな平凡な私のどこに、聖女の要素があるのか全く分からないと、憐みの視線しか送れない。特にアシュレイに関しては、ご令嬢たちに恵まれていないのねと、同情すら生まれる。美しいご令嬢に出会ったことがないのね、可哀想な人なんだわきっと。
そんな可哀想な人を見る目で二人を見ていたら、ヴォルフガングが再び笑いだした。
「お前の母であるマリアも、結界魔法を使用していたはずだが」
歴代最強の聖女様が、結界魔法。ここにきてとんでもない暴露話が飛び出して、私は目を大きく開く。
そんな話、どこの書物にも書かれていない。【聖女様は祈りの間で、長きにわたり静かに祈りを捧げていた】書物にはそう記されていたはず。
私は身を乗り出す勢いでヴォルフガングに迫る。
「そんなはずないわっ」
「祈りの間で、こっそり持ち込んだ菓子を食べながら、本を読んでいたと言っていたぞ」
「お菓子と読書? それって、祈りを捧げていないの?!」
「結界魔法を使用していたからな、祈りなど捧げる必要などないであろう」
(つまり、祈りの間でさぼり……)
衝撃の事実に、私の口は空いたまま塞がらない。誰もが憧れる大聖女様が、まさか祈りを捧げていなかったなんて、何かが崩れるような音がしたような気がした。
【あら、このお菓子美味しいし、この本も面白いわ】
祈りの間でお菓子を食べる大聖女様の声が幻聴で聞こえてくる。
聖女様って、本当に必要なの? と、口が滑れば、「マリアは特別だった」と、ヴォルフガングに言われ、聖女は世界にとって必要不可欠な存在だとも言われた。
大聖女様は魔力が高く、祈りで張る結界よりも結界魔法の方が強力だったのだとも説明され、通常の聖女ならば、やはり祈りを捧げ、結界を張るしか手段がないとヴォルフガングに言われ、そこは納得できた。
そして、話しを戻す私は、
「つまり、ライアールにはもう聖女様は存在しないってこと?」
「国が自ら聖女を追放した、その報いだ」
きちんと聖女を見極められなかった国の責任だと、ヴォルフガングは自業自得だと悪態をつく。
(それでも、今迫っている危機を救わないと。民に責任はないのよ)
一時的でもいい、ひとまずワイバーンを排除してから、何か対策がないか考えないと、と、私はアシュレイを見る。とにかく急がないと間に合わない、そう視線を交わす。
「行こうアリア」
「急ぎましょう」
民を救うことが先決だと、他国からも救援が来ていることを考慮し、急いでライアール国に向かおうと決意する。
「城の外に馬車を用意してある。ヴォルフガング殿も急いでくれ」
馬車はすでに手配してあり、すぐにでもライアール国に向かえると早口にいうアシュレイだが、ヴォルフガングはなぜか茶を飲もうとしている。
「お父さんっ」
ライアール国まで何日かかると思っているのよ! 早く出発しなければ完全に間に合わなくなってしまう。私もアシュレイも、悠長に茶を飲み始めたヴォルフガングに苛立ちを覚える。
「助けてくれるんでしょう!」
「馬車とは随分余裕だと思っただけだ」
「いいから行くわよ」
「飛んでいけばよいだろう」
茶を飲み干したヴォルフガングは、空を指さして、地上からではなく、空から向かえと指示を出した。馬車で向かうなど、到着したころには滅んでいるぞと脅して。
体が吹き飛びそうだった。鬣にしがみつくのがやっとで、うっかり口を開けば舌を噛みそう。
「しっかり掴まっておれよ」
(言われなくても、絶対離さないわよ)
ヴォルフガングを疑っていた訳じゃないけど、真の姿を晒したその姿は間違いなくドラゴンだった。
空を覆うような大きな翼、そして太い尾、山をも飲み込むほどの大きな口、そして大地を切り裂くような鋭い爪。歴史書で見た絵と同じその姿に、正直怖くて足が震える。
これが父親なんて、やっぱり私は化け物でしょうと、再確認させられた。
そして、同じく鬣にしがみつくはアシュレイ。当然アシュレイもその姿に顔を引き攣らせていたのは、一番新しい記憶。
「見えたぞ」
ヴォルフガングがそう言えば、前方にライアール城が見えた。馬車なら2日以上かかる距離なのに、数分で到着。なんて早いの。
しかし、上空にはすでにワイバーンがいて、城は攻め入られており、激しい戦闘のせいなのか、外壁は崩壊し、街にもワイバーンの姿が見えたが、多く集まっていたのは城だった。
城から堕とせばいいと分かっているのか、それとも攻防が激しいここに集まっているのかは分からないけど、まだ街にそれほど被害はなさそうで、ひとまずはほっとする。
「遅かったのか」
唇を噛んだアシュレイが、ワイバーン到着予定を見誤ったと、苦痛に顔を歪める。
けれど、被害はそれほど出ていないところをみると、おそらく襲われてからそれほど経ってないと、私は「お父さん、どうすればいい」と、問いかけた。
この状況を打破できる方法を知っているのは、きっとヴォルフガングだけ。
翼を羽ばたかせてライアール国の上空で停止したヴォルフガングは、巨大な赤い瞳で街を凝視し、ワイバーンたちを把握する。
それから少し下降すると言われ、私とアシュレイはまた鬣を掴んだ。
ヴォルフガングが城の真上に姿を見せれば、兵士たちが真っ青に震えて次々と武器を落とす。
「ドラゴンなのかッ!」
「まさか、実在していたのか!」
「あんなの討伐できるわけない……」
「俺たちは、負けだ……、全部滅びるんだ」
架空の生物だと思っていた伝説のドラゴンが現れたことで、何もかもが終わったと悟ってしまったのだ。ワイバーンなど比べようもないほどの最強の魔物。
当然、兵士たちだけでなく、ワイバーンたちもその動きを止めた。本能で自分たちよりも強いと察しているのか、それとも、ただ恐怖を感じているのかは分からないけど。
それから、私は城内にいたランデリックと視線が合う。謁見の間の壁が崩れていたから、室内から外の様子が丸見えだったし、ドラゴンという魔物に驚いてこちらを見ていたから、自然と目線が合ってしまった。
ドラゴンの背にいる私を見つけたランデリックは、驚愕しながら、信じられない者を見る目でこっちを見たかと思うと、そのまま尻もちをついていた。
よほど驚いたのね。
(はぁ、二度と会うことはないと思っていたのに……)
出来れば二度とお会いしたくなかったと、ため息を吐けば、ヴォルフガングから指示が飛ぶ。
「我がワイバーンたちを追い払う。空に飛んだ奴を焼くぞ、アリア」
「焼くって、どうするの?」
「一掃する」
街を襲っているワイバーンを全て焼くなんて、さすがの私でもそんなに広範囲に魔法を飛ばせない。
各々に飛び去るだろうワイバーンを全て仕留めるのは難しいと、顔を歪める。
一か所に固まっていれば、的確に狙いを定められるけど、四方八方に飛び去るワイバーンたちを攻撃魔法の範囲内に捉えるのは至難の業。
「無理だわ、広範囲に逃げられたら仕留めきれない」
詠唱時間もあるし、連発するには時間が足りない。それに飛距離も稼げないかもしれない。確実に仕留められるのはきっと十数匹が妥当。




